砂瑠璃とシュウシュウ

運命

 ー8年後ー


「いいですか。人には運命というものがあるのです。それに逆らってはなりません」



 またか、というようにシュウシュウは可愛い眉間にしわをよせ、形のいい唇を突き出しながら多英たえいの話を聞いていた。


「分かってる、分かってるわ。私は王様の第四婦人になる定めだったのでしょう。多英、心配しなくてもいいのよ、私、立派に努めます」


「シュウシュウ様は王宮のことを分かっていらっしゃらない」


「知るわけないでしょう。床入りのことだってつい最近聞いたのだから」


「シュウシュウ様!」


 そんなシュウシュウの態度には、多英たえいは心配しかないが、多英は美しいシュウシュウの姿をみて満足そうにため息をついた。美しい黒髪に黒々とした睫毛に縁どられた目。赤い唇。齢十五。立派な女に見えた。


 王宮への輿入れ。東新の国は他国よりも栄えており、第三婦人までいた。民はそれを誇りにしていた。ガンムやシュウシュウの住むアザクラの民は地形や貿易にも恵まれており人も多く住みつき、国として成り立つのを牽制したく、アザクラの豪商、有力者トッシの娘であるシュウシュウと王が婚姻を結ぶのだった。


 多英たえいは後宮では些細なことで死ぬ人が多いことを、シュウシュウを怖がらせたくなくて黙っていた。なので自分にも言い聞かせるように多英は言った。


「皇帝は優しいお方です。寵愛を受け、男児を身ごもれば我々も王宮で暮らしやすくなりますからね」


「はいはい」


「運はシュウシュウ様を味方してます。お獅子様も…そうそう、獅子の御守りをお持ちください」


 多英たえいが白と赤の華やかな彩りの猿の形をした御守りをシュウシュウに渡した。


 シュウシュウはそれをみて、ジアが「それは、猿よ!獅子じゃなくて」と笑ったのを思い出していた。 


 あれから8年の年月がたち、東新は西海という海を挟んだ国とまだ戦は続いていたが、ここ数年は恐ろしく静かな休戦状態だ。


中継ぎの国と呼ばれる海に浮かぶ眞という小さな国が東新から独立し、東新と西海が戦で食べ物や人民を失っている最中、ひっそりと力をつけていた。


 東新は経済を立て直すために、豪商の出であるシュウシュウの家の財産へと目をつけた。シュウシュウの父親や実兄は喜んだ。継母の気持ちはシュウシュウに図りかねた。だが家が栄えることに喜んでいる様子ではあった。


 シュウシュウとジアの縁は、あれから少し途絶え勝ちとなっていた。多英たえいがジアの家に行くことを固く禁じたからだ。だが、幼いシュウシュウは、義理堅く、そして無償の愛情を持って、ジアを慰めにこっそりと、あれからも幾度となく通ったものだった。


 だがこの1~2年は嫁入り修行として多英たえいの新たな教育を受けることになり、足が遠退いていた。ジアは変わらず美しいままで、ガンムは国の将軍となっていた。ガンム率いる軍はとても強く、どの国からも恐れられていた。


「この土地から離れるのね。王宮に入ったら、私の自由はなくなるのかしら」


「今までとは、違いますね」


多英が慎重に答える。


「ジア様とは会えるわよね?何といったって、ガンム様は国の将軍におなりなのでしょう?」


「その名前は出してはなりません!」


 多英たえいはガンムの名を出すとまるで悪いことでも起きるかのように震えあがる。目でシュウシュウにガンムの話題を禁じていた。尊属を殺した罰当たりだと多英は言う。シュウシュウはそう思わなかった。そう思えなかった。


「ガンム様は、人を殺めすぎております。業が深い。あの方はジア様の人徳で今、生かされているようなものです。ガンム様は今世で地獄を見ないかもしれませんが、必ずや孫子がひどい目に遭うのです」


「多英。ひどいことを言わないで。ジア様の子孫でもあるのよ」

 

ジアはあれから、男の子を授かっていた。


「事実です」


 多英は迷信深いというか、占いもよくする。そして人の心をよく知っている。シュウシュウはそれを近くで見ていたので、不思議に思うことはなく、わからないことがあれば「多英に聞けばいい」くらいに考えた。


 確かにガンムは恐ろしい。人を切ることに迷いがない。だが、ジアへの愛は見ていて火傷しそうなほどだ。シュウシュウはまだ見ぬ王様に想いを馳せた。そして、他の妻達の怒りを買ってはならない、という多英の教えにどう守っていいのか分からず、不安もあった。


 だが、多英はいつも「シュウシュウ様を多英が必ずや御守りします」といってくれる。シュウシュウは、多英たえいと王宮に行けることを獅子に感謝して御守りをそっと撫でた。


 そしてそれを見る多英は、シュウシュウの胸のうちを知り、温かな眼差しでシュウシュウを眺めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る