馬小屋に隠れて
ジアは誰かがこちらへ来るの恐怖と共に待った。だが現れたのは、幼きシュウシュウだった!
ジアは口を手で押さえて悲鳴を殺した。そして、落ち着きを取り戻した。シュウシュウはジアに駆け寄ってジアを抱き締めた。ジアは抱き締め返すこともできずにいた。シュウシュウはジアが震えているのに気づいた。
「なぜ、逃げなかったの…!」
ジアの声さえ震えていた。シュウシュウはジアが生きてることを知ってジアとは対照的に気持ちが落ち着いていった。
「外にも人がいたの!慌てて戻ったわ。ジア様、怪我は?」
「ああ、なんてこと…」
八方塞がりだったなんて。ジアは絶望した。シュウシュウはシュウシュウで、「私がここへ来たことで、ジア様が見つかったらどうしよう」と咄嗟に思った。
ジア様は泣きくれている。
シュウシュウは静かに考えた。でも、ジア様はとにかく生きていた!
良かった!
「とにかく、落ち着いて。落ち着くのです。必ずや最後には多英が助けにいきます。いいですか、まず隠れたのならば、手近の物を武器とします」
シュウシュウは辺りを見渡した。紐を切るために使い古された小刀のようなものが壁に引っかけているのをみつけた。立ち上がって取りに行き、それを手にしてまたジアの前にしゃがんだ。シュウシュウは白い着物の上にいつものように赤い羽織を着ている。裾はもう、茶色く汚れている。ジアの裾も同じように汚れていた。
「次は、武器がなければ、はたまた遠くにあって、目の前にならず者がいたならば、感づかれぬよう他の武器になりそうなものを目で探して頭にいれておきます。例えば道にある石です。大きく、それでいてシュウ様が手に持てるものです。手にとって用意しておくといいのですが、手に取れないなら、『場所』を覚えておくといいですね。襲われたらとにかく物を投げなさい」
「
シュウシュウか興味津々で聞く。
「ええ、若い頃にね。私も若い娘でしたが相手のすきをついて、返り討ちにしました。男は油断します。こちらが弱いとなればなおさら。隙をみつけます。隙が見つからなければ命乞いしてください。時間を伸ばしてください。必ず、多英が助けに行きます」
多英はおばあさんなのに無理でしょう、とシュウシュウはいつも思ったが、それでも毎回、同じ話を聞いてるうちに多英の言葉はとても自然にシュウシュウの心に染み入っていた。必ずや守ってくれると信じた。
「多英は、隠れたことはあるの?」
「はい、大きなお屋敷で仕えていたとき、盗人がきました」
「それでどうしたの?」
「外へは出られなかったので、食べ物を入れる床下に、隠れました。息を潜めて」
「ばれなかった?」
「すぐばれました。中にあったカメを外に出してしまったので、ばれたのでしょう。ですが私は、ちゃあんと、逃げるときに懐に出刃をいれておきましたからね。今でも覚えています。つかみあげられ、引っ張られたときに…相手の顔に包丁をつきてたててやりました」
「か、顔に?」
シュウシュウは目を丸くした。
「顔です。相手が逆上できないような所を刺すのですよ。一撃で倒すためです。そして、相手が怯んだすきに逃げられるように。シュウシュウ様、情けは無用です。攻撃するのなら必ずや一撃で、ですよ」
隠れる前に必ず武器を持つ。シュウシュウは小刀をにぎりしめた。多英の言葉を、多英の顔をシュウシュウは思い出していた。
「シュウシュウ様。落ち着くのです。怖いと泣き叫びたくなるものです。岩山から落ちそうになっても泣き叫びたくなります。それでも、落ち着くのです。落ちる高さを考えたり、どこに足をつけようか、どうやって落ちたら死なずにすむか、頭を守れるかと考えるのです。
身構えなさい。心もいつも構えていなさい。そうすることにより危険は避けられ、万一、怪我をしたとしても痛みが思うより少ないものです。最後は必ずや多英がシュウ様の命を必ずや、助けます」
シュウシュウは息苦しそうにあえぐ真っ青なジアの顔を自分の持っていた刺繍入りの手拭いをでそっとふき、また袂にいれた。ジアは苦しくて新鮮な空気を求め、馬小屋の板の間に顔を近づけていた。小屋の空気が薄く感じてるのだ。ジアの薄い絹の水色の美しい衣は首の白い布辺りまでが汗でぐっしょりだった。
ジア様を守ろう。八つのシュウシュウは、そう考えただけで、心が落ち着いてきた。多英が言った言葉を思い出す。
「心が騒いだら、周りの匂いを嗅ぎなさい。何かと嗅いでるうちに心が安らぎます。そして生きる目的をはっきりさせるのです。恐怖が薄れます」
シュウシュウは馬小屋の匂いをかいだ。藁の匂いや馬の匂いがする。シュウシュウはジアが好きだった。こんなに美しい女人はシュウシュウにとって初めてだ。そして、いつも甘いおやつをくれる。母親とはこういうものではないだろうか。
小刀をぎゅっと握り、人が入ってきたらすぐに切りつけられるようにシュウシュウは構えた。
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