夕暮れに紛れて

 シュウシュウが家を出るのが遅くなったために、いつもよりも日が暮れてしまった。シュウシュウはジアの顔だけ見ようと思っていた。いざ着いてみると、屋敷は人払いしてるかのように静かだったので不思議に思った。


 シュウシュウは、広い庭へと近づきながらも夕げの匂いも、なんの物音もしないことに首をかしげた。お手伝い達の話し声が聞こえない。ジア様は一人が好きどから人払いしたのか?そして誰もいない時に自分と同じ病にかかったのでは?



そう考えるや否や、嫌な予感にシュウシュウは急いで表へと回ったが、戸がわずかながら開いていた。


いや、でもジア様は、自分が病気している間にガンムが帰って来て、そして一緒に出掛けたのかもしれない。シュウシュウはそう考え直した。でも、ガンムはいつも出掛ければ何か月も帰らないはずだ。そしてジア様を戦には連れて行くはずもない。買い出しもジア様は行かない。ジア様はここにいるはずなのに。


 シュウシュウはガンム達の屋敷を、二人が住む前から知ってるので中をよく知っていた。遊び場としていたのだ。なので、開いた門から庭へと入り、屋敷に近付いて、なにやら嫌な予感がしたので服が汚れるのも構わずに縁の下へと潜り込んでいった。


 床下だが、うっすら明るかった。灯りがともされているのだ。


 じゃあ、ジア様はいるのね。早めに休んでるのかもしれないわね。シュウシュウは思った。


また四つん這いのまま方向転換して戻ろうとすると上から男の声がした。


「女はどこだ」


「こいつじゃないのか?」


「違う、もっと高価な服を着てるはずだ。殺す前に名前を聞けよ、『ジア』だぞ」


「病弱な女だと聞いていたが、なぜ家にいない?」


「わからん。どこか出てたとしてもすぐ帰ってくるはずだ。そうしたら名前を聞いてから、切れよ」


「全員殺してもいいんだろう?金目のものは全て取っていい。しかし、すごい怨みを買ったもんだ。あのガンムってやつは」


 男達は笑った。


「いや、怨みを買ったのは案外女の方かもしれないぞ」


「ガンムの妻は、絶世の美女らしい。楽しみだな」

 

シュウシュウの目の前に、木の割れ目から血が滴りおちてきた。


シュウシュウは自分の手で自分の口を押さえた。シュウシュウの鼓動が早くなる。頭がはっきりする。漏れた明かりで目の前の土の上を蟻が通るのがみえる。血だまりがげんこつくらいの大きさとなり、淵が丸みを帯びている。蟻がそこにぶつかった。


 シュウシュウは、多英たえいを思い浮かべた。


「物盗りがきたら、どうしますか」


 多英がいう。


「物をあげます」


シュウシュウが答える。


「その通り」


「では、気の触れた男がきました。シュウ様しかおらず、周りに人がいません。どう

しますか」


「木に登る」


「…大声をあげなさい。木に登るのもいいですが、そこに木がありますか?まったく。ともかく、必ず人がいる場所へと逃げられるようになさってくださいね。では、誰かが人を襲っています。シュウ様はどうしますか」


「襲われている人を助けます」


シュウシュウは迷いなく答えた。


「違います。逃げるのです。とにもかくにも逃げるのです」



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