多英

「獅子というのはたてがみのある生き物だったわ。絵で見たけど、四つん這いの生き物で、猿とは違う生き物だったわ」

 

シュウシュウが膨れっ面で多英たえいに言う。多英から渡された茶色の猿の顔の御守りをジアに、



「獅子の御守り」


と言ったら笑われたのだ。


 

涙袋の大きい、小柄な多英は小太りの年寄だった。彼女は呆れたように、シュウシュウを見る。


「いいんですよ、シュウ様。私の言う獅子というのは確かにあの猿のことです。呼び名が違うだけでございます。誰がなんといったか分かりませんが…」


「ジア様よ」


「全く、あんなに恐ろしい家に入り浸っていたとは」


 呆れたように多英たえいは言い、水瓶から上水をすくった。そして、ジアの手を洗ってやった。本当は手水には違う水を使うのだが、すくいに行くのは遠かったのだろう。



多英は飲み水を使った。多英たえいは幼いシュウシュウにはその行為を許さなくても多英自身には許すのだとシュウシュウは心で恨みがましく思った。


「後でシュウシュウ様の部屋に食事を運びます」


多英たえいも一緒に食べてくれる?」


「召し使いは一緒には食べません」


「教育係でしょう?」


「教育係も一緒に食べません」


「乳母なら食べるわ」


「食べません」


 多英たえいはシュウシュウをじっと見て答える。多英はわかっていた。自分が少し隙を見せるとシュウシュウは多英の膝に乗って食べると言い出す。8つになるというのに、まだ幼い。

 それでも多英はシュウシュウを可愛がっていた。


「多英。あなたは本当に召し使いなの?他の皆があなたのこと、『多英様』と呼んでるのを知ってるのよ」


 多英は驚いた顔をした。


「あなたは皆から尊敬されてるのよね。私、嬉しいのよ。正直に言ってちょうだい。あなたは、きっと、占い師か何かでしょう」


 多英はのけぞって笑った。歯が数本しかない。いつもはそれを見せまいとして笑わないでいるので、シュウシュウはそれを見て嬉しくなった。


「つまらないこと言ってないで、食事をすませたら湯浴みですよ。全く女の子が湯浴みが嫌いとはねぇ」


 多英はぶつぶつ言っていた。


「何でジア様の家が恐ろしいの?何で?幽霊でもでるの?多英。多英ったら…」


「全く、シュウシュウ様が黙るときは寝てるときだけ…」


「多英、お願い。誰にも言わないから!」


 シュウシュウは多英について回り、また叱られるのであった。


シュウシュウは母親が早世しており、多英たえいと召し使いとで大きな屋敷に暮らしていた。父と継母と兄は王宮に近い街に引っ越した。


シュウシュウは寂しくはなかった。多英たえいがずっと家族だからだ。だが、引っ越してきたジアの美しさに幼女はすっかり虜になっていた。なので、最近は髪型まで「ジア様」と同じ大人の女人と同じようにと、上は軽くまとめて下に長い髪を垂らすように下女に頼むのだった。

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