嫉妬

 ガンムは寝所にジアを抱き抱えて連れていくと、ジアの体の隅々まで愛した。ジアを疲れさせないように、自分の欲望を抑えジアを何度も高みに上り詰めさせることだけ集中し、その美しい顔が快感に歪むのを眺め自分もまたのぼりつめる。事がすんでも、ガンムはジアが愛しく、そして心配でならない。


「体は大丈夫か?」


 ガンムが半身を起こしてジアを見る。ジアは天盖のついた広い寝台で気だるげにガンムを眺めた。手はガンムの頬を撫でている。


「…大丈夫です。旦那様は?」


「聞くまでもない。先に湯浴みをすればよかったのに、すまない。俺は…」


 ジアがガンムの口を手で優しく押さえる。ガンムに自分の全て惜しみ無く与えたあとでも今起きたことを言葉にされるとなると恥ずかしいのだ。


「私が旦那様を求めたのです」

 

ガンムはゆっくりとジアの肩に、顔を埋めた。


「可愛いことを言うと、お前をまた疲れさせてしまう」


 ジアは細く美しい腕で、ガンムを抱き締めた。そして優しく囁いた。


「今は湯浴みが先でしょう。体を流すのを手伝いましょう」


 ガンムはまだジアを抱き足りなかったが、湯浴みには賛成した。だが、ジアに手伝わせるわけにはいかない。


「それはいけない、お前が疲れてしまう」


ガンムはすぐさま答えた。だがジアは聞かなかった。


「体を少しは動かす方がいいと、友人が教えてくれました」


 ジアが体を起こして身なりを整えながら言う。


「友人?」


 嫉妬深いガンムはそれが誰なのか気になった。


ジアは出歩かないので友人などいないと思っていたので、気が気じゃなかった。ジアの着替えを見守りガンムは考えた。ジアは乱れても疲れていても美しい。それに引き換え取り立て自分の見目がいい訳ではないことをガンムはちゃんと知っている。


「誰なのだ。男か女か」


「女です」


 クスクスと笑ったあとにジアは言った。


「幼子ですよ」

 

ガンムは黙った。ジアが立ち上がり部屋を出た。湯浴みの準備を女中に指示している声が聞こえる。ガンムはその優しい声に聞きほれながら、寝台に腰掛けジアを待っていた。


「旦那様、冷めないうちにどうぞ」



 ジアが戸を開けて言う。ガンムは頷いた。



 風呂にジアが香料を入れていた。ガンムはジアが先に入れと言ったがジアはきかなかった。

 

ガンムは納得しなかったが、結局、長旅の後でもあるので促されるまま入浴した。そして湯につかると思っていたより疲れていたのか、体を解されるのを感じた。そして、自分の側で肩が冷えないようにかけ湯をするジアに優しく言った。


「ジア。私は子供など欲しくない。だが、お前は違うのか?」


「授かり物です。授かれば愛せましょう」


「…俺は、お前だけでいい。死ぬまでお前がいれば、俺にとって子供だろうと恋人であろうと、親友も妻も、お前の中にいるようなものだ。最愛の人だ」


「私も同じ気持ちです」


 ジアは袖をまくり、ガンムの短い、犬のような黒髪を眺めながら時折湯に手拭いをつけて、ガンムの肩を温める。


「さきほど、子供と言ったが…」


「幼子というのは、迷い混んできた近くの子供ですわ。口達者な、活発な子です。シュウシュウというのですよ。甘いお菓子をあげたならば、毎日来るようになりました」


「図々しい。まるで犬みたいだな。…それで、欲しいのか?その子どもが。貰い子として…」


 ガンムは嫌そうに聞いた。ジアが子供がほしいといったことはないが、周囲の話によれば女は皆子を欲しがるようだ。ガンムの仲間達は言う。「子は可愛い」と。


「守るべき存在があれば、張りがでる」と。そして「女は皆、赤子を望んでる」とも。


 ガンムは理解できなかった。ジアさえいれば良かったからだ。だが、ジアが、子が欲しくてできないことを気に病んでいたらと思うと不安になった。こればかりは努力の問題ではない。


「欲しい訳ではありませんわ!友人です。シュウシュウには立派な親もいるようですよ。乳母も。お屋敷に住んでるようです。あの子はとても私を慕ってます。それが何て言うのか嬉しくて愛らしくて…」

 

ジアが笑う。


「ふん」


 ガンムが妬いたので、ジアは説明した。説明しても、ガンムはジアのそばにある石ころにも嫉妬するような男なので納得しなかった。ジアが子供であろうと子犬であろうと、誰かと仲良くするのが気に入らないのだ。


「ここら辺には猿も出る。餌付けは簡単にするでない」


 猿!


 ジアは吹いた。シュウシュウという小さな可愛い女の子は、確かに小猿のように元気で愛らしい。そう思うと可笑しくて笑いが止まらない。シュウシュウが聞けば怒るだろう。ジアの柔らかい笑い声を聞いているとガンムはジアの二の腕にそっと滑らせた。


「一緒に入ろう、温まるぞ」


 そして、軽々とジアを抱え湯船にと引き入れ、ジアを着物のままお湯につけ、唇を重ねた。

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