第6話 オレオレ詐欺息子

 僕が銀行のATMでお金をおろして出口に向かうと銀行の制服を着た女性が声をかけてきた。

「陽ちゃん、ちょっと」

 陽ちゃんと呼ぶのは美和子さんがらみの人だけだが、咄嗟に誰だか思い出せなかった。

「杉山の家で会ったでしょう」

 杉山さんの従妹で康代さんだ。制服姿だと印象が違った。

「どうしました?」

「あそこに座っているおばあさん知っているでしょう?お話を聞いてあげてくれないかしら?」

「確か、美和子さんの家の隣に住む・・・」

「そうそう、山下さんよ」

 山下さんは俯いて預金通帳と印鑑を握りしめていた。僕は山下さんの話を聞くことになった。

「どうされたのですか?」

「実は息子から電話があって、交通事故に遭ったからお金がすぐに必要だって・・・」

「いくらですか?」

「五百万円」

「どうしてすぐにそんなお金が必要なのですか?」

「相手と示談にしたいからって」

「それって本当の息子さんからの電話ですか?オレオレ詐欺でよくある話では・・・」

 そこへ別のお客様の対応を終えた康代さんが加わる。康代さんは以前勤めていたこの銀行にパートで働いているという。

「オレオレ詐欺ならまだ良かったのだけれど本当の息子さんからの電話なのよ」

「えっ、どういうことです?」

「私の同級生でもあるのだけれど、孝弘という名前でね、東京でレストランをやっていて資金繰りが大変らしいの。時々、お母さんのところにお金をせびりにくるのよ。それも嘘をついてね」

「どうして嘘なんて。すぐにばれてしまうのでは」

「それはね、レストラン経営を山下さんのご主人が認めていないからなのよ。だからお店の運営資金が足りないなんて言えないのでしょう」

「だからって・・・」

「今回は私もさすがに黙ってはいられなくなってね。でもまだ仕事があるので一緒には行けないから、陽ちゃんお願い、山下さんと一緒に息子さんに会ってくれないかしら」

「僕が?」

「さっき美和子さんに電話をしたら来てくれるって言っているから、陽ちゃんは山下さんを待ち合わせ場所の喫茶店までお送りして後は美和子さんに任せればいいから」

「わかりました」

 僕はもう美和子さんから逃れられない運命を感じていた。少し大げさではあるが。

 僕が山下さんと喫茶店に着くとすでに美和子さんは入口の前で待っていた。

「おじいさんのお加減は?」

「ええ、もうほぼ寝たきりになってしまって、でも意識はちゃんとしているから家では孝弘とも会えなくて」

 杉山さんは寂しそうに言った。

 僕たちは喫茶店に入り孝弘さんが来るのを待った。

「私たちが一緒にいると孝弘さんも入って来られないかもしれないから、隣の席に座っていましょう」

 美和子さんの提案で僕と美和子さんは別の席に移動した。

 約束の時間に孝弘さんはやって来た。髪型は角刈り服装はポロシャツにジーパン姿で体格もよく本来なら若々しく頼りになる印象のはずだが、かなり疲れ切っているせいか弱弱しく見える。山下さんの真向かいに座ると下を向いてしばらく黙っていた。

「あら、孝弘さんお久しぶり」

 美和子さんが行動を開始する。無理やり山下さんの隣に座り込む。

「レストランは上手くいっているの?」

 単刀直入すぎて僕の胸は高鳴る。

「いいえ、それが・・・」

「それでお金が必要なのね」

「どうしてそれを・・・」

 孝弘さんは一瞬顔を上げるがすぐに俯く。

「そんなの誰にだってわかるわよ。こんなところにお母さんを呼び出して」

 孝弘さんはより一層首を縮める。

「もういい加減、こっちに帰ってくれば?」

 美和子さんのいきなりの発言に山下さんも孝弘さんも唖然とする。

「ねえ、キッチン富士を知っているでしょう。洋食屋さんで学生にも人気のある」

「はい、高校生の頃はよく通っていました」

 そこに仕事を終えた康代さんが駆けつけてきた。

「あら、お久しぶり」

 康代さんも役者だ。偶然を装っている。でももうきっと孝弘さんはお見通しだろう。どこか観念したようだった。

「ねえねえ、康代さんも知っているでしょう。キッチン富士」

「ええ、よく覚えているわ。昔はよく通っていたわ。山下君も覚えているでしょう?そう言えば最近閉まっていることがあるわね」

「あそこのご主人が病気をしてしまってお店を休む日が増えているから」

「そうだったの。知らなかったわ」

「それでね、誰かお店を継いでくれる人を探しているのよ」

「そうね、あそこはお嬢さんも嫁いでしまって誰も継ぐ人がいないって聞いたことがある」

「そこで、孝弘さんどうかしら」

「えっ・・・」

「それグッドアイデアよ。だって杉山君あのお店がきっかけでシェフになったのだから」

「えっ、そうなの?」

 もはや僕にはどこまでが美和子さんと康代さんの演技なのか見わけが付かなかった。二人の中ではすでにそういう話が出ていたのだろうか。

「あそこのおやじさんが作るハンバーグが美味しくてね。それまでシェフという職業に感心もなかったけれどもおやじさんの存在が僕をシェフへと導いてくれました」

 山下さんは少し明るい表情になっていた。

「そうだったのね。知らなかった。主人は孝弘がシェフになることに反対で・・・」

 ぼそりと山下さんが呟く。

「親父は俺が普通に大学を出て勤め人になることを望んでいたから。シェフに対しても偏見があったし、ましてや経営なんて無理だって言われて。本当にその通りだったのだけれど」

「昔は上手くいっていたのでしょう」

「まあ、いい時もあったけれど、今は大変でね」

「杉山君は結婚が遅かったから、お子さんにまだお金がかかるのよね」

「ああ、高校生と中学生、どっちも私立に通わせているから大変だよ」

「これからますますお金が必要ね」

「ああ・・・」

 すると孝弘さんは今入ってきたお客を目にして驚いている。

「パパ」

 化粧の派手な孝弘さんより十歳若いという奥さんだった。

「お義母さん、いつもすみません。私にはお金の相談をしてくれなくて」

 見かけによらず、感じの良い人だった。

「紗江さん」

 山下さんは優しい目で紗江さんを見ていた。

「パパ、もう見栄を張るのは止めましょう。子どもたちも私立に行かせなくてもいいのだから」

「だっておまえが望んで・・・」

「私が間違っていました。東京の高級住宅街に住んで周りのママたちがセレブだったから私もつい勘違いをしてしまって。でも、もう疲れました。私は四国の田舎出身で本当は化粧なんてしないで出かけたいのに・・・」

「一度セレブ気取りを味わってしまうと、そこから抜け出すのって大変よね」

 美和子さんのセレブ気取りという言い方に棘を感じたのは僕だけのようだった。

「あの家を売って、お店も全部人手に渡せば何とかなるわよ」

「おまえはそれでいいのか?子どもたちだって・・・」

「子どもたちはお祖父ちゃんの家で公立校に通うことを承知しています」

「嘘だろう?」

「子どもたちも私立に通って大変だったから。周りは芸能人の子や桁違いなお金持ちばかりで、夏休みに海外行ったとかブランド品を買ってもらったとか、そんな話を聞いているのが辛いって言っているのよ」

「今回、お袋にお金を出してもらっても焼け石に水だった。全てを処分しても借金は残るかもしれないけれども、一からやり直せばまだ・・・」

「遅くはないわよ」

 奥さんの言葉に孝弘さんは涙ぐんでいた。

 またもや僕は何もしていない。自分の無力さに打ちひしがれていると美和子さんに肩を叩かれた。

「陽ちゃん、今度もありがとう」

「いいえ、僕は何も・・・」

「そんなことはないわよ。私は陽ちゃんからパワーをいただいているわ」

「そうよ、私だってあの時、陽ちゃんの顔を見て美和子さんを思い出したの。そして、目の前にいる山下さんを助けようって勇気が湧いてきたわ。でなければ見て見ぬふりをしてしまったかもしれない」

「僕と美和子さんは・・・」

「セットなのよ。私は陽ちゃんがいなければ康代さんと同じで勇気が持てないからね」

「陽ちゃんあっての美和子さんね」

 僕は少しだけだがわかった気がしていた。僕は一人では何もできない。美和子さんだって一人ではお節介することが難しいこともある。二人が一緒なら何かができる。誰かを救える。それがとっても大事なことなのだと。

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