第8章 決戦前
翌朝、あまりの朝日の眩しさで咲原は目を覚ました。
「おい、なんでここにいるんだ⁉︎」
杉山だ。ベッドから起き上がると、先に目を覚ました杉山がカーテンを開けているところだった。寝る前まではいなかった咲原の存在にすっかり驚いている。
「おはよう…」
咲原が少しぼーっとしながらも挨拶する。
「ああ、おはよう。じゃなくてだな」
杉山に説明しようにも慣れないベッドで寝たせいかまだ気怠さが残っている。ちょっと待ってくれ、と言って冷蔵庫からコーラのボトル取り出し一口飲む。
「ふぅ…」
炭酸の刺激と甘さで意識がはっきりする。杉山を見ると、早く話してくれとばかりにこちらをずっと見ていた。
事情を話していいのだろうか。吉田からは絶対同行したがるから内緒にしてくれと頼まれていたし、咲原からしてもそれに賛成だった。
「ああ、昨日ちょっと怪我してな。家に戻るのは大変だから吉田兄さんの計らいでここに泊まってたんだ」
嘘はついてない。怪我したのは事実だし、吉田の計らいでここに泊めて貰ったのも事実だ。ゾンビのことは口にしなかったが、本人に聞かれてないため問題ないだろう。
多少の罪悪感はあるが、背に腹は代えられない。
「ふーん…とにかく今日はここにいるんだな?ならゲームやろうぜ」
杉山がカバンから携帯ゲームやトランプ、トレーディングカードや携帯用チェス盤など様々なゲームを取り出した。
それからしばらくは咲原と杉山でカードゲームに興じていた。余り勉学が優秀とは言えない杉山だが、このゲームに関しては咲原以上に色んな戦術を駆使して戦ってくる実力者だった。おそらく、勝負事に強いタイプなのだろう。
「おう、元気そうだな」
丁度休憩して食事を摂っている時、徳田と吉田が病室に入ってきた。
「あ、おはよう二人とも」
杉山が2人に挨拶した。
「おはよう。咲原、杉山、体調はどう?」
杉山と咲原に対し吉田が挨拶を返す。徳田と吉田両方をまじまじと見るが、二人とも怪我はしてない。どうやら昨晩は無事に済んだようだ。
「ばっちりばっちり!もう動けるよ…痛!」
杉山がベッドから立ち上がったが、すぐに痛みに顔をしかめた。ある程度回復しているようだが、まだ全快とは言えないのだろう。
「やっぱり…」
吉田が小さい声で呟くのが聞こえた。杉山は気づいてないようで、慌てて元気なふりをしていた。
「咲原、お前はどうだ?」
徳田が咲原の方を向き直る。
「大丈夫ですよ。多少痛みますが、それ以上は何も」
昨晩よりは痛みは大分軽くなっていた。動くのには支障はないだろう。
「そうか。ならいいんだがな。おい杉山、お前に土産があるぞ」
そう言って徳田がコンビニの袋を渡す。中身はチョコミントのアイスだった。杉山の大好物だ。
「お、ありがとうございます徳田さん。
ずっと食べたかったんですよ」
デザートにします。と言って杉山はアイスを冷蔵庫の中に入れた。
アイスが楽しみなのか、杉山は残っていた食事をすぐに平らげ、アイスの蓋を開け食べ始めた。
「咲原、お前ちょっと来い」
徳田が病室の外を指差す。杉山の方を見るが、アイスの方に夢中なのか大して気に留めていなかった。
「分かりました」
徳田について行きしばらく歩く。階段の近くまで来ると徳田が立ち止まりこちらを向いた。
「今晩、決行するぞ。奴らのアジトに潜入する」
徳田が小声で言った。アジトとは昨日見つけた屋敷のことだろう。やはり今晩か。これ以上待って被害者が増えるよりはいいのだろう。もとよりその気だった。だが、咲原にはまだ一つ気がかりがあった。
「俺たちだけで行って、なんとかなるでしょうか…」
一晩経って改めて咲原は不安になった。昨日でさえあれだけ苦戦した相手だ。今の戦力で行っても勝算は薄い気がした。一番確実なのは仲山が戻るまで待つことだろう。もちろん、時間は経ってしまうが。
「何を今更怖気づいている。いいか、俺たちには時間がないんだ。今朝、警察のとこにもダメ元で行ってみたがな、まるで相手にされなかった。今、この事件を解決出来るのは俺たちだけなんだぞ」
徳田が厳しい声で諭す。それは分かっている。だが、無理をして返り討ちにあえば元も子もない。
「でも、あいつらの頑丈さと生命力は侮れません!何体いるか分からないのに…」
咲原は昨日の戦いを思い出していた。あの怪物と咲原がもし一体一になれば勝ち目はないだろう。それだけ咲原にとってあの怪物は強敵だった。
「心配するな。仲山以外にも腕っぷしが強い奴ならいるだろ」
そう言って徳田が病室を見る。
誰のことかはすぐに察しがついた。
「まさか…杉山を連れていくつもりですか?まだ怪我が治ってないのに…」
「ああ、仲山がいない今あいつは一番の戦力だからな」
さも当然のように徳田は言う。咲原は耳を疑った。この男はみすみす杉山を死にに行かせたいのだろうか。
「ふざけないでください!いくら杉山でもあの怪我じゃ無理です!一昨日まで起き上がることすら出来なかったんですよ!」
シーッ。咲原に対し、徳田が静かにするように注意した。
「だが、お前もさっき言っただろう。今の俺たちでは勝ち目は薄いと。ならば戦力となる奴が必要だ。そうだろ?」
「それはそうですが…。でも、吉田兄さんだってきっと反対ですよ。杉山を連れてくなんて無理です」
その吉田だが…と徳田が付け加えた。
「昨日の晩に話を通してある。最初は反対したがこのまま行って俺たちが全滅するのとどっちがマシだ、と言ったら快く…ではないが賛成したぞ」
ここまで言われると咲原も何も言い返せない。杉山ならこの話は受けるだろう。本人も担当医の吉田も賛成してる状況で咲原の意見が通るとも思えない。
「分かりました…杉山も一緒に行かせましょう」
渋々だが、徳田の意見に賛成する。
決まりだな。と言うと徳田はそのまま病室へ戻っていった。咲原もそれについて行く。
あとは杉山が拒否するのを祈るだけだ。最も、その望みも僅かだが。
病室に入る。待っていた杉山と吉田が出迎えた。しかし、吉田の表情はいつもより固い。
これから話す内容が分かっているのだろう。
「杉山、大事な話がある」
徳田が真剣な顔で杉山に話す。事情を知らない杉山は何事か。と思いながら話を聞く姿勢をとった。
徳田が話し出す。今まで自分達は杉山の事件を調査している間に調べたこと、実際にゾンビと戦ったこと。そして敵の本拠地に今晩乗り込むこと。
杉山は黙って聞いていたが、驚く様子はない。
吉田から話を聞いていたのだろう。
「なるほど…そうでしたか…。
俺も、海斗兄さんから話を聞いていて、思い出したことがあるんです」
聞いてくれますか?と杉山が問う。
三人がうん、と頷いた。
「推測の通り、あの晩俺を襲ったのもゾンビです。飲み会に行こうとしてた途中に裏路地から変な声が聞こえて、怪しいと思ってそこに向かったら…奴らに襲われました。
そのあとなんとか撃退して表通りに戻ったんですが、そこで意識が薄れて行って…気がついたら病院でした」
杉山の話した内容は大体咲原達の予想通りだった。杉山も連中と交戦し奴らを倒した。だからあそこにはゾンビの残骸があったのだ。
「本当は、動けるようになったらすぐまた奴らを追うつもりだったんです。でも、勝手に出ていけば吉田兄さんにも迷惑がかかると思って」
杉山が悔しそうに言う。内心歯がゆくて仕方なかったのだろう。
「その事だが、もし、リベンジするチャンスがあると言ったらどうする?」
え?と杉山が顔を上げて徳田を見る。
「どういうことですか?」
「何、簡単なことさ。お前も、俺達についてくるんだ。俺達だけでは力不足。怪我してるとは言えお前がいれば戦力がぐっと上がる」
徳田の説明に、最初は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、徐々に杉山の顔が晴れやかになる。
「いいんですか⁉︎俺も一緒に⁉︎」
「ああ、お前さえよければだがな。ちなみに吉田と咲原には話は通した」
杉山が吉田と咲原を見る。吉田が一瞬だけ間を置いて頷いた。咲原も観念して頷く。
「二人がいいなら俺が反対する理由なんてありません!行きましょう!」
杉山がベッドから立ち上がって着替えようとする。
まあ待て、と徳田が制止した。
「決行は今晩だ。まだ昼だから時間もあるし、何よりお前がいなくなったら病院が騒ぎになる。今夜、咲原と一緒に出ろ。集合場所を後で連絡するから、そこで待ち合わせるんだ」
徳田が説明すると杉山が頷く。
「分かりました。じゃあ夜までに準備しておきます」
「ああ、頼んだ。俺と吉田も準備してくる。それまで英気を養っておけ。また後でな」
そう言って徳田と吉田が病室を後にする。残されたのは杉山と咲原だったが、咲原はなんと声をかければいいのか分からなかった。
「咲原は今からどうするんだ?」
杉山が咲原に聞いた。特に責めるような素振りは全くない。本当に行きたかったのだろう。
「俺は…」
そこまで言ったところで咲原は続きが出て来なかった。未だに、杉山を巻き込んでしまった罪悪感が消えていない。
「俺は…徳田さんみたいにちょっと準備して来る。昨日も一昨日も家に帰ってないし、お前も外用の着替えいるだろ?俺のでよければ一緒に持ってくるよ」
とりあえずここから出たくて咲原はそう言った。
「お、そうか。ありがとう。外用の服が無くてさ、どうしようか悩んでたんだよ」
杉山が咲原の言葉に感謝する。それでも咲原は気まずさが拭えなかった。
必要な荷物をまとめると、そのまま咲原は病院を後にした。
二時間後、咲原は再び杉山の病室まで戻ってきた。ドアを開けると、杉山が待ってたと言わんばかりに出迎える。
「お帰り。こっちの用意はもう終わってるぞ」
杉山の隣にはカバンが置いてある。その通りのようだった。咲原は自分のカバンから着替えを取り出し杉山に渡すと、そのまま杉山は着替え始めた。
「俺はちょっと外にいるよ」
そう言って咲原が部屋を出ようとする。
「え?なんで?」
杉山が怪訝な顔をしながら咲原を見る。
「いや、ちょっと外の空気を吸いたくて…」
「あっそう…」
さっきまで外にいた人間が何言ってんだと言われるかと思ったが、杉山は気付かず着替え続ける。咲原はホッとして病室を出た。
「これで…いいのか?」
病院の外にあるベンチで咲原は項垂れていた。杉山のことを賛成した事もそうだが、昨日の戦いのことがまだ頭から離れなかった。
一瞬の油断で危うく死にかけた。徳田がいなければ確実に今ここにはいられなかった。
そんな危険な場所に、また赴かなければならない。
あの頑丈なゾンビをあと何体相手にするのだろうか。
杉山は怪我が治ってないのに戦えるのだろうか。いや、杉山の事以前に、自分はまたあの怪物に対峙出来るのだろうか…。
考えれば考えるほど不安ばかりが募ってくる。
「どうすればいいんだ…」
咲原は頭を抱えた。もう逃げたかった。普通に大学に行き、友達やサークル仲間と遊び、レポートやテストで悩む生活に戻りたかった。
しかし、逃げることは許されない。あの怪物を放置すれば、また新たな被害者は増える一方だ。
「あれ?お兄ちゃん?」
男の子の声がした。咲原が顔をあげると、昨日遊んだ少年が咲原の目の前に立っていた。
「やっぱり。昨日キャッチボールしたお兄ちゃんだ!」
少年が無邪気に言って咲原の隣に座った。
「ねえねえ、今日もキャッチボールする?」
少年がグラブを取り出す。
「悪いな…今はあんまり遊ぶ気分じゃないんだ」
「えー…」
少年は残念そうにグラブを自分の脇に置く。
大人げないこと言ったな…と思うが、今の自分では遊び相手にはなれない。
「なあ」
咲原が聞くと、少年が何?と首を傾げた。
「君はなんで病院にいるんだ?見たところどこも悪そうに見えないけど」
「ん?なんかよく分からないけど盲腸?だっけ?とにかくお腹痛い奴」
なるほど、怪我ではなく病気だったのか。しかし、そんな子が動き回ってて平気なのだろうか。
考えが顔に出てたらしく、少年が慌てて言った。
「もう手術は終わってるよ!ただ、少しだけ様子を見たいからって入院してるだけ」
「そうだったんだ。それじゃ退屈で仕方ないだろ」
咲原がそう言うと、少年はうん、と頷きそれに…と続ける。
「もうすぐ試合なんだ。だから少しでも練習しておきたい。だからお医者のお兄ちゃんにずっと付き合って貰ってたんだ」
なるほど、ただ遊んで欲しいわけではなかったらしい。
「その試合、出るのか?」
咲原がそう聞くと、少年はうん!と頷いた。
「僕レギュラーだから。入院してたのを言い訳に情けないとこは見せられないよ」
少年はやる気に満ちた声で言った。そんな少年が、今の咲原には眩しかった。
「ところでさ、お兄ちゃんはここで何してたの?」
少年が聞いてきた。咲原は答えに困る。どう説明すればいいのだろう。こんな年端もいかない少年にあの事件のことなど話せない。
「その…俺も勝たなきゃならない相手がいて、そいつら勝つためにどうすればいいかなって…」
「えっお兄ちゃんも試合するの⁉︎」
少年が期待に満ちた目でこちらを見る。
昨日のせいで咲原を野球部が何かと間違えてるのだろう。
「まあ…そんなとこ」
咲原は言葉を濁した。
「早く言ってよ!僕お医者のお兄さんに頼んで見に行くよ!」
少年は行く気満々だ。
「いや、駄目だ。試合は今日だからな」
「え?そうなの?今日は流石に無理だよ…」
少年ががっかりしている。咲原はそんな少年の頭を撫でる。落ち込んでいた少年が少し元気になった。
「ごめんな?」
「いいよいいよ。でも、せっかくだから応援したいな…そうだ!」
少年がポケットからボールを取り出した。
キャッチボールの時とは違う硬球だ。
「これ、僕の宝物。代わりに持ってって」
「え?これ宝物なのか?」
「うん、だってこれサイン書いてあるもん」
咲原がボールを受け取り手の中で転がすと、確かにサインが書いてある。
「僕の大好きな松坂選手のサイン。これがお守りなるよ」
少年はそう言って咲原を見つめる。
「いいのか?」
「うん!そのかわり頑張ってね!勝ってよね」
少年が咲原の持っていたボールに手を被せた。
そうだ。咲原達がやらなければこの子のような子の未来すら奪われかねないのだ。引け腰になっている暇なんてない。この子のためにも、この街のためにも。
咲原はサインボールをポケットいれ、そのまま病院へ歩き出す
「頑張れ!お兄ちゃん!」
咲原は親指を立てて返事した。
背後の夕陽は徐々に消えていく。決戦の時だ。
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