第7章 戦い
ゾンビ達が咲原達に襲いかかる。最初に仕掛けてきたのは手前にいたゾンビだ。恐ろしいことに手の爪が鋭い鉤爪と化している。
吉田も慌てて臨戦態勢を取るが、ゾンビは既に吉田の目の前に迫っている。咲原も吉田の元へ駆け出すが、間に合わない…。
しかし、突然ゾンビの動きが止まる。
ゾンビが鉤爪を振るう前に、吉田がスタンガンを浴びせたのだ。
バチバチバチ‼︎と激しい音を立て電流がゾンビに流れて行く。決まった!あれを浴びれば無事では済まない。
そう思ったのは一瞬だけだった。
ゾンビがふたたび動き出した。大の男でも意識を失うはずの激しい電撃を受けて尚、この怪物はわずかに怯んだだけだった。
「なに!?俺の秘密兵器が効かないだと⁉︎」
徳田が驚愕する。よほど自信があったのだろう。
ゾンビがもう一度吉田に襲いかかるが、その前に咲原が吉田の前に出る。そのまま全力でゾンビを殴り飛ばした。一切の躊躇がない渾身のストレートがゾンビの顔面に炸裂する。ゾンビの体は衝撃でよろけた。しかし、それ以上の効果はない。
咲原と吉田が一度間合いを取ろうとするが、その前に後ろにいた別のゾンビが咲原達に飛びかかる。急いで腕で身体を庇う。多少のダメージは覚悟しなければならないか…。ゾンビの鉤爪が咲原に振り下ろされた。
その瞬間、ドン!と大きな音がし、ゾンビの身体が後ろに吹き飛んだ。
徳田だ。咲原達を襲っていたゾンビを飛び蹴りで吹っ飛ばしたのだ。
「徳田さん‼︎」
「お前ら、無事か⁉︎」
「はい!無事です!」と伝える。徳田のおかげで鉤爪が届くことはなかった。吹き飛ばされたゾンビは地面に仰向けに放り出されていたが、すぐに立ち上がりこちらに向かってくる。スタンガンや咲原の拳よりは効き目があったようだが、徳田の蹴りも決定打にはなっていない。加えて、一番奥にいたゾンビもこちらに狙いを定めて向かって来ていた。
最初に襲っていたゾンビをゾンビ1、次に襲ってきたのをゾンビ2、今1番奥にいるのはゾンビ3、と言ったところか。
三対三の戦いだ。人数は互角だが、スタンガンの効き目が薄く、殴っても蹴っても決定打にはならない。こちらの不利は明らかだろう。
「厄介だな。これは苦戦を強いられそうだ」
徳田が苦々しい顔をする。
「徳田さん!俺の隣に!吉田兄さんは後ろに下がって!」
小柄な吉田を後ろに避難させ、徳田と咲原が並び立つ。スタンガンが効かない以上、吉田を前に出すのは危険だ。幸い、この道は狭い。男二人で並べばゾンビが通り抜けることはないだろう
ゾンビ達が向かってくる。狙いは徳田だ。最初に襲いかかったのはスタンガンを食らっていたゾンビ1だった。
徳田の胴体目掛けて鉤爪を振り下ろすが、すぐさま徳田が間合いを取ったため、攻撃は外れる。しかし、続けざまに新たにゾンビ2が飛びかかる。だが、徳田はそれすらも跳び上がって回避する。
高い。徳田はゾンビ2の頭上より更に上を軽々と跳んで躱していた。
そんな徳田を見ていると、咲原の隣を何かが掠めた。何かは徳田に飛びかかっていたゾンビ2の顔面に直撃し、ゾンビ2は痛みに身悶えた。
地面に転がったそれを見る。直撃したのは野球ボールだった。おそらく、後ろにいた吉田が投げたものだ。
この隙を咲原は逃さなかった。ゾンビ3が今度は咲原を襲うが、これを躱して身悶えたゾンビ2の顔面に拳を叩きこむ。ゾンビ2は更に苦しむが、まだ倒れない。だが、それでよかった。
咲原の狙いは、ゾンビを倒すことではなく隙を作ることだった。
「今です!徳田さん!」
「おう、任せろ!」
吉田と咲原が作った大きな隙を突き徳田がふたたび飛び蹴りを叩きこむ。そのままゾンビ2は吹っ飛び、起き上がらなかった。
倒したのだろうか。確認している暇はなかった。まだゾンビは二体いる。
「ぐっ!やめろ!」
吉田の声だ。慌てて確認すると、いつのまにかゾンビ3が吉田に掴みかかっていた。
「吉田!」
徳田が吉田の元まで駆けようとするが、その途中でもう一体のゾンビ1が立ち塞がる。咲原も徳田の後ろにいたため同じようにゾンビ1に阻まれていた。
いつの間にやら、ゾンビ3と吉田、その前を立ち塞がるゾンビ1、そしてそのゾンビ1に行く手を阻まれる徳田と咲原、という構図になっていた。
さっき倒れたゾンビ2は咲原の後ろで動かない。
マズイ。このままでは吉田がやられてしまう。助けようにも前にはゾンビ1がおり、徳田が応戦しているが、突破口は見えない。吉田は激しく抵抗していたが、吉田の筋力では力負けするのも時間の問題だ。どうすれば…。
ふと、自分の手に持っていたスタンガンに気づく。そして先ほどの吉田と徳田の行動が頭をよぎった。
賭けになるが、これしかない。咲原は駆け出した。
近くに倒れていたポリバケツを踏み台にし、咲原が跳び上がる。
人の頭上までのは高さは無理だが、これで吉田に掴みかかっているゾンビ3がはっきり見える。一瞬で狙いをつけ、スタンガンを起動させた。
徳田のように高くは跳べない。吉田のように鋭くは投げられない。しかし、今自分にしか出来ないことがこれだ。咲原はゾンビ目掛けて全力でスタンガンを投げ込んだ。
勢いよくスタンガンが飛んでいく。くるくると回転しながら一直線に向かっていき、ゾンビ3の背中にぶつかった。スタンガンがバラバラに壊れショートする。
先ほどとは比べ物にならない程強い電流がゾンビ3に流れていく。ゾンビ3は唸るような吠え声を上げて苦しみだした。
同時に徳田が立ち塞がっていたゾンビ1を蹴り飛ばす。視界が開けた。吉田も苦しんでいるゾンビ3を振り払い、徳田の元へ合流する。
吉田の無事を確保し、その上ゾンビ3には大きなダメージを与えた。
まだ油断は出来ないが、これならば何とかなるかもしれない。咲原の中に勝利への希望が芽生え始めていた。
しかし、それは一瞬にして覆された。
突如、後ろから何かに押し倒される。覆い被さったそれは最初に倒したはずのゾンビ2だった。鋭い鉤爪が両肩に突き刺さり血が吹き出る。あれだけの打撃を与えてなお、怪物にトドメを刺すには至らなかったのだ。
ゾンビ2がこちらに顔を近づけた。腐った魚のような臭いの吐息がかかってくる。咲原はあまりのショックと恐怖で身動きが取れなかった。
ゾンビ2が大きく口を開ける。咲原の喉元に喰らいつく気だろう。
万事休すか。咲原は死を覚悟した。
目を瞑る。しかし、その瞬間は訪れなかった。
覆い被さっていたゾンビ2は吹き飛ばされている。徳田が間に合ったのだ。咲原の拘束は解かれた。
立ち上がって吹き飛ばされたゾンビ2を見ると、ゾンビ2の身体が崩れて行くのに気づいた。身体はどんどん砂のように風化し、服だけを残してその輪郭を無くしていく。
昨日の調査で見た服の正体はこれだったのだ。
「徳田さん…」
「今は話してる場合じゃない」
その通りだった。まだゾンビは二体残っている。油断して倒せるような連中ではない。
依然、気を引き締めていかなければ。
その時、唸り声がこちらに向かって聞こえてきた。吉田から突き放したはずのゾンビ3が、今度は咲原達に向かい襲いかかってきていた。
慌てて構えるが、ゾンビ3は途中で立ち止まりながら絶叫する。
何事か、その真相はすぐ分かった。ゾンビ3の背後から吉田が先ほどの咲原のようにスタンガンを放ったのだ。
電撃のショックで身動きが取れないゾンビ3を、徳田がトドメとばかりに思い切り蹴り飛ばす。そのまま勢いよく壁に叩きつけられ、ゾンビは砂になって崩れさった。
残るは一体。
「二人とも、大丈夫!?」
吉田が咲原達の元へ駆け寄る。特に怪我はなさそうだ。咲原も自分の肩を確認するが、大した怪我ではない。これならば動ける。あとはたったの一体だ、なんとかなるか。
最後のゾンビが立ち上がる。しかし、ゾンビは砂になった他のゾンビの残骸を見るやいなや逃げ出した。
「な⁉︎追いかけるぞ‼︎」
徳田がゾンビを追う、咲原も付いて行こうとするが、吉田が呼び止める。
「待って!あの人が…」
吉田が指差した先には、うずくまる加村がいた。
「放ってけ!」
徳田が怒鳴る。
「ダメです!こんなところに放っておけません!」
が、吉田も譲る気はないようだ。
「くそ、勝手にしろ!俺と咲原は先に行くからな!」
そう言うが早いか、徳田はゾンビを追いかけ始めた。咲原もそれについていく。今は加村よりゾンビのことが最優先だ。
すぐに徳田に追いつく。ゾンビは人通りの少ない道を選んでどんどん駆けていく。狭く薄暗い道ばかりで、まるで迷路に入っているような感覚がした。
しばらくすると車道がある道に出る。反対車線側の歩道の奥には森があり、その中に入っていくゾンビの姿があった。徳田と咲原もそれを追いかける。暗く、その上木々が邪魔で何度か見失いそうになった。
奥へ奥へ、森の中に入ると、突如開けた場所に出る。
そこには大きな屋敷があった。三階建ての洋風の館で、咲原はイギリスに行った時に見たマナーハウスを思い出した。
こんなところに何故こんなものが…そんな時、ゾンビが屋敷の扉を開けて中へ入って行くのが見えた。
「徳田さん‼︎ゾンビが中に!中にいる人が危ない!」
急かす咲原に、徳田は落ち着け、と声をかける。
「おそらくここは奴らの拠点だ。中にいるのはゾンビか、それに協力する狂人だけだ」
その言葉に、咲原は冷静さを取り戻す。
あのゾンビは一直線にここまで来たのだ。ここが本拠地でなければこんな森の奥には来ないだろう。そこまで考えて表札を見る。黒須、と書いてあった。
「黒須?なんだか聞いたことあるような名前だな」
徳田がうーん頭を捻る。だが、咲原は既に誰のことが思い出していた。
「加村が言っていたオカルト仲間です。黒魔術の本を研究してるらしいですけど、ここにいるんでしょうか」
咲原の推測だが、この屋敷はおそらく別荘だ。黒須という人物は資産家で、森を切り拓いてここに別荘を建てたのだろう。
「分からん。だが、ゾンビどものアジトは掴めた。後はどう攻め込むか、それだけだな」
徳田が拳をパシッと掴む。
「吉田兄さんを呼んで、三人で攻め込むんじゃないんですか?」
咲原が徳田に聞く。自分はそのつもりだった。早く仕留めなければまた被害者が増える一方だろう。
「そうしたいのは山々だが、今の俺たちで太刀打ち出来るか?後何体いるか分からないぞ?」
「そう、ですね…」
確かに、それは最もな意見だ。
それに、と徳田が付け加える。
「お前、その肩の治療を早く済ませろ。後で酷いことになるぞ」
咲原が自分の肩を見る。ゾンビに夢中になり忘れていたが、散々動いたせいで今や肩中に血が滲んでいた。
「これ、見た目程酷くはないんですよ。ちょっとは痛みますけど、まだ動けます」
馬鹿、と徳田が叱る。
「お前、その怪我を負わせたのはゾンビなんだぞ?放置なんかしたらどうなる。どんな菌を持っていることか…」
徳田の言葉に咲原はぞっとする。ゲームや映画では、ゾンビに噛まれた人がまた感染してゾンビに…というのが定番だ。
「そ、そうですね…すぐに病院に行ってきます」
「そうしろ。吉田も連れて行け。あいつがいりゃ説明の手間が省ける」
わかりました。と言ったところで咲原に疑問が一つ浮かぶ。
「徳田さんはどうするんですか?ついてこないんですか?」
「俺はここを見張ってなきゃならない。また奴らが人を襲う可能性があるからな。何、朝になったら戻るさ、日が出てるうちは奴らもここから動けまい」
「そんな、危険じゃ…」
「ああ、そうだな。そう思うなら早く治療して戻ってきてくれ」
イライラした口調でそう言うと徳田は屋敷の見張り始める。悩んでるくらいなら行動しろということだろう。
咲原は来た道を引き返し、公道に出るまで走った。
森を抜けると、丁度道路ににタクシーが客を下ろしていた。咲原はそれに乗り病院に向かう。
「お客さん!なんだいその傷は!」
咲原の肩を見て運転手が驚く。やはり、咲原の怪我はどうしても目立ってしまうようだった。
運転手がタオルを渡す。咲原は礼を言い肩にタオルをかけると、座席に座り一息つく。
疲れた。夏の蒸し暑さの中、探索とゾンビとの戦闘、その後の追跡と休む間も無く起こっていたため気が緩まることが一切なかったのだ。
だが、ゆっくりもしていられない。急いで吉田に連絡を取ろうとする。その時携帯がなった。電話のようだ。
『もしもし!咲原⁉︎無事かい?』
吉田の声だ。
「うん、無事だよ。大丈夫」
咲原の返すと、吉田の安堵する声が聞こえた。
『よかった…ごめんね。あの人を病院に送ったら結構騒ぎになっちゃって、しばらく捕まってたんだ』
吉田が詫びた。咲原からすれば病院にいてくれた方が都合がいいのでそんなに謝ることではないのだが。
「そうだったんだ。心配しないで。徳田さんも俺もなんともないから」
『そっか…とにかく、今何処なの?すぐに向かうよ!』
「ああ、それなんだけど…」
咲原はゾンビを追いかけた先の屋敷の話や、徳田が残って見張りをしていることを話した。話を聞くと、吉田は電話越しにうーんと唸った。
『そんなものがあったんだ…。じゃあ、咲原は今こっちに向かっているのかい?』
「うん、そうだよ。で、悪いんだけど後で治療してもらっていい?」
もちろん、と吉田は快諾した。
「二人には迷惑かけたからね。僕に出来ることなら何でも任せて」
ありがとう、と咲原は礼を言い電話を切る。
運転手も首を突っ込まずにそのまま病院まで乗せてくれた。
病院に着くと、外で吉田が出迎えてくれた。
一緒に中に入り、治療を受けながら詳しい話をする。治療を終えると杉山と同じ部屋に通された。本来入院する程の怪我ではないため、ベッドが取れなかったようだ。
代わりに付き添い用の簡易ベッドを杉山の隣に置いてくれた。杉山の反応が気になったが、既に寝入ってしまっているようだった。
「わざわざありがとう、吉田兄さん」
部屋に案内され荷物を置きながら咲原が礼を言う。
「気にしないで。僕はこれから徳田さんの元に向かうから、ゆっくり休んで」
吉田は病室のドアを開ける。徳田一人に見張りを任せるのは負担がかかるため、吉田も合流することにしたのだ。
「ありがとう。何かあったらすぐに連絡して。すぐに行くから」
「うん、わかった。じゃあ行ってくるよ」
吉田が部屋から出る。ふう、と咲原は息をつき、ベッドに腰掛ける。徳田の方はこれで安心だろう。
しかし、これからどうすればいいだろうか。今日は無事だったが、敵の本拠地でも上手く行くだろうか。咲原は不安だった。
しかし、今はとにかく身体を休めるべきだろう。次、いつ動くことになってもいいように…。
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