第3章 捜査開始
「さて、まずは何をするべきか」
徳田が伸びをしながら言った。普段外で動く彼にとっては、病室は少々窮屈な場所だった。
「あれ?事件現場に向かうんじゃないんですか?」
咲原だ。
急に同行したいと言われ少し戸惑ったが、仲山の弟子で公認探偵の助手バッジ(これがあるとある程度役所や警察から情報提供が期待出来る)を持っているので仲間にしたのだ。
「ああ、だがその前に少し準備したい。
情報を揃えないことには始まらないだろう?」
咲原の投げかけた疑問に徳田が返す。
自分も当初はすぐに現場に向かうつもりだったのだが、当の被害者の杉山があんな様子では現場に向かったところで大した成果があるかどうか怪しい、と考え直したのだ。何より、今の徳田達は杉山に何があったのかすら把握してなかった。
「そうですね。なら探索に必要なものを準備してからにしましょう」
「だな」
徳田も同調する。
「それなら、いきなり離れる事になるが平気か?」
「構いませんよ。俺も一度家に戻ります。準備がおわったらまた合流しましょう」
突然の申し出にもあっさり咲原は了承する。
では準備が出来次第連絡します。そう言って咲原は先に病院から出て行った。徳田は携帯を取り出し、作業員達に杉山の容態について連絡をすると、そのまま目的の物のためある場所へ歩き始めた。
二時間後の午後2時、徳田は肩掛けのバッグを新たにさげ、目黒駅の改札前にへ向かっていた。そこが咲原との待ち合わせ場所に決まっていたからだ。咲原からは30分前に準備が終わったと連絡が来ていたが。辺りを見回しても彼の姿は見えない。適当に携帯でニュースサイトを見ていると、それから5分後に遅くなりました、と咲原が詫びながら到着した。
「おう、少し待ったぞ。大分手間がかかったみたいだな」
「すみません。少し準備に時間がかかってしまって…」
「そうみたいだな」
申し訳なさそうしながら謝る咲原の格好を見ながら徳田が言った。先ほどまでは黄色のTシャツとグレーのボトムズのラフな服装だったが、今は全く違う。薄手だが朱色のジャケットにデニムを履いており、リュックサックを背負い、更には何やら物々しい手袋のようなものまでしている。確かにしっかり準備をしていたようだ。咲原は徳田を一瞥すると、少し不思議そう顔をしてこちらに質問してきた。
「徳田さん、その肩掛けは…?」
「これか?まあ、秘密兵器だ。何かあったら出番もくるだろう」
徳田そう言って歩き出す。向かう先は吉田から聞いた、杉山が救急車を呼ばれた場所だ。咲原はまだ肩掛けが気になるようで何度かこちらを見てきたが、それ以上は追求せずに素直について来た。
目的の場所は繁華街になっており、駅からすぐ近くのところにある。近くにはオフィス街と雷兎高校という学校があるため、いつでも賑わっている目黒の名物だ。まずはここから探すべきだろう。あんな大怪我をするくらいだ。目撃者は必ずいるはずだ。咲原にもその旨を伝えており、彼は既に聞き込みを始めていた。徳田も聞き込みを始める。ターゲットはスーツ姿のサラリーマンだ。理由は単純。杉山が運ばれた時間を考慮すれば、学生より会社員の退社時間の方が近いからだ。
早速手近にいた若いサラリーマンに話しかけてみる。
が、怪訝な顔をされただけでそのまま無視されてしまった。
無理もない、徳田はそう思った。いきなり警察でもない知らぬ男に声をかけられたのだ。自分も同じ立場ならそうしていただろう。それでもめげずに話しかけ続けると、何人かは口を開いてくれた。最もその何倍もの人数に不審者、変人と思われてやっとのことだったが。
大体口を開いた人達からは聞いたのはこういうことだった。
「昨日の夕方、いや夜くらいかな。丁度会社を出て駅に向かう途中に人だかりが出来てて、気になってみてみたら全身傷だらけ血だらけで倒れてる若者いたんだ。多分、大学生か高校生くらいかな。まあ、それでその彼を見た誰かが救急車を呼んで、そのまま運ばれていってしまったよ。びっくりしたなあ」
徳田と同じくらいの比較的若いスーツ姿の男がこう答えた。他のものも似たり寄ったりで彼以上に有力な情報は出さなかった。
どうやら杉山が怪我をした現場を見た者はいないらしい。不思議な話だ と徳田は思った。一度中断して夕方まで休憩しようか。そう考えていると、「徳田さん」と近くにいた咲原がこちらを呼びかけてきた。そちらに向かうと、咲原と一緒に近くの高校の女子生徒達がいた。どうやらいつのまにか高校の下校時間にまでなっていたらしい。
「どうした。ナンパでもしてたのか?」
「違いますよ」
咲原が大真面目な顔をして返す。冗談が通じない奴だな、と思いながらも近くまで行くと、咲原が話を続けた。
「見つけました」
「何を?」
「昨日杉山を見かけた人です」
咲原が女子生徒達を手で指しながら言う。
「ああ、それなら俺も見つけたぞ。救急車で運ばれたのを見たとか」
徳田がそう言うも、咲原は首を振る
「そうじゃないんです。怪我する前に杉山と会ってる人を見つけたんですよ。この2人がそうです」
「何?」
徳田が女子生徒達を見る。片方の子はセミロング、もう片方は2つ結び背の低い少女だった。彼女らは咲原達を見ながらおずおずと話し出した。
「はい…その人、私達の知り合いの人です。私、加蓮といいます。杉山さんには昨日丁度たまたま会ったので、そのまま買い物に付き合って貰ってました」
加蓮と名乗ったセミロングの少女が話し出す。2人とも目鼻立ちの整った中々の美少女だ。杉山の奴も隅に置けない。
「でも、目的のものも買えてさあ帰ろうって時に、突然近くの裏路地から変な声が聞こえてきたんです」
「待ってくれ、変な声?」
咲原が話を遮る。
「はい、なんだが不気味な唸り声でした。それを聞いた途端杉山さんが急に用がある、2人は先に帰れって…」
「で、素直に帰ったのか」
徳田が冷たく言い放った。
「まさか!私達も不思議だったから訳を聞きました!」
京子、と呼ばれていた二つ結びの少女が弁解した。少し気を悪くしたようだ。今度は彼女ががそのまま続ける。
「でも、杉山さんは聞く耳を持ってくれなくて。いいから帰れと…。その後何度もLINEを送っても返事が無くて…今朝、学校で先生達から昨日夕方に通り魔事件があったって聞いて、ずっと心配で心配で…」
京子は今にも泣きそうだ。どうやらこの2人は杉山の安否をまだ知らないらしい。
「そうだったのか…心配してたんだな。教えてくれてありがとう」
すかさず咲原がフォローした。
「ごめんなさい…ずっと不安で仕方なくて…」
「杉山だけど、とりあえず今は無事だ。
今は病院にいるから連絡がとれなかっただけだ」
咲原が杉山の安否を知らせると、京子達の顔ががパッと輝き安堵の表情を見せる。
「本当ですか⁉︎ よかった…」
「ああ、だから安心してくれ。それと、その話は先生や警察には話した?」
「はい…でも、危ないから加蓮と一緒に寄り道しないで帰ってとしか…交番の人もあまり真剣にはとってくれません」
「そうか…大変だったな」
咲原が慰める。どうやら警察はこの事件をそこまで大きく捉えてないようだ。さっきのニュースサイトにも大した情報は出てなかったことを見るにまだそこまで徹底した調査も行っていないのだろう。少し呆れると同時に、これはまだ自分達に調査の余地があることにも徳田は気づいた。
「そこの2人。頼みがある」
「は、はい…何でしょうか?」
セミロングの少女がおずおずと返す。
「何、簡単なことさ」
徳田がニッと笑った。
数分後、徳田と咲原は路地裏にいた。まだまだ日が落ちるには時間があるというのに、既に中は薄暗く遠くまでは見渡せない。2人がこんな場所にいるのは、先ほどの少女達に昨日、声が聞こえた場所まで案内させたからだ。そのまま少女達を帰らせ、徳田達が辺りを調べ始める。入り口から入って何か手がかりがないか探し始めるが、途中から暗すぎて足元が見えないことに気付く。携帯を取り出そうとした時、咲原からトントン、と肩を軽く叩かれる。
「どうした?」
徳田が尋ねる。
「これ、使ってください」
咲原から大きい筒のようなものを手渡される。手に取ると、それが懐中電灯だという事に気付く。
「用意がいいな」
そう言ってから2人で電源をつけると、強い光が辺りを照らした。同時にあまりの眩しさに思わず目が眩んだが、これなら路地裏でも充分調査が出来る。2人で時折下からネズミや虫(何の虫かはあまり想像したくない)が通り過ぎていく音を聞きながら歩みを進めると、懐中電灯の光があるものを照らした。近づいてみると、地べたにスマートフォンが落ちている。
「お、落し物か?」
徳田がそれを拾いあげる。液晶はヒビだらけだ。電源もつかない。派手な水色の手帳型ケースの中には血がべったりついているため、これが原因で壊れてしまったのだと推測する。同時に、徳田はこのケータイに何処か見覚えがあることを気付いた。
「それ、ちょっと貸して貰っていいですか?」
咲原に渡す。そのまま咲原が血糊に少し気味悪そうにしながらも軽く調べると、何かに気付いたようで、こちらを見る。
「徳田さん」
何か言いたいことがあるようだ。
「どうした?」
「これ、杉山のケータイです」
咲原が確信を持った声で言う。そう言われた徳田の方も、このケータイに感じていた既視感の正体に気づく。前に何度か職場で見ていた杉山のカバーと同じものだ。状況からしても、彼のもので間違いない。
「杉山、ここで何かに襲われたってことですよね?」
「違いないな、見ろ」
徳田の指差した方に懐中電灯を向けると、あちこちに血がこびりついている。
既に乾いてはいるが、まだ紅色で新しいものであることは間違いない。
徳田は少し考える。流血沙汰になるような激しい争い、常識的に考えれば柄の悪い輩や暴力団のような連中を相手にしたものと考えられる。だが、加蓮と京子の2人は不気味な唸り声を聞いたと言っていた。それだけでなく、徳田の勘がこの事件は何かがおかしいと告げていた。この違和感はなんだ。
「徳田さん」
咲原が呼びかける。手にはボロボロの服を掴んでこちらへ持ってきた。
「なんだこれ。捨てられてた服か?」
徳田は少し怪訝な顔をしながらそれを見る。服から腐った肉のような臭いが、少しだが漂っていた。
「俺もそうだと思っていたんですが、どうやら違うようです。ここにその服と、スボンや靴下など一式落ちてたんです。しかも、まるでその服を着たまま人が倒れているように」
「…なんだと?」
咲原が杉山のスマートフォンがあった場所より更に先を照らす。そこには咲原が持って来た服と同じくらい汚れてボロボロになったチノパンらしきズボンと、靴下のような形をした布切れが落ちていた。 たしかに、誰かが倒れてそのまま人だけが消えたように置かれている。
「見ろ、咲原」
徳田はそこからすぐのところに、もう一つ同じものを見つけた。今度は先ほどよりラフなTシャツと短パンだけの格好だった。
徳田と咲原が駆け寄って調べる。短パンを持ち上げると中からトランクスがするりと落ちてくる。よく見ると、徳田は服の周りには茶色い砂なようなものが散っていることにも気づいた。
「何でしょう、これ」
咲原が指先で少し摘む。砂のようなものは指を擦るとそのままサラサラと宙を舞っていった。
「分からん、埃か?」
「それにしてはなんだか妙でしたね」
「ああ、それにこの服…」
今度は徳田が服を摘みあげる。臭いに顔をしかめるが、堪えて観察する。とてもではないがここまで埃が溜まるほど古いものではない。むしろ埃や臭いを除けばつい昨日や一昨日まで使われていたようにすら思える。
「気味が悪いですね…」
咲原が服を見ながら目を細める。
と同時に、何かを思い出したかのように立ち上がった。
「どうした?咲原」
急に立ち上がられたせいで足元の砂のようなものが舞い目に入りそうになる。
「徳田さん、今何時ですか?」.
徳田が携帯を開く。4時過ぎだと咲原に伝える。
「確かめたいことがあります。今すぐ戻りましょう」
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