第7話

「こ、交渉?」


「そうだ、交渉だ」


 俺の言葉に訝しんだ視線をする女性。ふむ、唯々諾々と何も言わずに従う能無しでないといいが。


「あ、あんたみたいなやつが私たちに何を交渉するってんだよ。金なら狩りで稼げばいいし、珍しいアイテムを私たちが持ってるわけでもないのに」


「ふむ、俺は別に物の交渉をしようとは言っていない。お前のいう通り、俺が欲しいものなどお前らはきっと持っていないだろうしな」


「じゃ、じゃあ何を……?」


「決まっている、物でないなら情報だ。俺はお前らに、情報を要求する」

 

 俺がそういうと、女性2人組は、目を合わせる。


「え、えっと、なんの情報だ?」


「この辺りの地理的特徴、魔物の生息位置、迷宮の詳細、やってはならないタブーとなっていること、勢力関係、物の相場、まだまだあるが、とりあえずはこの程度だ」

 

 問われた言葉に、つらつらと答える。クラスメイトたちを救おうと思うなら、とにかく情報が必要だ。俺1人でなんとかするにしても、単騎特攻でなんとかなる程甘くはないだろう。


「え、えっと常識の範疇でなら、多分教えれるけど……」


「構わない。お前らの知っている限りの全てを教えろ」


「タダじゃダメだな」


「ほう?」


 2人組の片割れ、ここまで全く口を開かなかった方が声を発する。タダではダメだと言うか。


「何故だ?」


「おまえしか得しない」


 少しぶっきらぼうな言い方で、彼女はそう言う。だが俺はその言葉にさらに言い返す。


「ほう、どの口が言うか! 先ほどまで逃げていた貴様らを助けてやったのは誰だ? この俺、ゼロだ! だと言うのに貴様は、自分が得をしていないと、そう言うのか?」


「ああそうとも。私はおまえしか得していないと、そう言うよ」


 目の前の青髪の女は、俺に向かって言い切った。確信があるように、おまえもわかっているだろう?とでも言いたげに。


「ちょ、ちょっとレイ?助けてもらったのに何言って……」


「騙されているよ、セラ。私たちは助けてもらったんじゃなくて、助けられたんだ」


 その言葉は、聞き方によってはなんの違いもないように聞こえる。だが、目の前の女、レイは確かに別の意味を込めてその言葉を発した。


「そうだろう? ゼロとやら。お前は、私たちを使うために助けたのだから」


「……なるほど? ではその通りだと仮定しよう。だが、そうだとしても貴様らが得をしたのに変わりはないだろう。目的がなんであれ、俺の行動は確かに貴様らの助けになったはずだが? 」


 俺のその言葉に、青髪の女性、レイはくすりと笑い、俺の言葉に反論する。


「そうだな、助けにはなったかもしれないな。だけど、得はしていないぞ? だって、あのままおまえが何もしなかったとしても、私たちは怪我を負うこともなく地上に戻れていたからな」


「論拠は?」


「あのミノタウロスは一歩一歩こそ大きいが、実際はそう早くなかった。足音の大きさゆえにセラは慌てていたようだが、あいつより私たちの方が足が速かったのさ。だから、おまえに助けられる必要はなかったし、私はそもそもおまえに助けを求めてなどいなかった。にも関わらず、得をしただろうとは、少々恩着せがましいとは思わないか? 」


 レイと呼ばれた女性は、ふっ、と笑いながらそう言葉を終えた。


 ……なるほど、この女は騙せないな。はっきり言えば、この女の言っていることは八割がた、こじつけのようなものだ。実際こいつらは俺に助けられているし、その事実はひっくり返せやしない。だが、この女は、口が上手い。


 口が上手いと言うのは、嘘すらも本当のように思わせると言うことだ。おれはそう簡単にのせられやしないが、この状況で、この女、レイがおれを説き伏せる必要は実はない。


「そ、そっか。確かにレイの言う通りかも……」


 もう片方、セラの方を説き伏せればおれの負けなのだ。


 今おれは、彼女らに命令するような手段、権限を持っていない。つまり、俺が彼女らから情報を得ようと思ったら、彼女ら自身が情報を公開する意思を持つ必要がある。俺は彼女らの片方だけでも言いくるめればそれでなんとかなったのだが、レイがセラの考えを変えさせたことで、俺は彼女らの満足いく交渉材料を提示しなければいけなくなった。


 まあ、これも許容範囲内だ。むしろ、都合がいいかもしれんな。


「なるほど、確かに。おまえの言うことも一理あるな」


「ふん、わかってたくせによく言うな、おまえは」


「そんなことはないさ。では、情報料はこれでどうだ? 」


 そう言い、先ほど狩りまくった魔物たちの魔石、計170をアイテムボックスから取り出し提示する。本当に便利だな、このスキル。狩りの途中で直感スキルが教えてくれなければ、ガッサガッサと音を立てながら袋を持ち歩かされるところだった。


 なぜ俺がこんなことをするかといえば、金は必要だが、今これに執着する必要はないと思っているからだ。依頼達成の報酬もある以上、あの少女を助けるのにもその報酬だけで十分だろうと思ったのだ。そのため、使い道の一つとして、このタイミングはアリだろう。


「……ほう?」


「な、なにこれっ!? こんな大量の魔石なんて初めて見た……!」


 やはり170という数の魔石はおかしいのか、セラが声を張り上げ驚く。対するレイは、驚いているようだがそれ以上に、面白がっているようにも見える。


「一般常識への代金としては少しお高いんじゃないか?」


 レイが笑みを浮かべながらそう聞いてくる。なるほど、この女とは気が合いそうだな。


「なに、俺は秘密主義でね。これくらい払えば、心配もないと考えたのさ」


「なるほど。口封じか」


「ご名答」


 俺とレイがニヤリと笑い合う。正直言えばこの女は危険分子なのだろう。俺の正体を暴きかねん。だが、この女は、暴いたとしても広めることはないだろうと、直感が言っている。


「え、えっと……?」


 ただ1人、あまりわかっていなさそうなセラは、困惑していたが、話に支障はない。


「よし、じゃあ交渉成立としよう。ではまず、安全なところで話をしようじゃないか、ゼロ。私のクランハウスまで付いて来るといい」


「ほう、クランか。いいだろう、案内してくれ。ああ、だがその前にギルドに依頼達成の報告をしておきたい。構わないか?」


「構わんよ。それくらいで目くじら立てるほど狭量な女のつもりはないさ」

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