第5話
「迷宮に入られる方ですか?」
迷宮の入り口らしき門の前に、立っている2人のうち、1人に声をかけられる。
「あぁ、そうだ」
門番か何かか?
「はい、でしたらこちらの名簿にお名前をご記入ください」
名前、か。
「……これでいいか?」
「はい、ゼロ様ですね。どれくらい滞在するかなどの目安はございますか?」
「そうだな、とりあえずは1日で頼む」
「はい、わかりました。では、ご帰還された際には、名簿の名前の横にチェックをしてください。もし、滞在目安期間を2日過ぎてもご帰還なさらなかった場合は、捜索隊が出ますので、あまり過ぎないようになさってください」
ほう、捜索隊があるのか。なかなか福祉体制がしっかりしているではないか。
「了承した」
「はい、ではお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「あぁ、感謝する」
受付の社交辞令に一応礼を述べ、迷宮の入り口をくぐる。
すると、床に魔法陣のようなものがあるのが目に入る。
なるほど、天でも、地下でもなく、異次元というパターンか? 恐らくこの魔法陣にのれば、迷宮とやらに行けるのだろう。こんなとこでまごついていても仕方ない、さっさと行くとしよう。
俺は大したためらいもなく、魔法陣の上に立つ。するとすぐに俺は浮遊感を感じ、その感覚に考えを向けた時には、もう見知らぬ場所に立っていた。
これは……、すごいな。
一瞬で見知らぬ場所にいることにも驚きだが、俺が驚いたのはそれより、目の前にいきなり現れた土人形、いわゆるゴーレムだ。
なるほど、魔物どもが地上に出てこないように防衛しているというわけか? だが、このゴーレムを上回る存在がこの場所まで現れた場合どうするのだろうか。恐らくなにかしらの対応策は存在しているのだとは思うが、今の俺ではわからんな。
このゴーレムが敵対しそうな気配は全くないし、今はとにかく魔物狩りと行こう。
確か、ゴブリンとキャタピラ、そしてスケルトンだったか。ゴブリンとスケルトンはおおよそ予想がつく。ファンタジーの定番とも言える魔物たちだからな。とはいえ、俺の考えているそのまんまということもないだろうから、あまり油断するわけにもいかないが。
だが、その二体と違い、キャタピラに関しては想像がつきづらい。芋虫のような生物ではないかと、スキルの直感は告げているが、まだこのスキルが絶対的な信用を置けるものかどうかは分からない以上、鵜呑みにするわけにもいかん。
加えて、今の俺はスキルの詳細がわかっていない。直感により、大雑把な能力はわかるが、本当に大雑把なものであるし、先ほど同様断言はできない。実際に使ってみないことにはなんともいえないのが現状か。
……まずは単体の魔物を探すとしよう。そうすれば色々試せるしな。
#####
……いたな。
迷宮に潜ってからおよそ20分。ようやく単体の魔物、スケルトンを見つけた。魔物自体は道中何体も見かけたものだが、ゴブリンとキャタピラばかりだった。あいつらは徒党を組む性質があるらしく、いつ見かけても2~5体は必ずいたことを考えて、仕掛けるのはやめておいた。
絶対守護領域がもし本当に直感が告げてくる通りの能力を持っているならここまでのことを考える必要はないんだがな。念のためだ。
まず、このスキルを試すためにはあのスケルトンに攻撃してもらわなければならない。だからとにかく注意を引くために、物陰から足元の石をスケルトンに投げる。
ちゃんと当たったようで、俺の隠れている方を向いて、穴の空いた目をキョロキョロさせている。
その様子を見た俺は、物陰からスケルトンの前に姿をあらわす。どういう構造なのかは知らないが、スケルトンが無い目で俺を見つけたらしく、ボロボロの剣を俺に振りかぶってくる。
前の世界の俺だったら、この光景におびえ、震え、なにもできなかったかもしれないが、迷宮に潜る前にちゃんと恐怖心は正負反転させておいた。
今の俺に恐怖心は存在しない。恐怖する代わりに、恐ろしく頭が冷静になるのを感じる。なるほど、本来恐怖心を感じる場面では、冷静な心が呼び起こされるらしい。どう反転しているのかはよく分からないがな。
とにかく、俺は最も試したかったスキル、絶対守護領域を発動する。
スケルトンは、そんなことに気づきもせず、そのまま剣を俺の脳天へと振り下ろした。
カキンッ、となる音。その音は剣が折れた音だった。直感が予知したように、絶対守護領域のおかげで俺の体には傷ひとつ付いていない。
直感の信頼性が高まったな。今後も直感が当たるようなら、基本的にはこのスキルは信頼しても良さそうだ。
「さて、どうしたスケルトンよ。俺は無傷だぞ?」
話しかけても意味はないと思うが、知性がある可能性も考えてみる。だが、案の定スケルトンからは、歯を鳴らすカタカタという音しか返ってこない。あるいは、この音で意思を伝えようとしている可能性もあるが、俺にそれがわかるわけもない。
「では、俺の経験値となってくれ、スケルトンよ」
なにが起こったのかわかっていないのだろう、動かなくなってしまったスケルトンの頭蓋を拳でぶち抜く。ふむ、これも予想通りか。
本来なら、骨を思いっきり殴れば手も痛いだろうと思うが、実際は俺の予想通り、俺に痛みは少しもない。
これは、絶対守護領域というものが俺の体の表面に触れないようにとてつもなく硬い壁を張っているという直感からくる考えによるものだ。
もし、ただの人が思いっきり壁を殴ればどうなるか? 当然手は痛いだろう。
では、バットで殴ったら? これも手は痛いだろう。思いっきり殴れば、手に振動が伝わり、痛みを感じるものだ。
だが、これらは手と壁が直接何かでつながっているからこそ起こる現象だ。さっきの例で言えば、バットを投げたようなものなのだ。手と触れ合っていないものが壁にぶつかったところで、手が痛くなるわけはないだろう。
長ったらしく述べたが、つまりは絶対守護領域は攻守どちらにも使えるという便利なスキル、ということだ。
……今俺は、誰に説明したんだ?
「……む? これは、ああ、これが魔石か」
頭蓋が砕け散ったスケルトンが、灰となり、消え去る。その消え去った後に、小さく光る石、魔石が転がっていた。
「……消え去るというのも不思議だが、一見ただの石にしか見えないこれが魔石と言われるのもまた不思議だな」
そんなことを呟き、その石を袋に入れる。支給品に袋があって助かったな。
「さて、それではゴブリン、キャタピラも倒していくか。このスキルがあれば俺が怪我を負うことはないだろうが、人が死ぬ原因なんてものはそれだけではないからな。油断はしないように行くとしよう」
そして俺はまた迷宮をうろつき始めた。
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