第4話

 ギルドから出たはいいものの、迷宮の位置が全くわからない。

 

 自分のことながら馬鹿げた話だが、そもそも迷宮という存在を知らなかった俺がその場所を知っているわけもない。今からでも見つければ、問題はないというものだ。


 では、迷宮というものについて少し考えてみようか。


 まず、ウッドという冒険者最下層の存在が受けられる依頼の場所が迷宮、ということはこの近隣にあることはまず間違い無いだろう。俺の常識がここの常識では無いとしても、最弱の存在が挑む場所の途中に障害が多くては、道中で死ぬのが関の山だ。例え、遠方にあったとしてもなにかしらのショートカットの手段は必ずあるはずだ。


 それに、ギルドでの迷宮という名前に対しての反応がかなり薄かった。それはつまり当たり前のものであるということだ。ならば、そこらの人間に聞きでもすればその居場所はすぐにわかることだろう。


 ふむ、あそこの男にでも聞くか。


「ちょっといいか、そこの人」


「……なんだ、兄ちゃん」


「俺はこの街に来たばかりなのだが、迷宮の居場所がわからなくてな。どこにあるのか教えてくれないか」


「あぁ、別の街のやつか。この街のは中央広場が入り口だ。あっちだ、あっち」


「そうか、ありがとう」


「あぁ、せいぜい気をつけるんだな」


「忠告感謝する」


 男に礼を告げ、そのまま男の指差した方へ歩く。しかし、迷宮というのはでかい建物のようなものを考えていたが、視界に全く入らないことを考えると、もしかしたら地下に伸びているのかもしれんな。


 しかし、別の街のやつ、か。先ほどの男の発言から考えると、他の街にも迷宮は当然あるもののようだな。また時間ができた時、この世界の仕組みを知っていくためにも、情報を集めなければな。



#####



 ……腹の立つ光景だ。

 

 迷宮前まで来た、俺の眼の前では、まだ10歳にも満たないような少女が、30歳ほどに見える男に蹴られている。


「ったくよぉ、相変わらず使えねぇなぁ、荷物持ちってのは!」


「痛っ、ごめ、ごめんなさい……」


 ……なるほど、荷物持ちか。先ほどのギルドの依頼でも見かけたな。多くのモンスターを狩る存在からしてみれば、必要不可欠な存在となるのだろう。あの時は安全策かと思っていたが、目の前の光景を見る限り、そんな甘い話でもないらしいな。


 しかし、あの子が蹴られている理由がわからない。あの子はちゃんと荷物を背負っている。仕事をこなせていないようには見えないのだが、まあ、この手のゴミにそんなものは関係ないか。


「なにモンスターの前で逃げてんだよ、お前はさぁ!」


「だ、だって逃げなきゃ死んじゃう……」


 茶色の髪に、作り物に見えない犬の耳を頭の上に持つ少女は男の暴力に耐えながら、消えそうな声でそういう。あの子はおそらく獣人というやつなのだろうな。


 怒りに染まりそうな頭を落ち着かせようと、冷静なフリをして、彼女のその様子を見つめる。


「はっ、お前の命なんか魔石一欠片分の価値もねえんだから、死んでも問題ないじゃねえか! ちゃんと俺たちの盾になりやがれ!」


 ……くだらん。命の価値を語るか、この程度の人間、いや猿が。貴様らの主観で定まった価値など、どこに意味がある。


 そうは思っても、俺は動けない。正負反転により、同情心すら消え去ったというわけではない。単に、俺はまだ弱すぎる。この状況で出ていって、何ができるのか。


 男たちはその後もしばらく少女を蹴り続け、その後満足したのか少女から荷物を取り上げ、去っていった。周りの野次馬もバラバラと離れていく。


 まさか、報酬も渡さないのかあいつら?真性のゴミだな。


 あまりにも不快なそのシーンの後に残された少女は、泣きもせず、立ち上がり、


「だ、誰か……雇って、ください」


 そう、声を出す。ここでそれを願うということは、彼女はきっとギルド登録などしていないのだろうな。していれば、ギルドを通して正式な依頼として受けられるはずだ。それをしないのは、できない理由があるのか、そもそもそんなものを知らないのか、それはわからないが。


 ここで俺が彼女にできることはない。強くなりたいなら、足手まといを増やすべきではないし、そもそも払える報酬も持っていない。


 戦ったこともない弱者が、他の弱者を守れるのか、という話だ。


 嫌な話だが、俺にはなにもできない。ここで偽善者の真似事をすれば、俺は死ぬだけだ。


 涙を堪えながら、下唇を噛み締め、1人で立つ少女の横をすり抜ける。


 ……あぁ、せめて、1日耐えてくれ、少女よ。

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