第3話

「……ふう」


 これは……きついな。


 城から出て、街まで降りてきた。俺は正負反転によって、人格を反転させたはずだが……。どうにも反転しきったわけでもなく、あんな馬鹿なことをした俺に対して気分が悪い。


 だが、気分の悪さと引き換えに、俺の作戦はうまくいった。


 まず、俺が考えたのは、王様側の人間に俺のスキルを知られてはまずいということ。これから俺とあいつらは敵になる可能性が高い。今俺の手の内を知られたくはない。


 あと、俺が愚者としてあいつらの目に移ったかどうかだが……。もし俺の心の内を暴く魔法をあいつらが持っていたとしても、あの状況下ですぐに俺に魔法をかけることができたとは思わないし、常時発動していたとして、今の時点では俺は小物だ。ほかのやつら全員を手中に収めているあいつらが俺程度を気にするとは思えない。


「……だが、問題もあるな」


 相手に対して情報を隠しきることに成功した代わりに、俺自身が情報を得ることができなくなった。あのまま、あの場所にいればもっと多くの情報を得ることができていただろうが、そうすれば俺のスキルはばれていた……。


 その二つを釣り合わせたら、これがやはり最良か……。


「ここから取れる行動は、そう多くはないが、やはり最初にとる行動は金稼ぎか」


 何事もまず金からだ。金がなければ何も出来ん。強くなる、と一概に言ってもレベルを上げるだけがすべてではない。武器、アイテム、人手……。それらすべてを総合しての『強さ』だ。


「この世界が、よくあるファンタジー世界だというのなら、必ずあれがあるはずだ。まずはあの場所を探すか……」



#####




「ふっ、やはりあったか」


 予想通りだ。絶対にあると思っていたぞ、#冒険者ギルド__・・・・・・__#!


「……」


 何も言わずにとりあえずは中に入ってみる。すると中は喧騒に塗れた、ある意味予想通りの空間が広がっていた。下品な笑い声が響き、ものが壊れる音まで時折聞こえてくる。ふむ、こういう場所は初めての体験だが、騒がしいのもそう悪くはない。正負反転する前から騒がしいのが嫌いじゃなかったことを考えると、そこは反転していないのか。


「おっ、なんだひょろいがきが入ってきたぞ!」


「ぎゃはは、ほんとじゃねえか! そんな見た目で戦えんのかあ?」


 ……まあ、これくらい言われるものだろう。実際今の俺など強そうには見えないだろう。武器も持たず、体も小さい。弱者として見られて当たり前だ。


 端のほうに、依頼の紙のようなものが貼ってある掲示板がある。あそこで依頼を受けるのか……? まあ、とりあえずは受付のところに行っておくべきだろう。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」


 受付にいた女性が俺に気づき、対応してくれる。また、随分と見た目が整っているな……。ピシッとした姿勢に、腰まで伸びた黒髪、そしてメガネ。仕事のできる女性という言葉がぴったり合いそうだ。


「ああ、ギルドで依頼を受けたいんだが……」


「ではまず冒険者登録から致しますね。こちらの書類のほうにご記入のほどをお願いいたします」


「わかった」


 受付の女性から紙を受け取る。だが、記入すべき情報が思っていたより少ないな。名前、種族、年齢か。これだけでいいとは、大丈夫なのか?


だが、何も知らない俺があまり文句を言える話でもないか。さっさと記入してしまおう。


「書き終わった。これでいいのか?」


「……はい、大丈夫です。ではこちらの登録証をお受け取りください」


 そういって渡されたのは、木でできた首飾りのようなもの。ずいぶんとちゃっちい登録証だ。そう思いながら、木の登録証を見ていると、受付嬢が俺に声をかける。


「もうご存知かもしれませんが、規約ですのでギルドについて詳しいご説明をさせていただきます」


「ああ、頼む」


 むしろそれは願ったりかなったりだな。


「まず、ギルドとは依頼所のことでございます。誰かが依頼を持ち込み、誰かがこなす。ただ、持ち込まれた依頼はわたくしたちギルド役員のほうで、一度チェックさせていただきまして、その難易度を定めます。そしてその難易度の依頼を受けられる人間は、登録証のランクで判断されています。下から順番に、ウッド、ストーン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、エメラルド、ルビー、プラチナの順となっています」


 なるほど、道理だな。自分の力量を測れない愚者が、身の程知らずの依頼を受け、死なないようにするための処置か。


「ランク上昇のための条件は具体的には定められておりませんが、こちらで十分な功績を上げたと判断し次第、本人に確認をとるようにしています」


 となると、俺だということがばれればランク上昇を上の存在……、王によってもみ消される可能性もあるわけか。なら、さっきの判断は正解だな。


「主な説明は以上となりますが、何かご質問はございますでしょうか、ゼロ様」


「いや、ない」


 そう、偽名だ。俺が実際に王と会うことはもうしばらくないだろうからな。三か月の間あいつらをだませればそれでいい。ステータスを見られれば、すぐにばれることだが、最初に記入した紙のことを考えても、ステータスを見せなければならない状況にはそうならないはずだ。


 ついでに見た目を少しいじらせてもらった。正負反転で、髪の毛の色を白にしただけだがな。いつか、仮面のようなものもあったほうがいいか……。


「では、依頼書はあちらの掲示板のほうにありますので、受注される場合は受付まで依頼書を持ってきてください。依頼のご説明はその都度行わせていただきます。また何か疑問に思われたことがございましたら、いつでも我々にお聞きください」


「わかった。ありがとう」


 受付嬢の言葉に軽い礼を述べ、掲示板まで歩いていく。ウッドが受けられそうな依頼は……。


・迷宮のゴブリン退治

・薬草採集

・赤の猟犬の荷物持ち

etc...…


 結構あるんだな。ほかのパーティの荷物持ちなんてものもあるのか。だが、それは安全策かもしれないが、自分のレベルを上げることにはつながらないだろう。となると……、討伐系をいくつも受けるのが適切か。


 掲示板から三つの依頼書を引っぺがす。


「この三つを受けたい」


「はい、えー、『迷宮のゴブリン退治』、『迷宮のキャタピラ退治』、『迷宮のスケルトン退治』です、か。これらはウッドが受けられる依頼としては最上級ですので、一度に受けるのはあまりお勧めできないのですが……」


「構わない」


 そんなことを気にしている暇はない。


「……無理はなさらないようにしてくださいね」


「ああ、ありがとう」


「では、これらの依頼は、討伐後そのモンスターの魔石を持って帰ることで依頼達成となりますので、忘れずに採取してきてください。何の魔石かは我々が鑑定いたしますので、袋ごとに分けたりなどする必要はございません」


 魔石ときたか。倒したモンスターが魔石というのを落とすのか、それとも体内にあるのかまではわからんが、とにかくそれを持って帰れば良いと。


「わかった」


「それと、先ほど説明し忘れていたのですが、支給品がいくつか用意されておりますのでこれを持って行ってください」


 そんな大事なことを忘れていたのかこの受付嬢……。だが、それは朗報だ。いざとなればモンスターの肉でも食ってやろうかと考えていたが、しばらくはこれで何とかなりそうだ。


「では、ご無事を祈っております」


 受付嬢の見送りの言葉を背に、ギルド内の人間に絡まれる前にギルドを出る。


 さて、次は迷宮とやらがどこにあるかを探すか……。

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