実質はじめてのダンジョン




サァァァァァーーー


目の前には青々とした草原が広がる。程よい風が心地良い。ここは、ダンジョンに入ってすぐの『はじまりの草原』と呼ばれる階層だ。


「なんで私が案内しなきゃいけないのよ!今日は休みなのよ?あなた本当に私達に面倒かけ過ぎよっ」


ファイアマンがオーナーのところへ向かうため、急遽メディとホットライターがダンジョンの案内をしてくれる事となった。

本来なら、ヒーローがダンジョンに潜る際はジョブを登録しPTを組んで行動するのが普通らしいが、今日は登録をせずに散策するという名目でここに訪れている。



「気持ちの良い…場所ですね」


外行きのため、ファイアマンの私服を借りた。

ゆるっとした白い綿のYシャツに、えんじ色の蛇皮のようなパンツ姿は、ヒーローにしてはなんだかシュールな気がする。


「そうだね〜今は市民たちもレジャーで訪れるくらいだからね〜」


ホットライターも着替えていた。青と白のグラデーションが綺麗なヒーロースーツは、惚れ惚れするほど格好良い。アニメで見たままだ。


それにしても、ダンジョンといえば、洞窟のように薄暗く、蜘蛛の巣が張ったような場所をイメージしていたが、全然違うようだ。『ヒーローズダンジョン』では、まだダンジョン内の描写はなかったため、知らなかった。


「この階層はモンスターが出ないんですか?」


気になっていた事を聞いてみた。


「はぁ?モンスターくらいいるわよ。子どもでも倒せそうな弱っちいやつだけどっ」


そうか、一応いるのか。市民も散策するようなら弱いモンスターでないと困るだろうな。あたりを見回すと、所々草むらが不自然に揺れている。


「『はじまりの草原』は、推奨ヒーローレベルが1〜3lv.、ここでモンスター狩りをしてもあまり意味はないかなあ〜青スライムやミニラビットくらいしか出てこないし〜」


ダンジョンの階層には推奨ヒーローレベルがあり、ヒーローはレベルに応じた階層でモンスター狩りをするそうだ。ちなみに、ファイアマンのレベルは47lv.で、第一線を走るゴールドマンは49lv.だ。

高レベル者の存在はギルドの信頼の証となるため、更新する度に公開されている。

また、ダンジョン内各階層の推奨ヒーローレベルに関しては、各ギルドの調査員が集まるギルド連盟によって設定されているらしい。

非超能力者の調査員は、どうやってレベルの高い階層で調査しているんだろうか。。またも疑問だらけだな。



「さてと、お昼ご飯でも食べますかね?」


呼んでもないのに意気揚々とついて来た、低身長で小太りの炎の料理人、シェフドンパッチは、クーラーボックスのようなアイテムバックから、これまたこんがり焦げたサンドイッチのようなものと熱々のコーヒーを取り出した。またパンかよ。


朝食を残さず食べてから、妙に好かれているような気がしている。出されたものは残さず食べるというのは、小さい頃からの習慣だ。他のギルドメンバーは焦げを取って食べたりそもそも手をつけなかったり適当だった。


漫画では炎の料理人という二つ名がつく割には登場回数の少ないモブキャラで、料理を振舞うシーンは無かった。

案外料理は下手なのかな…と考えていると、黄色いTシャツにオーバーオールを着た、トゲトゲヘアーの小さな男の子が涙目で近づいてきた。


「んぐっ、んん、ヒーローさん助けて…」


「あら、どうしたのかしら、お母さんとはぐれちゃったのかしら。大変ね。お名前言えるかな?」


先程まで悪態をついていたメディは、打って変わって天使の如くその男の子に話しかけていた。


「ぼくはサニー。あのね、ママもパパもいないの。それでね、んぐっ、みんなもいなくなっちゃってね、うぇぇぇぇん。」


とうとう泣き出してしまった。


「どこかの街の孤児かな〜最近増えてるみたいだし。いつの間にかダンジョンに迷い込んだのかね〜」


ホットライターはこんな時でものんびり屋さんなのか。


「よしよし。大変だったわね。もうお姉さんたちがいるから安心よ」


さすが回復系統超能力者のメディだ。その男の子に抱きついて頭を撫でているとすぐに泣き止んだ。


「ぼくヒーローになるの。だから泣かない」


「お、強いね。偉いね。きっとヒーローになれるわよ」


メディがあやしている間に、シェフドンパッチがマジックバックから器具を取り出して、ぬるめのホットミルクを作っていた。赤色のマグカップに入れてそれを差し出すと、サニーと名乗る男の子はぐいっと飲み干した。

シェフドンパッチは満足そうな顔をしている。

ちょっとまて、シェフ、火加減の調整できたのかよ。


「あのね、みんなで隠れんぼしてたらね、ぼく隠れてたんだけどね、違うところに来ちゃって、なんかみんないなくなっちゃったの」


「何言ってるかさっぱりだね〜」


ホットライターは自身の金髪をポリポリとかいていた。


あ、そうだ、思い出したぞ!サニーと言えば、『ジャイアントサンダー』に出てくる少年のスーパーヒーローだ。

確か、空間移動の超能力者だったはずだ。

見た目が漫画より幼いためすぐに気付けなかった。ならば、この質問だろう。


「もしかして、サニー、チョコレート好き?」


サニーの顔がとたんに明るくなった。


「うん、だいすき!たまにおやつで出てくるとうれしいんだ」


やはりそうか。漫画ではチョコレートの食べ過ぎで虫歯だらけになり、歯にこびりついた虫歯菌だけを空間移動させて永遠にチョコレートを食べ続けるというギャグ回があったのを覚えていた。


「どうぞ」


すかさずシェフドンパッチが板状のチョコレートを差し出した。


「え!いいの?やったー!」


嬉しそうにチョコレートをかじるサニーを見て、メディが目を丸くしている。


「あなた、この子の知りあいかしら?」


「いやあ、知り合いではないんですけど、知らなくもないと言うか…いやほら、子どもはチョコ好きでしょ!みたいな」


漫画のことは言って通じないだろうしな。


「まあ!安直な考えね。それでいてうまくいくなんて、ほんと腹が立つわ」


天使と悪魔が混在しているようなメディを横目に、サニーへ質問をする。


「ここに来たのは初めてかな?」


「ううん、よく来るんだけど、いつもおじさんと一緒だから、帰りかたわかんないの。でもみんなといつものハウスで遊んでたのに、ここに来てないのに」


「やっぱり孤児っぽいね〜孤児院のことをみんなハウスって呼ぶし〜おじさんってのは施設長とかかな〜でも言ってることは分かんないね〜」


おそらく空間移動に目覚めたのだろう。願えば戻れるはずだ。


「サニー、目をつぶって、一緒に遊んでいたみんなの顔を思い浮かべて、会いたい!って強く願ってごらん」


「分かった!うーん、うーん、あいたいっ!!!!」


願うどころか大きな声で叫んだサニーは、その瞬間消えてしまった。



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