第14話 静寂
その異変は神官の方にも伝わっていた。
「何だ? 何が起こっている?」
ライディの悲鳴はやんだが、今度は他の所から様々な悲鳴、怒号が上がっている。
神官はライディの元についたばかりで、あまりライディをいたぶれておらず、先ほどまでの心地いい悲鳴を聞けなくなったことにいら立っていたが、周囲の異変は気にせずにはいられない程の物となっていた。
静かになったライディを一瞥し、異変が起こっている場に視線を向ける。
「ん?」
思わず、眉を顰めてしまう。
その光景は、顔のない身体から止めどなく血を引き出す死体。胸が何かに貫かれたのか拳サイズ程の風穴が出来、そこから大量の血が大地を濡らす死体。腕を肩からなくし、のたうち回る村人。極め付きは、神官の護衛として来た2人の神殿騎士の装備をした物が首から上をなくして地に付しているこの状況だ。まさに死屍累々とした、混沌とした空間がその場に広がっていたのだ。
「何が起こっているのだ!?」
先ほどと同じ様な事を言っているがその言葉に含まれる感情は、かなり変化している。理解できない光景に動揺し開いた口が塞がらない。
視界の隅で、また村人が絶叫を上げ、バタリッと倒れた。
神官ブーデは何が起こっているか理解できない。急に村人の首がなくなり、胸が陥没し、あたりに血がばら撒かれる、それを行っている化け物が末だに分からない。
ブーデはその光景をただ眺めていて、ただ唖然としたまま時間が過ぎてしまっていた。
はッ、と気づく。
自分の身体が震えていることに。
周囲の音がやむ。
ただ自身の心臓の鼓動の音だけがうるさく響く。
全身から汗が吹き出し、口が痙攣し、歯の噛み合う音が“カチカチカチカチ……”となり響く。
まるで身体と精神が分離したかのように身体が言うことを聞かない
頭では理解できなくても、身体が反応している。
―――怖い、殺される、逃げろ、助けて、動け、
身体からそんな信号が来るが、自身ではどうにもできない。どんなに動きたくても、身体自身がただ震えることに全力を注いでいる。
―――怖い、殺される、逃げろ、助けて、
昼間なのに耳に痛いくらいの静寂がこの村を支配する。助けは絶対に来ない。
―――怖い、殺される、逃げろ、
静寂の中、身体中を他人の血で深紅に染め、美しくも残酷な紅いオーラをその身に纏い、化け物が姿を現す、それの向かう先は、神官ブーデだ。もうすでに捕捉されている。
―――怖い、殺される、
「ッ!? あ、ぁあ、あ……」
化け物が一瞬で目の前に距離を詰めている。
化け物の移動の慣性により化け物に付着していた血がブーデの顔にかかる。
その瞬間だけはゆっくりと、はっきりと見えた。
化け物が拳を握り、その腕を引く。
―――死に―――
“ズウゥンッ”
静寂が支配するこの
化け物だった男の目の前で、神官服を着た顔のない、身体が後ろに「ビチャッ」と音を立てて倒れる。
「終わった……か」
周囲に生きる者が全ていなくなり、
化け物だった男、アレクの意識が覚醒する。
【異 能】
その能力はステータスの【知 力】と【精神力】のランクを同時に下げた分、他の項目のランクを上げるといった能力だ。その発動条件は任意だが、解除される条件が自分の周囲の生態反応の消失、であった。
この【異 能】は使いこなせる者が使えば被害は少なく終わるのだが、アレクは使いこなせていなかった。ただ、ほとんどの【知 力】と【精神力】を注ぎ、他の項目のランクを上げる。アレクはステータスの細かい調整をおろそかにして、そのまま【異 能】を使っているのだ。しかし、【異 能】を使いこなすには、それなりに使わねばならず、使いこなすまでの犠牲が多すぎるため、アレクは【異 能】を自分で封印していたのだ。
アレクのステータスはこのような数値である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【名 前】アレク
【種 族】人族 【年 齢】34 【魂の質】D
【異 能】
【筋 力】C
【体 力】C
【感 覚】C
【敏 捷】C
【耐久力】C
【魔 力】D
【器用さ】D
【知 力】D
【精神力】C
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この【知 力】と【精神力】を同時に限界までランクを下げた時、【知 力】のランクが「G」となり【精神力】のランクが「F」となる。つまりランクが3つ下がったので、他の項目のランクが3つ上がるのだ。
つまり、アレクが
そんな高スペックな状態を自分の意志で、行動出来ればいいのだが、アレクの場合、近くの生き物をただ我武者羅に狙うだけの、異常に速く、力が強い殺戮マシーンとなってしまっているのだ。
【異 能】は総じて、他にも扱い辛い点以外にも何かしらデメリット、代償のような物がある。その代償は今のアレクにとってはあまり気にするものではない。
アレクは自分の身体を見ると夥しい量の血が付着しており、明らかに、人間2、3人だけではこうならないだろうと思う。
耳を澄ましてみても……静かなものだった。不自然さを感じるほどの静寂。
前回と一緒だ。
手に付着した手を眺め、思う。
(おそらく、全滅だろう。もう二度と発動させないと思っていたのに、な……)
「ッ! 痛ってぇ……」
酷使した身体が悲鳴をあげ始める。
「どこか、休む所を……ぁ、」
休む所を探すべく、周りを見渡した時、すぐ近くにその姿があった。
自分が守りたかった相手、自分が弱いばかりに守り切れなかった相手、自分がその他大勢を切り捨てる決断をするほど助けたかった相手が、
すぐそこに蹲っていた。
「ラ、ライディ……」
思わず、声をかけ、駆け寄る。が、返事がない。
そこで思い出す。
ここは、日光が直接当たっている場所だ。すぐに日陰に向かわないと、
そう思い立ったら、痛む身体に身体強化の魔法を使って、蹲るライディをお姫様抱っこの態勢に抱え、近くにあった小屋に向かう。
その間ライディは何の反応も示さず、ただ死んでしまったように目をつむっていた。
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