第15話 転生と死

その間ライディは何の反応も示さず、ただ死んでしまったように目をつむっていた。





時は少し遡り、ライディが倒れてから、


ライディは神官ブーデの死者浄化ターンアンデットを受けて倒れてしまってから悲鳴を上げる程の苦痛を受けていた。

日光による外側からの痛み、精神体からだの内側から来る気持ちの悪い違和感、その両挟みから来る苦痛に耐えられなかった。


―――気絶してしまった方が、すぐに死んでしまった方が……楽に……


 一瞬、本当に一瞬だけ頭によぎった、その感情、思考、言葉が―――



――――許せる訳ないでしょうがぁああああぁぁぁぁああああ!!



 この思考、思い、悲しみ、怒り、感情が、がそれを認めない。絶対に!



 歯を食いしばる。苦痛に抗う。もうさっきのような不覚は取らない。 


 無意識に使っていた念話を止めて、声を出さないように口をつぐむ。


すでに精神体からだは動かないが、耐えて見せる!


誰よりも「生」にしがみつくと誓った自分の決意を改めて思い出しながら、今すぐ逃げようとする余計な感情をシャットアウトする。


(苦痛を感じるということは、まだ私が生きているということ!)


 

ライディが決意を新たにしていると、近くまで来ていた神官のブーデが口を開く。


「昨日ぶりだな。アンデットの娘よ。辛かったであろう。今楽にしてやるからな? 好きなだけ喚くがいい」


 神官ブーデは顔を醜悪に歪ませ、手をライディに向け、「小回復ライトヒール」と唱え、ライディに生者にとっての救いの呪文を向ける。


“ガリッ”


 ライディの奥歯が鳴る。


 精神体からだの内側から少しずつボロボロと自壊していく様がライディの脳裏を過ぎるが歯を食いしばり、耐える。


アンデットにとってでしかない魔法を放ち、ライディをいたぶる意思を見せる。本当にライディを殺したいのなら、死者浄化ターンアンデットをこの距離で放てば即死する。神官ブーデはそれを分かっていてとしているのだ。


「おや? これは効かなかったかね? これはどうかね? クックク……」



 ――――それからいくつかの種類の魔法を使われたが、ライディはそれに耐え、耐え続けた。

 声を上げなくなったライディを神官ブーデは何やら罵倒を始めているが、気にならない。


 どのタイミングか急に日光による身が灼けるような痛みや、魔法による痛みが消えてしまったのだ。

 その瞬間からライディは自分自身を俯瞰ふかんする様な、何かを達観しているような妙な多幸感に包まれいた。


 歯を食いしばっていた顎の力が抜け、精神体からだ全体の神経が消失したように何も感じない。


 強い意志を感じさせる目が自然に閉じられ、穏やかに眠っている様に顔の筋が緩む。


ただ、周りの音だけは耳が拾っているようで、なんとなく様子が分かる。



―――――静かになった


 神官ブーデが周囲の異常を感じ取っていた頃、ライディもまた、それを感じ取っていた。



―――――静かになると、急に自分の周りが涼しく、寒くなったように思えるな……



 すると、“ズウゥンッ”と何かの振動、音が鳴った。


「終わった……か」


 アレクさんの声がした。



――――そうか、終わったのか


 

 アレクさんの言葉を聞き、安堵する。


 自分の状況は恐らく最悪だろうな、とも思いながら、どこか他人事のような思考をしている。しかし、それに対して嫌悪感などの感情がわかず、ただ多幸感に包まれている。


 ライディの客観的になった思考が教えてくれる。



――――もう自分は長くない



 ライディは意識があるまま死に向かったことは記憶がある中ではなかったが、何故かの終わり、「死」がこんな感じなのだろうと思えてしまう。


 今、昔のことを思い出そうとしたらなんでも思い出せそうな、ある意味なんでもできそうな全能感が身を包んでいる。



―――――気持ち悪いなぁ


 こんな気持ち、この多幸感、全能感がとても、とても、気持ち悪い。


 精神体からだは何一つ自分で動かせないのに、こんな気分にさせられるのは、やはり気分が悪い。


 しかし、そういった不快な感情も塗りつぶしてしまうような、ある意味心温まるこの感情。



――――早く逝けと?



「――――ライディ―――――」


 アレクの言葉が断片的にライディ伝わる。



――――その声が聴けるだけで……



――――もう、なんでぇえ……



―――――嬉しすぎるよぉぉおお



 圧倒的な多幸感の中に感じる、ライディ自身の感情。


 身体、本能がライディを死へいざなうがアレクの声が唯一の救いだった。



――――ありがとう



 ライディの感情、意思、精神力、ライディの持てる力全てのリソースを込めて念じる。



――――ありがとう!


「ッ!? 俺……てを……さ……る……、ま……て、……な、ライディ……」



 ライディの意思が通じたのか、通じなかったのか、今のライディにはわからない。


でも、通じてくれたと勝手に考えるとする。


最後にアレクがライディの名を呼んだのは分かったので、なんとなく、は、満足してしまった。



――――色々、悔しいけど……



 この1年ちょっとの期間は有意義だったと思う。


 自分について少しは知れた。


自分は弱い、最弱と言っても過言ではないだろう。


生きる力を付けなければならない。


私はまだまだ生きる覚悟が足りていなかった。


次は……次も頑張れる、はずだ! 今回も頑張った! 


次も頑張るぞ!



 ライディの精神体が次第に薄くなっていく。


 薄くなったと同時に光の粒が空中に少しずつ流れ、空気に溶けるように消えていく。


その光景を見たものは今、この場には



ライディの転生が静かに始まり、静かに終了した。



その場にはもうすでに生きた存在は誰もいなかった。

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