第11話 沈黙とこれから

 アレクは神官のライディへの指示が聞こえなかったかのように行動し、身体強化の魔法を発動しライディの腕をつかみ、ライディと共に村の中へと逃げるように走っていった。


「何? おい! 待たんか!」


 神官の静止の声が聞こえても無視し、アレクはライディを連れて、疾走する。



 そして、しばらく走り続け、ライディたちはアレクの家に着いた。そして、家の中にライディを残しアレクは外に出ようとする。


『ちょっと待って! いったいどうしたの?』


 ライディは神官に姿を見られたことに動揺してしまったが、走るうちに少し落ち着いていた。そして、姿が見られたくらいで驚くこともないだろうとも思っていた。

 しかし、アレクの行動の意味が分からず、困惑していた。


「後で、しっかり教えてやるから、俺が戻ってくるまで家から出るな」


 ドンッと扉を荒く閉めてアレクは出ていった。


 ライディは相変わらず、状況をつかめていなかったが、神官がこの村に来たことはかなり大事だったということとして、一先ず納得する。



 アレクさんが外に出て、しばらくしてから家の外が少し騒がしくなっていた。どうやら本当に神官を村総出で出迎えるようだ。


 ライディはアレクが来るまで、暇だったので時間つぶしにシャドウボクシングのまねごとをして時間を潰していた。


 次第に時間が経ち、太陽が昇るにつれ夜の闇が、陽光に払われ始めていた。



 ☆


 時間はアレクがライディを連れて神官から逃げるように走り去った時にさかのぼる。


「チッ、融通の利かん門番だ。せめて、あの娘だけでも置いていけば良いものを……」


 神官がアレクに対して、悪態をつくと、


「え? あの門番の男以外に誰かいましたかい?」


 御者がそんなことを神官に尋ねる。


「何? 黒髪のなかなかの上物の娘がいたではないか?」


「え? いましたかそんな娘? 気付きませんでしたわ」


(どう言うことだ? わしがあの娘を呼ぶと驚いた様な表情をしていた。確かにいたはずだ。しかしこの男(御者)がわざわざ嘘をつく理由もない。この男(御者)が言うことが正しければ、わしは幻でも見えていたのか? ……幻? ……!)


「なるほど、そういうことか。あの門番はあの娘のことを知っていて、逃げた。私たちにばれると不味い存在でおそらく実体がない……そんな存在などアンデットくらいだ。あぁ、あの門番はアンデットに取り付かれ、たぶらかかされたのか……」


 神官の顔が醜悪にゆがむ。


「おい、グレック、ジニム、アンデットを見つけた場合、どうするべきだ?」


 神官が護衛の神殿騎士2人に問いかける。

 ただ、神官は彼らに聞くまでもなく答えを分かっている。


「何を当たり前のことを、見つけ次第抹殺……いえ、救ってあげなければなりません。ブーデ様」


「そうだよな。救ってあげなくては……な。」


(こんな辺境のしみったれた村に来なければならなくなったことは腹が立つが、こんなところに良いおもちゃがいた物だ。あんなに姿形がはっきりしたアンデットはなかなかいない。名持ちの高位のアンデットかもしれんが……あの反応からして、おそらく、弱い。そして、アンデットに何をしても問題にはならん。むしろアンデットを倒すことで賞賛されるだろう。)


「くっくく、くはははははっははっはははっははははぁ」


 ブーデと呼ばれた神官は狂喜にも狂気にも似た声を上げ笑う。


 そこへ駆けつけた村人たちが引いてしまう位にその声と顔はに満ちていた。


 村人と共に来ていたアレクは神官のその狂気に満ちた笑いを見て、内心穏やかではいられなかった。


(これは、想像以上に不味いかもしれん。早く、ライディを逃がさなければ)


 アレクは村人たちの陰に隠れ、移動し、村の門で静かに神官たちの監視をする。


 早く家に帰り、ライディに事情を説明し、ライディを逃がす算段を立てたかったが、アレクの仕事を放り出していくわけにはいかない。

 

 神官たちが開拓村に入っていくのを見つめながら、自分の家の方にはいかないでくれ、と願う。それと同時に早く太陽が昇るように時間が経つように願う。


(おそらく、一日は村の歓迎やら何やらで、神官どもはまともに身動きは採れないはずだ。明日、日が沈んだらすぐにライディを逃がす。)



 ☆



 アレクさんが家から出て行って、かなり時間が経ち、もう夜が明け始める時間となってしまった。


 そこへ、家の扉が開かれ、ライディが待っていた人物が返ってきた。


『アレクさん、お帰り。遅かったね。すぐに帰ってくるものだと思っていたよ?』


「あ、ああ。仕事を勝手に放り出すわけにはいかなくて、な」


『そう……。で? あの時、急にどうしたの? 神官が私の姿が見えたのには驚いたけど……もしかして、見られるの、不味かった?』


「あぁ、不味かった。今からそのことについて話すから、落ち着いて聞け。」


 それからアレクさんから聞かされることはライディにとって、衝撃的なものだった。


 まず、私、アンデットは世界的にかなり嫌われた存在だった。見かけたら即討伐するものらしく、私も例外ではない事。「それをどうして早く教えてくれなかったのですか!?」と聞けば、「お前が世界中に嫌われた存在だ! なんて言える訳ないだろう」と返された。


 アレクさんは私に気を使ってくれていたのだ。確かに、何でも本当のことを相手に伝えることは相手を傷つけることもある。

 髪が薄い人に対して、直に「薄いですね」なんて、絶対に言えない。あえて言う人もいるだろうが、アレクさんは気を使って言わないタイプの人の様だ。


 次に神殿、神官やそれに連なる組織や人は光属性魔法が使えるものが多いらしく、対アンデット戦において、無類の強さを誇る物らしい。つまり、私は最も見つかってはいけない存在に見つかってしまったと言うことだ。

 しかも、そういった組織や人達は、アンデットを倒すことに積極的らしく、戦闘力がほぼ皆無なライディは逃げる以外に生き残る道はない。


 ライディは状況の悪さを理解し顔を青くする。


 神官に見つからなければ良かったものを、もうすでに見つかってしまっている。そして、ライディがここにいることがばれることはもう時間の問題だ。


『やばい! 早く逃げないと!』


「待て! 外はもう太陽が出ていて無理だ。今日、日が沈んだらすぐにお前はこの村から森に向かって、真っ直ぐ全てを通り抜けて逃げろ。今はしばらく待つしかない。」


 ライディはアレクの意見に納得し頷く。


『でも、これからアレクさんはどうするのですか?』


「俺は、お前が逃げた後、何か追及されても白を切り通すつもりだ。お前と一緒に逃げるのも考えたが、お前はアンデットだから太陽と人に気を付ければ何とかなるが、俺は何か食ったり寝たりしないと生きていけない。俺が一緒にいると返って邪魔になるからな、お前だけで逃げてほしい。」


『そう……ですか。』


(アレクさんも一緒に来ることで私の足を引っ張る様なことはないと思うけれど……なんでだろう? 「一緒に来てほしい」と言えないなぁ)


 それから、ライディとアレクは互いに沈黙し、静かに時が流れていくのであった。

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