「透明人間になったらなにをしたい?」

らんたんるーじゅ

「透明人間になったらなにをしたい?」

『透明人間になったらなにをしたい?』


その電話は深夜と言うにはまだ早く、けれども夕飯時と言うには少し遅く、具体的には十一時半過ぎくらいの時間に掛かって来た。

電話相手は部活の先輩。夜帯の電話でも相手の事情など一切気にせず、開口一番本題へと入るスタイルは、如何なるときも軸がブレない真っ直ぐな先輩らしく、むしろ気持ち良さすら感ぜられる。


けれども不思議な話題だなあ?

先輩ってそういう俗っぽい話が好きなイメージはないんだけど。


『まずは女湯に入りたいですねっ!』

『いやキミも女の子でしょ……透明にならずとも入れるじゃん』

『でもでも。自分の裸を人に見られるのって恥ずかしいじゃないですか。だけど透明人間になれば誰の目も気にせず大浴場に入れる訳です!こんな嬉しいことありますかっ!?』

『あ、しかも本当に入るのが主目的な訳ね。別に覗きとかイタズラがしたいとかそういう訳ではなく』

電話口の声色で先輩が少し呆れ気味であることが察せられる。けどどうして私に犯罪願望がないことを責められねばならないのだろうか。ちょっと理不尽じゃない?


『同性の裸見て興奮する趣味はないですから。あと浴場でのイタズラは下手すると命に関わります。せいぜいリンスとボディーソープの中身入れ替えるくらいじゃないと夢見も悪いですよ?』

『そのイタズラも別に透明じゃなくとも出来るから……。せっかく人の理から外れた力を得たというのに、銭湯入って瓶の詰め替えで済ませるなんてキミには欲というものが欠けているのではないかい?』

『じゃあ先輩は何がしたいんですかぁ?なんか嫌な予感しかしないから積極的には聞きたくないですけど』

『あーっと。うん』


――まずは電話を掛けるかな?


『…………ん?電話?』

『そう。透明人間ってジャンルにも色々あってさ。存在自体が消えちゃって物体に干渉出来なくなるパターン、ただ誰からも見えないだけでぶつかったら痛いし、物も持てるし使えるパターン、干渉したもの全てが透明になるパターン、って具合だね』

『はあ。そんで電話を掛けようと手に持った時にどんなパターンか分かるって訳ですか』

『そういうこと。んで今回のパターンは物に干渉出来るタイプって分かったの』


んんん?


『けど実際、急に透明人間なっても何したら良いのか分かんなくなっちゃって』


むむむ?


『とりあえず誰かに透明人間になったらやってみたいことを聞いてみて、私利私欲にまみれたその行為が発言者に降りかかったら面白いかなーってちょっと思い付いてね?』 


「……ええと、先輩?」


「という訳でとりあえず浴室に入ってリンスとボディーソープを入れ替えようとしてるんだけど、キミもしかしてリンス使ってないことはないかい?石鹸とシャンプーしか見当たらないんだけど?ねえ?キミに枝毛が多いのって体質じゃなくってメンテを怠ってる――


その声は明らかに電話口ではなく浴槽から聞こえてきてて……!

「ちょっ!?先輩!?まさか本当に透明人間にっ!?」


・・・ --- ・・・・・・ --- ・・・・・・ --- ・・・


時は過ぎれども今日もまた午後11時30分。不意にメロディを奏でたスマートフォンの画面に躍るのは先輩の名前。その日もやっぱり開口一番本題から始まって。


「時間停止が出来るようになったらなにがしたいかな?」


「……!世のため人のために使いますっ!法に触れる事は一切せず、公序良俗を犯すことも勿論なく、ただひたすら人助けの為に使いますっ!もちろん可愛く、いたいけな部活の後輩をイジメるために使うなんてのはもってのほかだと思いますっ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「透明人間になったらなにをしたい?」 らんたんるーじゅ @ranging4th

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ