最終話

 広場は見たことのない惨状が広がっていた。床のあちこちに数えられないほど大量の魔物が倒れており、周りの建物は燃え、石畳はめくれ、何よりも噴水が見る影もない程ボロボロになっていた。

 そして、そのボロボロの噴水の前に、大量の。自警団の兵士の一人から喉元に剣を突きつけられて身動きがとれなくなったルルがいた。奥の方に大量の自警団がいて、いざというときに備えている。

 このままだとルルが殺される。

「何してるの!」

 ララは思わず叫んだ。それは自警団の兵士に向けた言葉もあり、ルルに言ったものでもあった。

「なんだお前は!」

 剣を突きつけている兵士が反応した。兵士はルルに剣を突きつけたままこちらを睨む。目つきだけで殺されそうだ。だが、ここで怯んではいけない。剣を突きつけている兵士に近づいた。

「あなたが今剣を向けているその少女の主人だけど。何か問題でも?」

 突然兵士がルルに向けていた剣をこちらに向けた。

「魔物の主人だと……?つまりお前も魔物という訳か!俺は妻を魔物に殺された身でな!生憎だが手加減はせんぞ!さぁ死ねぇ!!」

 兵士はララに斬りかかってきた。

「何を勘違いしてるの?私は人間よ」

 兵士は剣を振り上げたまま動きを止めた。

「はぁ……?」

「その子は私の使い魔よ。その子に頼んであなた達よりも先に魔物を倒してもらっていたのだけれど」

「何を言ってるんだ、ふざけてるのか?」

 兵士は振り上げた剣を下ろした、しかし、まだ剣先はこちらを向けて構えている。

 すこし怖いが、ここで怯んだら私もルルも殺されるかもしれない。

「ふざけてる訳ないでしょ。私は真剣よ」

 ララの視線は真っ直ぐ兵士の目を見ている。

「こんな世の中で魔物と人間が共存してるだと?ありえない!そんなもの今噂の召喚術士とやらしかできないだろう!」

「その召喚術士とやらが私よ」

 兵士の剣が一瞬揺らいだ。

「そ、そんな訳ないだろう!どうせ仲間の魔物を助けるために嘘でもついてるんだろう?俺は騙されないぞ」

「はぁ……これを見たら信じてくれる?」

 そう言ってララが取り出したのは召喚術の魔導書だった。

「出てきて!ピィちゃん!」

「ピィ!」

 昨日と同じようにピィちゃんが出てくる。

「これで私が召喚術士って信じてくれた?」

「なんだと……」

 兵士はようやく剣を下ろした。

「あのね、召喚術士にとって使い魔ってのはとても大切なものなの。使い魔とは人生のパートナーのように離れたくないし、我が子のように愛情をたっぷりと注ぐものなのよ。あなただって大切な人がいたんでしょう?そして大切な人を失う辛さも知っているはず。自分の手でその思いを他人に味わわせたいの?」

 ララはゆっくりと優しく話した。

「……すまなかった」

 兵士はついに剣を鞘に収めて、奥にいた他の兵士と一緒に帰っていった。


「ルル!」

 ララはルルに元に駆け寄った。

 ルルは両膝を地面につき、動けなくなっていた。

 そんなルルをララは優しく、それでいて力強く抱きしめた。


「ごめんなさい……」


 ルルの目から涙が溢れる。決壊したダムのように、止まることのない涙が流れ続けていた。

「ルルがご主人様の言うことをちゃんと聞いていればこんな事にはならなかったのに……」

 ルルはずっと自分を責めていた。

「ルルは偉いよ、よく頑張った。ルルが無事でよかったよ。」

 ララはルルを抱きしめながら優しく言った。

「でもルル、ご主人様に迷惑かけてしまいました……」

「過ぎたことは仕方ないでしょう?そんなに自分を責めないで。みんな無事だったんだから良かったじゃん。」

「うん……」

 そろそろルルの涙も引っ込んできた。

「よし、じゃあとりあえず家に帰ろうか。こんな所にずっといても危ないし」

「うん……」

 ララは座り込んでいるルルの手を取った。

 周りの建物は未だに燃えており、いつ崩れるか分からない。

 ララはルルの手を繋いでだまま家まで帰った。



 家に着くまで、二人は一言も言葉を交わさなかった。ルルは口を噤み、ララの手をぎゅっと握っていた。そんな姿を見ると、ルルにかけてあげる言葉が分からなくなった。

「ほら、家に着いたよ。」

 ガチャ……

 バサッ!

「わわっ!びっくりした!」

 家に入るなり、ルルに抱きしめられた。胸元に顔をうずめ、動く気配がない。

「どうしたの?」

 ララはルルの背中をさすりながら優しく聞いた。

「……った」

「え?」

「怖かった……」

 ルルの声は弱く震えていた。

「あの剣を持っていた人の眼……私のお母様のようだったの……」

「どういう事?」

 ララにはルルの言っていることが分からなかった。

「私のお母様、すごく怖いの。」

「お母様?」

「うん。毎日のようにルルに魔法を教えて来るんだけど、ちょっと失敗しただけで声を荒らげて怒ってくるの。『時間魔法の一つも使えないのか』『お前はこの家の恥だ』って。お母様は私が失敗する度に殴ったり蹴ったりしてきた。その時の目があの時の兵士と同じだったの。ルルはあの兵士の目を見たらお母様を思い出して……動けなくなっちゃった……」

 ララの腕の中で俯きながらも話すルルの姿に、ララは優しくしてあげることしか出来なかった。

「酷い親だね。よく私のところに来たね。」

 我が子のように抱きしめてあげることしかできなかった。


 しばらくして、ルルはうずめていた顔をようやくあげた

「落ち着いた?」

 ララは聞いた。

「うん、ありがと……!」

 ルルの顔にうっすらと笑顔が戻った。

「良かった。じゃあちょっとテーブルに座ってゆっくりしよ?玄関にずっといるのもあれだし」

「うん!」

 二人はテーブルに座った。

「そういえば、どうして噴水にいた魔物をあんなに倒そうとしたの?私を呼び捨てにしてまで一人で行っちゃうし……」

「ルル、一昨日家を追い出されちゃったの。お母様の機嫌が悪くて……。流石に食べ物が無いと倒れちゃうから、とりあえず明るい方へ向かえば何かあるかなって思って、街に向かって歩いてたんだけど途中で倒れちゃって……。でもそこを助けてくれた人がいたの」

 一昨日?道に倒れている少女?

 ララには身に覚えがあった。

「あ、それってもしかして私?」

「そうなの!」

 ルルは目を輝かせた。

「ご主人様が居なかったら私は今頃死んでたの」

「あの時のルルは尻尾も角も出てたから、私以外に助けようとする人はいなかっただろうね。そっかー私がルルを助ける前にそんな事があったんだ……でも、それと魔物を倒しに行ったのは関係なくない?」

「もちろん続きがあるよ。ご主人様はルルが魔物と知りながらもルルを助けてくれたし、勝手についていってもルルを嫌がらなかった。ご主人様以外にも優しい人は居た。そんな優しい人間達をどうしても守りたかったの……魔物である私が人間達を守ったら、人間の魔物に対する見方が少しでも変わらないかな、魔物全てが人間の敵じゃないって思ってくれないかなって思って。ルルは、人間と仲良くしたいの」

「なるほど……そんな事思ってたのね。魔物には魔物の苦悩があるのか……」

 初めて魔物の心のうちに触れた。少なくとも全員が凶暴な訳ではない。ルルみたいに、人間と仲良くしたい子もいる訳だ。

 そこでララにいい考えを思いついた。

「ねぇ、ルルは人間と仲良くなりたいんだよね?」

「うん!」

「正直、この街では人間と魔物は仲良くできないと思う」

 ルルの顔がドンヨリと曇った。

「でもね、他の街だったら人間と仲良くできるかもしれない。多分この世界のどこかに魔物に寛容な街があると思うの」

「ホント?!」

 ルルの顔がパッと晴れた。

「多分ね、噂に聞いただけでどこにあるかは全く分からないんだけど、絶対どこかにあるはず!だからさ、一緒に旅してその街を探しに行かない?」

「行きたい!」

 即答だった。

「じゃあ旅の準備を今のうちにしよう。明日の朝には出発ね!」

「うん!」

 たまたま助けた子が、数日で自分のやりたいことを見つけて、頑張ってそれを成し遂げようとしている。そんな姿を見ると、ララは応援せずには居られなかった。

 この街を離れるのは少し寂しいが、ルルのことを思うと、そんな感情はかき消される。

 ルルとこの先一緒に旅をして、魔物に寛容な街で一緒に暮らそう。

 いろんな人と、いろんな魔物の子と仲良くしてゆっくりと流れる生活を送りたいな。

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