第3話

 森を抜け、街の入り口の門についた時には、もう空が真っ赤に染まっていた。

 実はこの街は警備上、日が沈むと門は閉まってしまうのだ。つまり時間ギリギリということになる。

 間に合って良かった。早く帰って寝たい……。

 門をくぐる足が自然とはやくなる。

「こんばんは、ララさん。ちょっといいですか?」

 門の守衛に呼び止められた。早く帰りたいのに。

「こんばんは。どうされましたか?」

「いえ、少し早足に見えたのでどうされたのかと思って」

 そんなことで呼び止めないでよ……。

「疲れたのではやく帰りたいなーと思って」

「ああ、そうでしたか。呼び止めてしまい、申し訳ないです」

「ではそろそろ行ってもいいですか?」

「あ、いや。少しお尋ねしたい事が」

 帰らせて欲しい。

「何ですか?」

「ララさんの後ろについてきているあの方、この街では見た気とない気がするんですけど……だれですか?ララさんと関係あります?」

 ついてきている人?

 ララは後ろを振り返った。すると、何故かそこにはチョコチョコと走り寄ってくるルルが居た。

 何故かついて来てることに全然気付かなかった。

 どうしてここに?帰ってないの?あの子にも自分の家があるんじゃないの?

 ララが困惑して固まっているあいだに、ルルは私のそばまで近寄ってきて、満面の笑顔で言った。

「来ちゃいました!ご主人様!」

 まさか使い魔が私から離れないなんて……

「あのー、ちなみにその子は結局誰なんですか?」

「あー……えーと……」

 基本的に使い魔は戦いの後は自分の住処に帰っていくので、こんな事は初めてだ。この子の事どうやって説明しよう。

 素直に使い魔です!って言うのはさすがに危ないよなー。知らない子……は無理かなー、名前呼ばれちゃったし。実は私には妹が居て……はダメだ、街を出る時にこの子は居なかったし。空から降って来た……それは流石に非現実的だな。森で迷子になってる子を見つけて……おぉ、我ながら名案じゃん。

「森に行った時にこの子が迷子になっていたんですよ。どうやら一人で迷子になったらしくて、自分のおうちがどこ分からなくなったらしくて……」

「え、でも私ご主人様の──」

 ルルが何か言いそうなので慌てて振り向いて腕を握り、彼女の口元に「しーっ」と人差し指を当てた。

 あなたのご主人様がいい感じに誤魔化してるから、お願い、いい子にしていてね?

「あのー、ララさん?大丈夫ですか?」

 話を聞いていないと勘違いされて、守衛さんに心配された。

「ああ、はい。大丈夫ですよ?」

「そうですか?ならいいですが……とにかくお家見つかるといいですね」

「あーそうですね、頑張ってこの子のお家見つけようと思います。では、そろそろ行きますね」

「はい。呼び止めてしまい、すみませんでした」

「いえいえー。さぁ、行こっか?」

 なんとかなったらしい。

 ルルに手招きして呼びかけると、二人は門をくぐった。




 二人は街に入った。目指すはララの家だ。ついて来てしまったものは仕方がない。ルルはララの家に泊めることにした。街の案内は明日にしよう、今日はもう暗い。月明かりが石の敷かれた道を照らしていた。

 二人で歩く夜道は一人の時より足音が多くて、なんだか楽しく感じた。

「ねぇ、ご主人様。ご主人様って有名なの?門にいた人も、さっき通ったお店の人も、すれ違った親子もご主人様の名前を呼んでたよ。」

 ララが聞いた。沈黙が嫌だったのだろうか。

「有名かどうかは分からないけど、名前は知られてるんじゃない?」

 私は曖昧な答えを返す。

「どうして?」

「どうしてって、まぁ召喚術士だからじゃない?人間の敵である魔物に戦ってもらうなんて職業は珍しいからね。」

 ララは『人間の敵』という部分に反応した。

「魔物って人間の敵なの?」

 ルルの問いに、ララは人から教わった話を思い出すように話した。

「昔は別に敵じゃなかったらしいよ。むしろ仲が良かったらしいし。助け合いながら共存していたんだって。でも、私が産まれるちょっと前くらい、大体20年前くらいからこの関係は変わったらしいよ。魔物が突然攻撃的になって、街を襲いに来るようになった。初めて襲われた時は人間は驚きの余り何もできなかったらしいね。街はめちゃくちゃ。家屋は潰れ、物は全て奪われた。なんなら人間も襲われた。襲われた人間は怪我をしたり、最悪の場合死んだりもした。街は跡形もないと言う言葉そのままだったらしい。魔物は人間の敵かと問われたら、ほとんどの人が『はい』と応えるだろうね。人間の街が襲われ、人間が襲われたその時から、魔物は人間の敵になったんだ。」

「じゃあ──」

 ルルが口を開いた。

「じゃあ、ルルはご主人様の敵なの?」

 ルルの声は震えていた。いつの間にか目には涙を浮かべ、上目遣いで恐る恐る聞いているように見える。こんな話を聞いたらさすがに仕方ない。

 私はそんなルルの心配を無くすために、はっきりと言った。

「そんな訳ないでしょ。私はルルの『ご主人様』なんだから。敵な訳ないじゃん。」

「本当?」

「本当だよ。世界中の人間が敵だとしても、私だけはルルの味方だからね!」

 月明かりを背に立つララは、ルルにはとても心強く見えた。

 ご主人様について来て良かった。ルルにはそう思えた。

「ほら、こんな暗い話してないで早く明るい家に帰ろう?」

 ララは手を差し出した。

「うん!」

 ルルはその手を取る。

 二人は離れないように手を繋いで家へ向かった。

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