肝心なこと
「ねぇ、何が起こっているの!?」
エリーゼを抱えながら、ルーシーが声を張り上げた。
スバルは魔剣ソウル・ブレードで殺人的な重力を持ち上げていた。
「”封印すべきもの”が襲い掛かっているぜ!」
「そうじゃなくて、知らないうちにバードと仲良くなっているでしょ。何をしたの!?」
「何もしてねぇ!」
スバルの主張に反して、バードは首を横に振っていた。
「男の友情を感じた」
「詳しく聞かせて!」
「後にしてほしい。今は”封印すべきもの”を倒さなければならない」
バードは顔を上げた。
一見すると、天井があるだけだ。
”封印すべきもの”は、目には見えない。
しかし、その存在感はスバルたちに重くのしかかっていた。
「姿を見せないくせに、倒しがいがあるな!」
スバルは笑いを押さえられなかった。
ウルスラは床に両膝をついたまま、溜め息を吐いた。
「相変わらずドMは健在だな」
「誰がドMだ! 訂正しろ!」
「ほらほら”封印すべきもの”とやらに集中しろ」
ウルスラがくすくす笑う。
スバルは舌打ちをした。
「バード、あの女の周りだけ結界を解けねぇか?」
「そんな器用な事をする暇があったら、”封印すべきもの”を倒す方が賢明だ」
バードが両の手のひらを上に向けて、旋律を口ずさむ。
そよ風のような、穏やかで優しい温もりを感じる。
バードの手の上に白く輝く人型のモヤが形成される。
スバルは直感で悟った。
「エリーゼの魂か」
「”封印すべきもの”を倒す事に協力してくれるようだ。そのまま魔剣ソウル・ブレードに取り込ませる」
「ちょっと待って! エリーゼの身体は大丈夫なの? 冷たくなってから時間が経っているんだけど」
ルーシーが口を挟んだ。
スバルは場違いに声を出して笑った。
「わりぃ、ちょっと腹が痛くなったぜ」
「何がおかしいの!?」
ルーシーが不満げに唇をとがらせてた。
スバルはけらけら笑う。
「いや、バードを何だと思っているのかなと思ったんだ」
「ショタ」
「あんたの人格が見えた。端的な回答ありがとよ」
スバルはこれ以上は突っ込まないと心に誓った。
ウルスラは鼻で笑う。
「バードはソウル・マスターだと言わせたかったのかド外道め」
「ド外道なのは俺か!?」
「乙女に恥をさらさせる男をド外道と呼ばずになんと呼ぶ?」
「明らかにルーシーの自業自得だよな!?」
「乙女に落ち度があるように言うのか。男の風上にも置けないな」
「男の役割が理不尽すぎねぇか!?」
両目を見開くスバルに対して、バードが口を開く。
「……めおと漫才はそのへんにして、集中してくれないか?」
「めおとじゃねぇ!」
「集中してくれ」
「後で覚えてやがれ!」
勝ち誇った笑みを浮かべるウルスラを尻目に、スバルは意識を集中した。
スバルは、魔剣ソウル・ブレードが暴れたがっているのを感じた。強烈に輝く青白い光が放たれ、床や天井を容赦なく削っていく。”封印すべきもの”を相手に興奮しているようだ。放っておけば、スバルたちがいる空間ごと、その場にいる人間をすべて飲み込むだろう。
そんな魔剣ソウル・ブレードをなだめるように、白い人型のモヤが青白い光に寄り添っていた。白い人型のモヤは優しく光っている。なぜかエリーゼが鼻歌を口ずさんでいるのが聞こえた。
「エリーゼが生きているなら、勝てるぜ」
スバルは口の端をあげた。
「行くぜ、魔剣ソウル・ブレード! ”封印すべきもの”を切り刻め!」
白い人型が、魔剣ソウル・ブレードに入り込み、溶け込む。青白い光が輝きを増して、”封印すべきもの”へ立ち向かう。
次の瞬間に、大広間全体に暴風が生まれた。”封印すべきもの”から、猛烈な反発を受けたのだろう。
息ができない。スバルたちは今にも吹き飛ばされそうだ。
しかし、そんな中で旋律を口ずさむ人物がいる。
バードだ。
呼吸すらままならない状況で、ソウル・マスターとして”封印すべきもの”にあらがっている。
スバルにとって、嵐に立ち向かう、力強い翼を得た気分だった。
「頼もしいぜ!」
「……私だってやる時はやるわ。力を貸して、神剣ゴッド・ブレス!」
ルーシーが叫び、神剣ゴッド・ブレスを振り上げる。
彼女の周りに神聖な渦が生まれ、青白い光を共に大広間をかけめぐる。
”封印すべきもの”は、大きな、あまりにも大きな音をたてて、より苛烈にスバルたちに襲い掛かる。悲鳴をあげているようにも聞こえた。
スバルは大笑いした。
「もう少しだぜ!」
大笑いする一方で、次の一手をどうするか悩んでいた。
手段のある者は全員が全力を尽くしている。
「何かあるだろう!?」
本能的に逃げたくなるような圧力の中で、スバルは吠えた。
「絶対に倒してやらぁ!」
世界の痛みが、怒りが、悲しみが、絶望が押し寄せる。
一人でも諦めれば、この場にいるすべてに人間が即死するだろう。
そんな彼らに歩み寄る一人の男がいた。
「……随分と苦戦しているな」
「ギルティ様いつのまに!?」
スバルが呼ぶが、ギルティは返事をせずに、黒い魔法陣を生み出した。
魔法陣からはいくつもの黒い蔦が一気に伸び、魔剣ソウル・ブレードに絡みつく。
青白かった光は、紺色に変わり、より膨大なエネルギーを発した。
つんざくような、甲高い音が響き渡る。
”封印すべきもの”の断末魔だ。
「消えやがれぇぇええ!」
スバルは雄叫びをあげて、魔剣ソウル・ブレードを振りぬいた。
手応えはなかった。
しかし、殺人的な圧力も、吹き飛ばすような暴風も消えた。
辺りには、粉々に砕けたシャンデリアが、床に散らばっているだけだった。
「てこずらせやがって」
スバルは魔剣ソウル・ブレードを構えたまま、全身が重くなり、その場にへたりこんだ。
ようやくまともに呼吸ができる。肩で息をしているが、その表情は明るかった。
「……エリーゼを返さないと」
バードは呟いて、旋律を呟く。優しくて、温かい声を発していた。
魔剣ソウル・ブレードから白い人型がそっと抜けて、エリーゼの身体に入り込む。
「うっ……皆さん、ご無事ですか?」
エリーゼがゆっくりと起き上がった。
スバルは魔剣ソウル・ブレードを鞘に納めて、親指を立てた。
「良かったです」
「うわあああんエリーゼええぇええ!」
ルーシーが涙を流しながら、エリーゼに抱き着く。
ルーシーは微笑みながら、ルーシーの頭をなでた。
ウルスラはくすくす笑っていた。
「まったく、見ていて楽しいな」
「……ウルスラ、ちょっと聞いていいか」
スバルがウルスラに視線を移した。
「なんだ? 愛の告白なら断るぞ」
「ちげぇよ! なんで俺にツイン・スピリットの能力をくれたのか、聞きたかったんだ」
ウルスラは首を傾げる。
「極寒の地の話か。イーヴィルの空間を破るためだとは思わないのか?」
「それだけなら神剣ゴッド・ブレスをうまく使う方法があったかもしれねぇだろ。ツイン・スピリットを使えなくなったら、俺に殺されるかもしれないとか考えなかったのか?」
「もちろん考えた。おまえが約束を忘れる可能性だってあると思った」
即答されて、スバルは開いた口がふさがらなくなった。
約束とは、反乱軍に手を出さないという約束の事だろう。
「マジか……なんで……」
「……少しは姉として認めてほしかったから、ではダメか?」
ウルスラの微笑みはどこか寂しそうだった。
スバルは呼吸を整えながら、返すべき言葉を考えた。
反乱軍のリーダーとして憎んできた姉だ。
素直にお礼を言う気にはなれない。
スバルは黙って一礼をしたのだった。
「イーヴィル様、無事か?」
バードが倒れている銀髪の少女に話しかける。申し訳なさそうな表情をしている。
「……無事なわけないでしょ。魔剣ソウル・ブレードが襲い掛かってきたのはあなたのせいよ」
銀髪の少女、イーヴィルはよろよろと起き上がった。
バードはその手をとる。
「ごめん」
「謝ってすむと思う? 私がどれだけ怒っているのか分かる?」
「かなり怒っているだろう。なんでもする」
「何をしたって許さないわ! 私がどんな想いだったのか、あなたには分からないでしょ!?」
イーヴィルは声を張り上げていた。
バードはうつむいて、声を震わせる。
「ごめん。あなたが危険にさらされるのが耐えられなかった」
「言い訳ならいくらでもできるわ! あなたっていつもそう。肝心なことがわかっていないんだから」
顔を真っ赤にするイーヴィルに対して、バードは言葉を失っていた。
エリーゼがルーシーの頭から手を放し、バードに歩み寄る。
「たしかにバードさんは肝心なことが分かっていないと思います」
「……あなたに言われる筋合いはない」
「そんな事を言わずに聞いてください。これは独り言ですが……」
エリーゼはバードに耳打ちする。
「イーヴィル様は、あなたが危険に身をさらすのが怖かったのだと思いますよ」
「そんな……!」
バードは頬を紅潮させた。
イーヴィルは視線をそらして身を震わせる。
「……あとで厳罰に処すから覚悟しなさい」
「あなたの気がすむのなら、どんな罰でも受ける。ただ……」
「ただ?」
「少し寝かせてほしい。ひどく疲れた」
バードは、もの言いたげなイーヴィルの手を取ったまま、意識を失っていた。
スバルはあくびをする。
「大活躍だったからな。今までよく起きていたぜ」
「もうっ! 本当に世話が焼けるわ!」
イーヴィルはバードの胸に顔をうずめた。
その表情は誰にも確認できないが、おえつを漏らしているのは明らかだった。
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