放っておけない

 広間では絨毯が燃え盛る。熱く、息苦しい。

 ルーシーはせき込んでいた。

 スバルは溜め息を吐く。


「……まずは火を消すか」


 魔剣ソウル・ブレードを握る手に力を込める。

 青白い光が、スバルの周りを稲妻のように駆け巡る。

 スバルは意識を集中する。

 青白い光が炎に立ち向かうようにイメージしながら剣を振り回した。

 青白い光が炎を飲むと、炎は少しずつ勢いを失う。

 炎が消え去った頃に。

 暗黒の渦が、スバルに襲い掛かった。

 炎に向かっていた青白い光を迎撃に使っては間に合わない。

 新たに青白い光を召喚する時間もない。


「こうなりゃヤケクソだ!」


 スバルは吠えて魔剣ソウル・ブレードを振り切る。

 全速力だった。

 目にも見えない速さで振り下ろされた魔剣ソウル・ブレードの軌道には、青白い線が描かれた。

 暗黒の渦はいったんは縦に二つに割れたが、すぐにつながる。


「マジか!?」


 スバルはもう一度暗黒の渦を切り裂こうとするが、間に合わず、その全身を飲み込まれた。



 暗黒の中は極度に寒かった。

 氷の大地にいた時よりも肌が痛い。肺が凍り付きそうだ。

 吐息が凍る。汗をかいたら致命的だろう。

 生身の人間が耐えられる場所ではない。

 スバルは苦笑した。


「……魔剣ソウル・ブレードがなかったらすぐにやられてたぜ」


 スバルの身体は青白い燐光に包まれている。

 燐光は薄くて心もとないが、頼みの綱だ。

 スバルは意識を集中する。

 敵の核を討つためだ。暗黒を切り裂いても無駄なのは分かっている。少しでも無駄な動きを避けたい。

 暗黒はバードが操っている。おそらく、バードを倒せば暗黒から脱出できるだろう。

 バードの居場所は思いのほか簡単に分かった。

 耳をすませば、声が聞こえたからだ。

 何を言っているのか分からないが、悲しい旋律を思わせる。

 声の主を仕留めれば収束すると思った。

 しかし、違和感がある。


「……倒してくれと誘ってるみたいだぜ」


 スバルは、魔剣ソウル・ブレードを振り上げるのをやめた。

 声のする方にゆっくりと近づく。

 暗黒は重みを増し、のしかかる。

 スバルの身体がきしむ。

 しかし、スバルは歩くのをやめなかった。


「バード、聞こえるだろう。あんたの目的を言えよ」


 返事はない。

 しかし、旋律がかすかに揺らぐ。確実にスバルの声は届いている。


「あんたが作った魔剣ソウル・ブレードは恐ろしい武器だが、人助けに使えることが多かったよな」


 スバルは歩き続ける。

 魔剣ソウル・ブレードは、コロセウムではドラゴンゾンビを倒したし、ギルティの領土の人たちの魂を救ったりした。人命を奪うことはあったが、決して人を殺すだけの武器ではないとスバルは感じていた。


「あんたが本気で人殺しを考えていたら、たぶん魔剣ソウル・ブレードは凶悪なだけの武器になったと思うぜ」


 闇に目を凝らすと、おぼろげにバードの姿が見えた。

 スバルは言葉を続ける。


「あんた言ってたよな。俺たちが死ぬのが世界のためであり、イーヴィル様のためだと」


 バードが距離を取ろうとさがるが、スバルは一瞬にしてバードの両腕を掴んだ。


「いろいろ理屈をつけているが」


 スバルは核心をつく。


「イーヴィル様を助けたいだけだろ?」


 スバルはけらけら笑う。

 旋律が止む。

 バードは全身を震わせていた。


「……イーヴィル様はどうあがいても助からない。”封印すべきもの”に、その心身をむしばまれている」


 しぼりだすような声で、バードが言葉をつむぐ。


「僕にできるのは、イーヴィル様ができるだけ長く人間らしくいてほしいと祈る事だけだ。魔剣ソウル・ブレードは、そのために作った。”封印すべきもの”に生贄を捧げるために。少しでも長くイーヴィル様が持ちこたえられるように」


 バードは自嘲気味に笑う。

 暗闇に目を凝らせば、一滴の雫がバードの頬で凍り付いたのが分かった。

 スバルは黙っていた。

 バードは小さな溜め息を吐く。


「”封印すべきもの”はいつかイーヴィル様を飲みこむだろう。その前に、人間らしさを取り戻してほしかった」


 「……ある意味でめちゃくちゃ人間らしいと思うぜ」


 スバルは口を開いた。

 バードは両目を見開いた。


「どこが?」


「うまく言えねぇけど、欲望に忠実なところとか。あんたとの絆を疑っていなかったようだし、根は悪い人間じゃないかもな」


「いや、極悪人だと思う」


「お、おぅ」


 スバルは反論できなかった。

 バードは右手で頬をさすって、凍り付いた雫を振り落とした。


「ソウル・マスターの能力に目覚めていなかった頃の僕を、興味があるという理由だけで側近に置いてくれた。それがなかったら

僕は野垂れ死んでいただろう」


「イーヴィル様は命の恩人だったのか」


「最初はそうだった。だが、だんだんとそれだけではなくなった」


 バードはまっすぐにスバルを見据える。


「僕はどんな手段を使っても、イーヴィル様を最期まで守る。逆らうなら容赦しない」


「ちょっと待て。落ち着いて考えろ。人助けのスペシャリストがいるだろう?」


 スバルは暗闇の中で、時々光る白い線を見ていた。


「エリーゼがいるだろう? まだ生きているんだよな」


「生きているが、生かしたままにするつもりはない。彼女は生贄にする」


「本当にそれでいいのか?」


 スバルは穏やかな口調で尋ねた。

 暗闇は二人に重くのしかかる。凍てつく寒さと圧力で、身体は限界だ。

 しかし、スバルは口の端を上げる。


「生贄なんてその場しのぎだろう? ”封印すべきもの”とかを一緒に倒せばいいんじゃねぇか?」


「……正気か?」


「ああ、本気だぜ。マジなのは分かるだろ、ソウル・マスター」


 スバルは愉快そうに両目を細めた。


「俺はあんたを殺す気になれない。エリーゼを助けてくれるなら、今までの事を水に流してもいいぜ」


「……どうしてそこまで言える?」


 バードは声を震わせる。

 スバルは心底愉快そうに、声を出して笑った。


「追い詰められている人間をさらに追い詰めるような趣味はねぇってだけだ!」


「……本心とは思えない」


「信用してくれねぇのか。じゃあ仕方ねぇ」


 スバルは魔剣ソウル・ブレードを持つ手を、ゆっくりと動かす。

 バードは乾いた笑いを浮かべる。


「それで僕を切れば、僕は肉体を捨てられる。純粋な魂となって、より強力な能力を発揮できる。生贄を増やす事が簡単になる」


「何を言っているの分からないぜ」


 スバルはあきれ顔になった。


「言っただろ、あんたを殺す気はしないと」


 魔剣ソウル・ブレードは鞘に収まった。

 スバルの身体から青い燐光が消え、少しずつ凍り付いていく。

 しかし、スバルはしゃべり続ける。


「ここで信用されないくらいなら、”封印すべきもの”を一緒に倒すなんて夢のまた夢だぜ」


「狂ったのか!?」


 バードは動揺を隠せなかった。

 スバルは、敵であるはずのバードの目の前で、魔剣ソウル・ブレードを意図的に封じたのだ。バードにとって理解しがたい判断だった。


「どうしてそんな事ができる!? あなたは僕たちの何を知っている!?」


「何も知らねぇ。だが、なんとなく放っておけねぇ」


 スバルは息も絶え絶えに言った。

 バードの周囲を、白い線が囲む。白い線は温かくて優しい光を帯びている。


「エリーゼ……」


 バードの呟きはか細い。

 ただの幻か、ソウル・マスターとして視認したのか。

 エリーゼの微笑みが見えた。

 バードは声高らかに旋律をつむぐ。嵐のように力強い音になっている。

 凍てつく暗黒が弾かれるように、スバルとバードの周りから飛び散った。

 スバルは衝撃のあまり、弾かれた暗黒と共に吹っ飛びそうになったが、バードがしっかりとつかまえていた。


「あなたにはいろいろ手伝ってもらう」


「いいぜ! いくらでも使ってみろよ。使えるものならな!」


 スバルは大笑いした。

 魔剣ソウル・ブレードを再び抜いて、青白い線の束を召喚する。ウルスラやエリーゼも、エリーゼを抱えるルーシーも、そして倒れているイーヴィルも包み込む。彼女たちは衝撃から守られていた。

 理不尽に壁の外に弾こうとする衝撃は、今度は方向を変えて、床に押しつぶす殺人的な重力となる。


「持ちこたえろ、魔剣ソウル・ブレード!」


 スバルは吠えて、魔剣ソウル・ブレードを掲げる。青白い線は、旋律が重なってより強固な結界となる。

 スバルの笑顔は輝いた。


「やるじゃねぇか!」


 バードは答えない。

 しかし、その眼光は力強い。


「イーヴィル様、今あなたを本当に助ける」

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