守ったもの、守るべきもの

 アークに応えるように、生気のない人たちがうめきだす。

 おのおのの得物を振り上げて、襲い掛かってくる。


「やめろ、私の命令だ! 私の命令が聞けないのか!?」


 ウルスラが悲壮な表情で声を荒げる。

 しかし、武器をもった男たちが止まる気配がない。


「悪いな、ウルスラ。俺たちの心は恨みや憎しみで固まっている」


 アークの声はどこか悲しそうだった。

 スバルは長剣を抜き放ち、男たちの武器を弾いたり、受け止めたりする。

 刃がぶつかるごとに甲高い音が響き渡り、激しい火花が散る。

 少しでも逃げの姿勢をみせれば、一瞬にして刃の露となるだろう。


「……速いし、重いな」


 スバルは苦々し気に呟いた。

 重苦しい憎悪が、救いがたい怨念が、スバルを攻め立てていた。


「あんたが向き合わなければならない罪の重さだ」


 アークの言葉に、スバルは奥歯をかみしめた。

 エリーゼと出会う前は、剣の腕前を披露したいだけだった。

 その犠牲となったのは反乱軍の汚名を着せられた人たちだった。

 剣は殺人の道具でしかなかった。

 エリーゼと出会う前に魔剣ソウル・ブレードを握っていたら、人殺しの化け物となっていた可能性があった。

 憎悪と怨念の刃を受け止めながら、スバルの胸の内に罪悪感がのしかかる。


「俺たちは国を良くしたかった。国民のために尽くしたつもりだった。だが、結果として殺された。あんたの罪は重い」


 スバルは言い返せなかった。

 生きるために身体は動き、襲い来る刃を受け止めているが、頭は真っ白だった。

 心と身体は乖離していた。

 ただ剣を振るう。

 何のために?

 スバルの頭に疑問がよぎる。

 なんで俺は戦うんだ?

 刃が激しくぶつかり合う音が妙に耳障りで、腕に響く。

 エリーゼを助けに行きたい気持ちはある。

 しかし、本当に自分が行かなければならないのだろうか。ギルティではダメなのか。

 疑問が絶えない中で、右肩から血が噴き出した。

 剣速が鈍り、刃を受け止めきれなくなったのだ。

 スバルは痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちる。

 集団の動きは止まらない。


「やめろ、おまえたちは私の気持ちが分からないのか!?」


 ウルスラが叫び、双剣ツイン・スピリットを振り回す。

 双剣のエネルギーは緑色に光り、何人かの身体に巻き付き、動きを止める。

 しかし、獰猛な獣のように吠えて、もがいている。緑色の光を引きちぎるのは時間の問題だ。


「スバル、アーク、私はどちらとも戦いたくない!」


 ウルスラが悲痛な表情で声をあげる。

 しかし、アークのせせら笑う声が聞こえた。


「言っただろう。俺たちは恨みや憎しみで固まっている。そこから動く事はできない。あんたの弟の命はここまでだ」


 スバルの両目から闘志が消えていた。

 流れ出たはずの血が、凍って固まったのがせめてもの救いに思える。

 しかし、それはスバルにとって苦しみの時間が長くなるだけのように感じた。


「……死にたくはないけどな」


 スバルは力なく呟いた。


「それは俺たちもそうだった」


 アークの言葉は冷徹に響く。


「やめろ! 私のためにもやめてくれ!」


 ウルスラはツイン・スピリットにすべての気力を注いでいた。

 しかし、獰猛に暴れる男たちの全員を押さえるのは至難の技だ。

 一人が緑色の光を引きちぎり、斧を高々と振り上げて、身動きの取れないスバルに襲い掛かる。

 そんな凶刃の動きが急に止まる。


「神剣ゴッド・ブレスが力を貸してくれたわ」


 斧と、ルーシーの神剣がぎりぎりとかみあっていた。


「ごめんなさい、あなたたちの行動は見過ごせないわ。スバルの過去を知らないからかもしれないけど。スバルは私を、私が大切にしたいものを守ってくれたし、守ろうとしてくれている」


 スバルは顔をあげた。

 ルーシーの周りに神聖な渦が生まれていた。

 眩しく見えた。


「ギルティと戦って自分の命が危ない時に私を助けようとしてくれたし、メディチーナ村も助けてくれた。アルテ王国の復興の夢を見させてくれたわ。コロセウムではまぐれ勝ちされたけど。私は、彼を見捨てる事ができない」


「いや、あれはあんたの自滅だっただろ」


 スバルはよろよろと立ち上がった。


「勝負をしたとは思えないぜ」


「うるさいわね! いいところで変なツッコミをいれないで!」


「俺が悪いのか!?」


 スバルは驚きのあまり声が裏返った。

 ルーシーは鼻を鳴らす。


「分かったらつべこべ言わずに助太刀しなさい!」


「わーったよ」


 スバルは舌打ちして、意識を集中させる。

 魔剣ソウル・ブレードが青白い光を放つ。

 青白い光は、スバルの手元で雷のように暴れまわり、持ち主を食らおうとする。


「悪いが、まだ死ぬわけにはいかねぇ」


 スバルは両目を見開いて、氷の地面を蹴り、走り抜け、斧の男の胴体を横に切り裂いた。

 青白い光が男の肉体にまとわりつき、激しい光を放つ。

 次の瞬間に、男の肉体は消滅していた。


「やはり反乱軍を人間扱いする気はないのか」


 アークが沈んだ声を発する。落胆したようだ。

 対照的に、スバルの瞳には闘志が戻っていた。


「違う。俺の罪は重く、償いようがないと思っているぜ。本当はもう死ぬしかないかもしれない。けどよ……!」


 ツイン・スピリットの呪縛を引きちぎった男たちが遅い掛かる。

 スバルは雄叫びをあげながら切り裂いていく。


「守らなくちゃいけないものがあるんだ、まだ死ぬわけにいかねぇんだ! 許せないと思うけどよ、もう少し生きのびてぇんだ!」


「俺たちはどうなる?」


 アークの声は氷のように冷徹だ。

 スバルは言葉を失った。


「私がいるだろう?」


 ウルスラが穏やかに微笑む。


「私が遺志を継いではダメか?」


「あんたが俺たちの遺志を継ぐのはいい。だが、スバルが生き延びるのはダメだ」


「どうしても私の心に応えてくれないのか?」


「ああ、そうだな」

 アークの返答は簡潔だ。


 ウルスラは溜め息を吐いた。その息は氷の粒となっていた。

 次の瞬間、氷の大地からいくつもの野太い氷の刃が突き出していた。


「なんだ!?」


 スバルは両目を見開きながら、氷の刃を切り裂いていく。

 しかし、氷の刃はすぐに再生する。

 凍てつく風も凶器と化している。

 ウルスラは微笑みながら、自分とルーシーの周りの刃を、ツイン・スピリットで縛り付けていた。


「早くこの危機を脱しないとルーシーに悪いな。スバル、一か八かコンパスを取り出してみろ」


「ギルティ様がくれたコンパスか?」


「今なら役に立つかもしれない」


 ウルスラに促されるままに、スバルは半信半疑でコンパスを取り出す。

 コンパスはゆっくりと揺れていたが、回転していない。

 前半分を指しているようだった。


「エリーゼは前にいるのか?」


 スバルは呟いた。胸のうちに希望が宿る。

 コンパスは前半分を指している。

 ウルスラはほくそ笑む。


「空間の主が本気になったとは思った。主のそばにエリーゼがいれば、コンパスが指し示すだろう」


「問題はどうやってこの空間から出るかだな」


 スバルは舌打ちをする。

 地面からは絶えず氷の刃が突き出し、凍てつく風は確実に体力を奪う。


「早く脱出しないと死ぬぜ」


「そうだな。一か八かになるが、バードと根競べをしてみないか?」


 ウルスラが、ルーシーを引っ張りまわしながら提案した。

 氷の刃を切ったりかわしたりしながら、スバルは首を傾げた。


「どういう事だ?」


「魔剣ソウル・ブレードを使えば、この空間を切り裂けるかもしれない。それには膨大なエネルギーとおまえの根性が必要だ」


「俺の根性ですむのか?」


「おまえの根性は絶対に必要だという意味だ。それで足りるかは分からないが、真のヒーローになれる可能性がある。頑張れ」


 ウルスラの微笑みに、スバルは口の端を引くつかせた。


「結局は俺に丸投げか!」


 スバルは長剣を振るいながら考えた。

 魔剣ソウル・ブレードはバードが作ったものだ。スバルの命を奪おうとした事もある。危険な代物だ。

 しかし、一度その力が解放されると、ドラゴンゾンビを瞬殺したり、アドレーション帝都の防壁を壊すなど、信じられないような破壊力を生み出す。

 うまく使えば空を飛べる事もあった。

 スバルの身体が無事である保証はないが、かなり強力な武器だ。

 ウルスラが狙いすましたかのように言葉を重ねる。


「エリーゼを救うためだ。やってみる価値はあるだろう?」


 スバルは長剣を握り直し、呼吸を整える。

 残酷なまでに凍てつく環境に身体は悲鳴をあげるが、逃げ場はない。

 魔剣ソウル・ブレードから無数の青白い光が発せられて、スバルの周りで縦横無尽に暴れまわる。

 同時に、ウルスラが双剣ツイン・スピリットを握りなおした。


「長い間私と共に戦った相棒のエネルギーを渡す。有効に使ってほしい」


 双剣ツイン・スピリットから緑色の光が生まれる。緑色の光は無数の蔦となり、魔剣ソウル・ブレードに向かっていく。

 双剣ツイン・スピリットが膨大なエネルギーを捧げて、ただの剣となる頃に、魔剣ソウル・ブレードは濃青緑の光を帯びていた。

 スバルは青白い燐光を帯びる。無理やりエネルギーを取り込んだ魔剣ソウル・ブレードを支える全身は重圧にきしむ。

 スバルの周りの氷が切り裂かれ、音を立てて崩れ始める。


「はは……」


 スバルは乾いた笑いを浮かべていた。

 姉であるウルスラを反乱軍のリーダーとして憎んでいた。そのウルスラの協力を得て、エリーゼを助ける可能性に恵まれた。

 氷の大地は割れて、スバルたちは宙に放り出される。

 どこまで落ちるか分からない無限の闇の中で、スバルはエリーゼの微笑みを思い出していた。

 コンパスは前を向いたまま、濃青緑の光を受けて粉々に散る。


「エリーゼ、今行くぜ」


 スバルは呟いて、魔剣ソウル・ブレードを振りかぶった。


「俺に従え!」


 バードが作ったものとか、ウルスラの武器の力を取り込んでいるとか、どうでもよくなっていた。

 今はただ、エリーゼに会いたい。

 それだけだった。

 命も、魂も、持っていかれそうな引力に逆らい、スバルは強引に魔剣ソウル・ブレードを縦に振りぬいた。

 濃青緑の光が散り散りに闇に広がる。

 凶悪なエネルギーを維持しながら、闇をむしばんでいく。


「エリーゼも力を貸して!」


 ルーシーが叫んだ。

 心なしか、スバルの目には白い光が走った気がした。

 闇の空間が耐えきれないといわんばかりに、視界が開けた。

 音を立てずに、闇が崩れていく。

 足がついた。

 絨毯の敷かれた床だった。

 天井には巨大なシャンデリアが揺れている。大広間にたどり着いたようだ。


「……極寒の空間から出られたようだな」


 ウルスラが両膝を床に着く。

 ルーシーは全身を震わせながら、胸を張る。


「あなたならやると思っていたわ!」


「……本番はこれからのようだぜ」


 スバルは肩で息をしながら前を見る。

 エリーゼが倒れている。その奥には、長い銀髪の少女と手をつなぐバードがいた。

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