絶望の中の祈り

 絹の天蓋があるベッドの上に、短い銀髪の少年と、緩くウェーブの掛かった長い銀髪の少女が眠っている。

 少年はバード、少女はイーヴィルという。二人とも恐るべき能力の持ち主である。


「……彼らが寝ている間に脱出したいのですが……」


 エリーゼは壁を隅々まで触れたり軽く叩いたりしたが、外につながるような活路が見いだせない。


「いっそこのまま寝ているだけなら、二人ともかわいいだけですのに」


 そんなエリーゼの淡い期待はすぐに裏切られる。


「侵入者がいるようだ」


 そう呟いて、バードが目を開けた。


「行ってくる。少しだけ待っていてほしい」


 バードはイーヴィルの耳元でささやいて、裾をつかんでいるイーヴィルの右手をそっと振り払おうとする。

 しかし、イーヴィルはかたくなに裾を離さず、目を開ける。


「私に黙ってどこかへ行く事は許さないわ」


「……ごめん。でも、侵入者は何をするのか分からない。早く殺さないと取り返しがつかないかもしれない」


「そうね。でも、あなたがリスクを背負う必要は無いわ。私の能力があれば簡単よ」


「ダメだ。あなたの負担が大きすぎる」


 バードはきっぱりと言った。

 しかし、イーヴィルは鼻で笑う。


「甘くみないで。私はアドレーション帝国領を長い間守ってきたわ。みんな知らないけど、今だってそうよ。侵入者を殺すくらい簡単よ」


「あなたの能力は素晴らしい。でも、膨大なエネルギーが必要だ」


「エネルギー源ならそこにいるでしょ?」


 イーヴィルはエリーゼに視線を移す。

 バードは口の端を上げた。


「なるほど」


「何をするつもりですか?」


 エリーゼの表情がこわばる。逃げ場はない。場合によっては戦うしかない。

 相手の言動を見極めて、少しでも状況を有利にしたい。


「絶対に生きて帰ります」


 エリーゼは決意を固めていた。

 バードは不気味な含み笑いを始めた。


「世の中に絶対なんてないのに」


「あなたたちがどんな事をしても、私はみんなの元に帰ります。ホーリー・アロー!」


 エリーゼは神聖術を唱えた。

 部屋中を白い矢が埋め尽くし、バードに突進する。

 バードは表情を変えずに、白い矢を右の手のひらに吸収する。


「スバルの元に帰るという事か?」


 突然の問いかけに、エリーゼは頬を赤らめた。

 ほんの一瞬だけ、集中力が途切れた。

 バードにはその一瞬で充分だった。

 エリーゼは再び神聖術を唱えるために口を動かそうとした。しかし、全く動かなかった。

 バードが右手を広げて、ほくそ笑む。


「あなたの魂はいただいた。あなたの思う通りに動く事はない」


 淡々と告げる言葉には、慈悲の欠片もない。

 エリーゼの胸に、恐怖と絶望が広がる。自分が助かる事はないだろうと思った。

 そんな中で、祈っていた。

 愛しき人の笑顔がいつまでも続くように。

 届くか分からない祈りを最後に、エリーゼは意識を失った。

 激しく輝く光が、倒れるエリーゼの身体から引きはがされる。

 光は部屋中を駆け巡る。部屋の隅に行こうとしているように見えた。

 そんな光を、バードの右手が吸収していく。光はもがくように、エリーゼの身体にすがろうとしていた。

 しかし、少しずつバードの右手に吸収され、光は消えた。


「これがエリーゼの魂か。思っていたよりすごい……!」


 白い燐光を帯びたバードが興奮気味に言うと、イーヴィルは呆れたように溜め息を吐いた。


「そんなのより、私の方がすごいわ。早くエネルギーを渡しなさい」


 イーヴィルがバードの左手を握る。

 バードは頬を赤らめながら、握り返す。

 イーヴィルとバードが白い燐光を帯びる。

 イーヴィルは高らかに言い放つ。


「私に逆らう愚か者に制裁を!」

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