門の前で
闇色の空を駆ける影がある。巨大な黒い巨鳥だ。
黒い巨鳥は闇色の翼をはばたかせ、恐るべき速さで飛んでいた。
そんな巨鳥の背中に、男二人と女二人が乗っていた。
四人は輪を作っていた。
黒い髪を一本に束ねた男が口を開く。
「主にスバルに活動してもらう」
「ギルティ様の無茶ぶりは相変わらずだな!」
切れ長の瞳が印象的な、黒い短髪の少年スバルはあくびをした。
「どんな作戦だ?」
「俺が番人の気を引いている間にエリーゼを探し出せ」
「ちょっと待って! エリーゼを探すって何の話?」
口を挟んだのは、長い金髪の少女ルーシーだ。
長い黒髪の女ウルスラはクスクス笑った。
「なんだ。エリーゼがさらわれたのを知らずに来たのか」
「ええ!? エリーゼはさらわれたの!?」
ルーシーの声は裏返っていた。本気で驚いているようだ。
スバルはぽりぽりと頭をかいていた。
「まあ、ルーシーが知らないのは仕方ないか。エリーゼがバードにさらわれるところを見てねぇからな」
「バードってギルティが捕まえたはずよね?」
「逃げられたぜ」
しばし沈黙がよぎる。
しばらく間があく。その間にも黒い巨鳥は猛然と風を切っていた。
ルーシーの絶叫が響き渡るまで、それほど時間は掛からなかった。
「嘘でしょ!? あんなの逃がしたら何されるか分からないわ!」
「……大変な状況だから急いでいる」
ギルティは溜め息を吐いた。
「頼むから、対策を言わせてほしい」
「それはいいけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫かはスバル次第だ」
そう言って、ギルティは右の指をつまんだ。
つまんだ先から黒い糸が垂れて、ひとりでに円形となる。糸は一周すると中心に伸びて、黒い棒状の物体を作り出した。黒い棒は片方が白く輝いている。
「不思議……」
ルーシーが見惚れている。
ギルティは淡々と告げる。
「コンパスは知っているな? 白い方がエリーゼの居場所を指している。これを使ってエリーゼを連れ戻せ」
「くれるのか?」
スバルが尋ねると、ギルティは頷いた。
「返せとは言わない。エリーゼを救出した後は、好きに使え」
「御意」
スバルがうやうやしく黒いコンパスを受け取ると、ルーシーは万歳した。
「すごいわ! これならすぐにエリーゼを助けられるわ!」
「うまくいくといいよな。肝心なところでコンパスが故障したら受けるよな!」
スバルは大笑いをしたが、その場の誰もがついていけない笑いであった。
コンパスの指し示す方向には、イーヴィルの領土がある。近づくにつれて、植物が減っていった。
「イーヴィルの領土は土と岩ばかりの大地となった。かつては豊かな資源に恵まれていたらしいがな」
ギルティが呟くと、ルーシーが遠い目をした。
「アルテ王国も資源と人に恵まれていたわ。イーヴィルの軍隊が攻め込んでくるまでは」
「恨みは強いだろうが、囚われないようにしろ。イーヴィルとバードの思うツボだ」
「当然よ! 私は愛と正義のために戦うの。今は亡き王女が正しいのを証明するわ!」
ルーシーは拳を振った。背中にゆわえた剣が心なしか輝いていた。
ウルスラは微笑んだ。
「気合いがあり頼もしいが、無茶はよせ。おまえはスバルとは違う」
「うう……」
「泣くところか!?」
スバルは両目を見開いた。
ギルティはあきれ顔で溜め息を吐いた。
「もうすぐ着く。心の準備をしていろ」
地上に目をやると、街が見えていた。十字架を描くように建物が並んでいる。
その中心に、ひときわ豪華な城がある。コンパスは城を指し示していた。
黒い巨鳥はいくつもの建物を飛び越える。
けたたましい警鐘が鳴らされた。侵入者だと思われたのだろう。
しかし、黒い巨鳥は動じることなく飛び続ける。
やがて、城の前で高度を下げる。
城の前には険しい顔つきの二人の番人がいた。
イーヴィルの住む城は、不自然なほどに白い。雨や時による劣化を全く感じさせない。
その入り口は、巨大な城門で閉ざされていた。
「ギルティ様ですか……」
「どうしてここに?」
やせこけた番人たちが呟く。
ギルティは頷いて、黒い巨鳥から降りた。
「イーヴィルに用がある。通せ」
門番の気を引きつつ、スバルに目配せをしていた。
降りておけ、と。
スバルは頷く間を惜しんで音を立てずに黒い巨鳥から降りる。
その間も、ギルティは番人に話しかけていた。
「イーヴィルに直接伝えたい事がある」
「お言葉ですがギルティ様、今は誰も通すなと命令がくだっております」
「どうかお引き取りを。この城門は簡単には開きません」
番人たちは口々に拒絶を示す。
しかし、彼らの身体は恐怖に震えていた。
ギルティが不気味なオーラを放っている。口の端は上がっているが、その目は笑っていなかった。
「何度言わせる気だ。通せと言っている。これはお願いではない。命令だ」
「し、しかし……我々はイーヴィル様に逆らうわけには……!」
「ど、どうかご理解ください」
番人たちの声は震えていた。
しかし、ギルティは冷徹に言い放つ。
「逆らうなら押し通るだけだ」
ギルティが両手を広げると、しなやかな影が生み出され、城門の隙間に入り込む。
同時に、黒い蔦が番人たちを締め上げた。
ギルティは低い声で笑う。
「おまえたちの存在を消す事は簡単だ。何か言い残す事はあるか?」
「ひいい」
「お、お助けを!」
番人たちは叫び、もがくが、黒い蔦を引きちぎる事ができない。
その間に、しなやかな影が城門の鍵を開けていた。いくつもの鍵が掛けられていたが、順番に開けていく。
重苦しい音を立てて、城門が開かれるまでさほど時間は掛からなかった。
番人たちは呆然としていた。
「そんな……」
「我々は無力だという事か……?」
番人たちの頭の中は真っ白であった。
その隙をついて、スバルが城門の中に音もなく入り込む。
ウルスラも、ルーシーの手を引いて続いた。
ギルティが鼻を鳴らす。
「相手が悪かったと思えばいい。それと、警鐘を止めろ。うるさいのは好きではない」
黒い蔦が番人たちから離れて、地面に沈むように消えていく。
番人たちは地面に膝をつき、魂が抜けたようにぼーっとしていた。
ギルティは舌打ちをする。
「やりすぎたつもりはなかったが……まあいい」
ギルティは右の手のひらを広げて、コウモリの翼の付いた一つ目の目玉を飛ばし、丸い水晶を召喚した。
水晶には、城内を走るスバルたちが映し出されている。一つ目のコウモリが追いかける景色だ。
「うまくいったな」
走りながら、ウルスラが口を開いていた。
スバルが頷く。
「ああ。たまにはやるな」
「たまになのか?」
「ギルティ様は意外とポンコツだぜ。命令はおおざっぱだし、抜けているところが多い。そもそも皇帝との交渉に失敗したから、ややこしい事になっているんだ」
ギルティの眉がピクリと上がる。
スバルは笑いながら続きを語る。
「皇帝の弟のくせに、イーヴィル様より権威と信頼がないんだ。そのくせに偉そうにしている。俺は頭が痛いぜ!」
「……頭が痛いのは俺の方だ」
ギルティは誰にも聞こえない声で呟いた。
「スバル、後で覚えていろ」
ギルティは水晶から目を離した。
「まあ、いい領主なのは間違いないけどよ!」
そう言ってスバルはケラケラ笑っていたが、ギルティは灰色の空を不愉快そうに眺めていた。
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