静かな祈り

「エリーゼ、嘘だろ!?」


 スバルは魔法陣の周囲を見渡すが、エリーゼもバードもどこにもいない。

 あまりに突然の出来事に、理解が追いついていなかった。


「……イーヴィルに連れていかれたか」


 ギルティが苦々しげに呟いた。


「会話をしている間に、バードが魔法陣を崩していた可能性があるな」


「そんな事はどうでもいいんだ。早くエリーゼを助けねぇと!」


「……落ち着け。バードが何を言っていたかよく思い出せ」


「落ち着いてられるか! エリーゼを研究材料にするとか言っていたぜ!」


 スバルが声を荒立てると、ギルティは低い声で笑った。


「すぐには殺さないという事だ。時間がないのは確かだが、急げば間に合う可能性は高い。冷静になれ」


「……まあ、たしかにな。けどよ、ここからイーヴィル様の領土まで距離があるぜ。どうすりゃいいんだ?」


 ギルティが口の端を上げる。


「鳥の翼を使えばいいだろう」


「あんたが召喚する黒い巨鳥の事か?」


 ギルティは頷いた。


「バードとの戦い、ご苦労だった。おまえたちが反乱軍のリーダーと行動を共にした事は大目に見る。俺もエリーゼを助けに行く」


「マジか!? ありがたいが、本当にいいのか!?」


「イーヴィルを叩かなければ、また侵攻されるだろう」


「……私も連れていけ」


 よろよろとウルスラが立ちあがった。


「さっきは不意をつかれたが、ツイン・スピリットが何かの役に立つはずだ」


「その可能性はあるが、おまえを信用するつもりはない」


 ギルティが冷徹に言い放つが、ウルスラは涼しい顔をしていた。


「バードに操られていたレイチェルを引き付けてやったのはどこの誰だ? 私がいなかったらバードに勝てなかっただろう」


「……否定をするつもりはないが、おまえは何をするつもりだ?」


「かわいい弟の手助けをしたいだけだ。戦闘も恋愛も」


 スバルは顔を真っ赤にして、長剣に手を掛けた。


「ついてくんな! 殺す!」


「怒った顔もかわいいな。エリーゼの解毒剤を渡した時の約束は覚えているな?」


 スバルは全身をワナワナ震わせた。

 反乱軍に手を出さないと約束させられている。


「いつかウルスラが誰かに刺されるように毎晩祈ってやるぜ」


「いいのか? エリーゼとの恋愛成就を祈らないで」


「うるせぇ!」


「……行くぞ、スバル。ウルスラは放っておけ」


 ギルティが溜め息を吐いて階段をのぼっていた。

 スバルは慌てて追いかける。ウルスラもついていった。

 

 

 辺りは夕暮れに染まっていた。

 領民は交代に休んで、瓦礫を運んでいた。心身ともに疲れきっていたが、生き埋めがいないのがせめてもの救いだ。

 そんな領民たちにギルティは声を掛ける。


「おまえたちに伝えたい事がある」


 領民たちの視線はギルティに集中する。

 ギルティは一呼吸置いて話し出す。


「おまえたちが戦う事になったのは政治的な敗北だ。領主としてまずは陳謝する」


 ギルティが深々と礼をする。

 その様子を見て、領民はざわついた。

 涙目になって首を横に振る人もいた。

 怒りの拳を振り上げようとした人もいたが、その手は震えていた。ギルティが原因でない事は分かっていた。

 ギルティは姿勢を正して、続きを語る。


「だが、おまえたちは生き延びた。勝利を勝ち取った。この誇り高い勝利を胸に、俺がここを離れても強く生きてほしい」


「またどこかへ行くのですか!?」


「もう充分でしょう、誰もあなたを責めません!」


「どうか思いとどまってください!」


 領民たちが口々に意見を言っていた。

 しかし、ギルティの決意は揺るがない。


「大元を叩かなければ何も変わらないだろう。イーヴィルの事は皇帝に任せられない。俺たちの手で解決しなければならない。幸い、スバルがいる」


「スバルさんがいるのか」


「じゃあ、どうにかなりますね」


「イーヴィル様が可哀そうなくらいだ」


 領民たちの表情が明るくなる。


「俺はどんだけ信頼されているんだ!」


 スバルは笑いがこらえきれなかった。


「私もいるわ!」


 突然、声を張り上げた少女がいた。

 ルーシーが胸を張っていた。


「神剣ゴッド・ブレスでイーヴィルなんていちころよ!」


「……バード戦では役に立たなかったな」


 ギルティがぼそりと呟くと、ルーシーは声を荒げる。


「これから役に立つのよ! 真打ちはここ一番にやるものなのだから」


「バード戦のここ一番で役に立った記憶はないが、まあいい。捨て石くらいには使えるだろう」


「ひどいわ! 捨て石なんて本人の前で言う!?」


「行くぞ」


 ギルティが右手を広げると、手のひらで黒い魔法陣が広がる。

 その魔法陣から黒い巨鳥が、甲高い鳴き声をあげて出現する。

 黒い巨鳥は、主に背中を向けてしゃがんでいた。自分が呼び出された理由が分かっているようだ。

 黒い巨鳥に乗り込む時に、スバルは自分たちに視線を向ける女の存在に気付く。

 赤髪の美女、レイチェルだ。


「イーヴィル様の元へ行くのか」


「ああ、あんたも行くか?」


「遠慮しておく。私は皇帝に今回の事を報告するつもりだ」


「わーった。気を付けろよ」


 スバルが親指を立てると、レイチェルは視線をそらした。


「さっさと行け」


「相変わらず冷たいな!」


 スバルは大笑いした。

 四人を乗せて、黒い巨鳥は力強くはばたく。領民たちは盛大に見送った。

 黒い巨鳥は、暗い空へ向かっていたが、その姿はレイチェルには輝いて見えた。


「……間違っても殺されるな。私が倒すまでは」


 レイチェルは呟き、静かに祈りを捧げていた。

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