重みを背負う

 瓦礫と化した街は平穏を取り戻したが、人々の心身は疲れ果てていた。

 帰る家を壊されて、途方に暮れて、その場にへたりこむ人が続出した。

 いつ殺されるか分からない限界状態にさらされ続けて、恐怖が抜けない人が多い。

 バードを倒したが、人々の震えは止まらなかった。

 そんな人々に声を掛けながら、エリーゼは歩き回っていた。


「皆様、お疲れさまでした。もう大丈夫ですよ」


 多くの人はエリーゼの微笑みに励まされた。

 けが人は神聖術で治され、心から癒されるのを感じていた。

 しかし、一部には悪態を吐く老人もいる。


「バードを生かしてしまうなど、言語道断だ! 儂らは殺されるところだったぞ!?」


「おっしゃる事はごもっともです。しかし、バードは子供です。きっと何らかの事情があったのだと思います」


「子供だからって関係ない! すぐに処分しなければ安心できぬ!」


 老人の鼻息は荒く、顔が真っ赤だった。

 興奮しているようだ。

 エリーゼは、相手がさらに興奮しないように、あえてゆっくりと言う。


「スバルさんがいますよ」


「そうか。頼むぞ」


 老人の気は収まったようだ。

 スバルは笑いがこらえきれなかった。


「あんたら俺に頼りすぎだろ!」


「信頼の証です。頑張ってくださいね」


「エリーゼ、あんたも当然頑張るよな」


「はい! できる範囲で」


「俺には無理をさせるのか」


 スバルは笑いながら、倒れているバードに視線を移す。

 今はウルスラが睡眠薬を注射したこともあり、深い眠りについている。

 しかし、目を覚ませば何をするか分からない。


「また戦うかもしれないと思うと、ちょっと気が重いぜ」


「その時は二人で力を合わせて頑張れ」


 ウルスラが微笑んだ。

 スバルは口元を引くつかせた。


「あんたは何もしないのか?」


「活躍の場を若い人間に譲るのは大人の当然の配慮だ」


「いらん配慮をする暇があったら手伝うのが大人の義務だろ?」


「大人として断言する。そんな義務はない」


 ウルスラは、さわやかな笑顔を浮かべた。

 スバルは拳をにぎって全身をワナワナ震わせる。


「殴りたい笑顔だぜ」


「スバルなら大丈夫よ!」


 ルーシーが親指を立てた。


「安心して、私が保証するわ!」


「信頼のおけない保証だな!」


「スバル、バードを地下室に閉じ込める準備ができた。運べ」


 口を挟んだのはギルティだった。

 スバルは息をのんで、バードを肩に担ぐ。細身であったが、持ち上げるとより軽く感じた。

 整った顔立ちに目を引かれていたが、間近で見ると両目に隈がある。


「こいつ、ちゃんと食って寝ているのか?」


「敵に同情するな。今は領民の安全を考えろ」


「御意」


 ギルティに案内されるままに、スバルは地下室へバードを運ぶ。

 バードが目を覚ませば、真っ先に危険にさらされるのはスバルだ。


「気を抜けねぇよな」


 薄暗い階段を一歩一歩慎重に降りる。

 幸い、バードは目を覚まさなかった。

 最後まで降りると、人ひとりが入るくらいの、黒い魔法陣があった。魔法陣としては小さいが、緻密な文様が描かれている。

 魔法陣の中心には、足枷が地面にくっついていた。

 ギルティが口を開く。


「ソウル・マスターの能力を封じるように組んである。まずはここに閉じ込める」


「まずは?」


 スバルは眉をひそめた。

 ギルティは続ける。


「閉じ込めながら、本格的に封印する方法を考える。考えつかなければ殺す。エリーゼは納得しないだろうが、仕方ないだろう。まずは逃がさないように、ここにつなげておく」


「御意」


 スバルはバードを降ろして、バードの右足に足枷をはめた。

 ギルティは深い溜め息を吐く。


「眠りから覚めないうちに、対策を練っておく必要があるな」


「私は早く起きてほしいな。聞きたい事が山ほどある」


 階段を降りてきたのは、ウルスラだった。


「ソウル・マスターの能力を使えないなら、起こしてもいいだろう」


「やめておけ。こいつを相手に絶対はない」


「申し訳ないが、そろそろ睡眠薬の効果が切れる頃だ」


「早すぎる……!」


 ギルティが文句を言おうとした時に、バードがゆっくりと起き上がった。

 スバルは長剣に手を掛ける。しかし、ためらいがある。

 バードから殺意や敵意を感じない。


「……やられたか。イーヴィル様が怒るだろうな」


 バードは天井に向かって溜め息を吐いた後で、目をこする。


「眠い」


「寝ろ」


「その前にトイレに行っておきたい」


「えっと……」


 スバルは言葉に詰まった。

 ギルティが舌打ちする。


「二日くらい我慢しろ」


「鬼畜か」


「寝ればすぐだろう」


「あまりの暴言に目が覚めた」


 ウルスラはしゃがみ、バードの銀髪をいじり始める。


「安心しろ。私はノーマルだ。単刀直入に聞く。おまえたちの目的と、イーヴィルの能力を教えろ」


「僕が答えると思うのか?」


「冷静に状況を考えてほしい。今のおまえは無力な少年だ。剣士二人と魔術師が牙を向いたらどうなると思う?」


「あなたたちにイーヴィル様について話すくらいなら、死んだほうがマシだ」


 バードの言葉を受けて、ウルスラがほくそ笑む。


「死ぬだけで済むと思うのか?」


「……僕はあなたたちの趣味の餌食にされるのか」


 バードは溜め息を吐いた。

 ウルスラは、バードの銀髪で三つ編みを作っていた。

 くっくっくっと怪しい笑いを浮かべている。


「覚悟を決めているのなら、その覚悟を打ち砕くだけだ」


「イーヴィルの能力は見当がついている。おそらく、空間使いだろう」


 口を挟んだのはギルティだった。


「コロセウムの出来事を皇帝に報告した時といい、俺の領土に攻め込む時の迅速さといい、おまえたちの移動速度は異常だった。空間転移の能力者がいないと説明がつかない」


 バードは何も言わずに視線をそらす。図星だと顔に描いてあった。

 ウルスラが勝ち誇った笑みを浮かべる。


「あっさり見破られたな。大人を敵に回す恐ろしさは身に染みたか?」


「身に染みたが、あなたの手柄ではない」


「負け惜しみを言うな。子供とはいえ、男だろう」


「あなたに負けたとは思っていない」


 ウルスラとバードの視線がぶつかり、火花が散りそうであった。

 ウルスラの目は本気だった。


「大人しく負けを認めればトイレくらい連れていってやろうと思ったのに。二日も我慢できないだろうと思っていたが残念だ」


「……鬼畜」


「何とでも言え」


 ウルスラはバードの銀髪でもう一つ三つ編みを作りながら、心底愉快そうに笑っていた。

 スバルがあきれ顔で呟く。


「大人げねぇな」


「そうですよ、なんて事をしているのですか!?」


 鈴を鳴らすような澄んだ声が聞こえた。

 振り向けば、エリーゼが階段を降りてきていた。


「みんなで瓦礫を運んでいる時にどこに行っているのかと思っていたら、こんな所で子供をいたぶっていたのですか!?」


「誤解だぜ! 俺は何もしていない!」


 スバルの弁明を、ウルスラがせせら笑う。


「足枷を付けたのはおまえだろう」


「それはギルティ様の命令で……!」


「一人だけ逃げようなど、ずるいな」


 ウルスラはスバルに向き直り、指さす。


「おまえは実行犯だ。忘れるな」


「なんであんたは凶悪犯の面をしてんだよ!?」


「ここにいる全員が共犯です!」


 エリーゼが声を張り上げた。

 バードは三つ編みを手ぐしでほどいて、身を縮めた。


「……僕が帰らないから、イーヴィル様は怒っているだろうな。まさか変態たちに絡まれるなんて……」


「大丈夫ですよ。皆さん話せば分かりますから」


 エリーゼはしゃがんで、バードと視線を合わせた。


「あなたを怖がってひどい事をしたと思いますが、もう手出しをしないと思いますよ」


「僕が大人しくすればいいのか?」


「もちろんです! 領民には怒っている人もいますが、あなたが行動を改めれば怒りを収めてくれると思います」


「どう改めればいい?」


「そうですね……まずは人の命を軽く思わないでください。人を簡単に殺したり、魂を抜きとってはいけません。たとえイーヴィル様の命令でも」


 エリーゼが言うと、バードはうつむいた。


「……たしかに人の命は重いな」


「ご理解いただけたなら良かったです」


 エリーゼはバードの両手を取って微笑む。


「あなたに神のご加護があるように祈ります」


「ありがたい」


 バードは顔を上げる。口の端を上げて、笑っているように見える。

 しかし、その目はぎらついていた。

 エリーゼの両手を振りほどく。


「人の命は重いが、イーヴィル様の命令は絶対だ」


 次の瞬間に、バードの周りに風圧が生まれる。ウルスラが飛ばされて、壁に叩きつけれられた。スバルとギルティはその場で踏ん張るのが精いっぱいだった。

 バードはエリーゼの両手首を恐ろしいほど強く握る。


「人の命は重く、僕の罪も重い。その重さを背負って、イーヴィル様に従う」


「どうしてそこまで……?」


 風圧で呼吸が苦しい中でエリーゼが尋ねると、バードは鼻を鳴らした。


「あなたたちが理解する必要はない。イーヴィル様が呼んでいるから、僕は帰る。あなたを研究材料にしてもっと強くなる」


 風圧が収まる頃には、エリーゼもバードも姿を消していた。

 魔法陣と足枷だけが静かに残っていた。

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