とんでもない事

 魔剣ソウル・ブレードが今までになく青く輝き、強烈な熱を帯びていく。

 少し離れたところにいるギルティが、身の危険を感じた。

 魔剣ソウル・ブレードを握るスバルは、命を削られているだろう。

 バードがせせら笑う。


「もうすぐ魔剣ソウル・ブレードはスバルを食らう。ここの領民も同じ運命を辿る」


「そんなことないわ! エリーゼの魂が生きているのよ!」


 エリーゼの身体を抱えながら、ルーシーが声を張り上げた。

 バードは小さく溜め息を吐く。


「スバルたちはよく粘っている。だが、限度がある」


 バードは右の手のひらを青白い馬に向けた。


「スバルとエリーゼを直接取り込む。あなたたちに勝ち目はない」


 青白い馬の形がゆがむ。足が不自然に伸び、ただの線となる。バードの手のひらに吸収されるように、引きずられていた。


「やめなさい! そんなの私が許さないわ!」


 ルーシーが震える声で叫ぶ。

 しかし、バードの耳には入っていない。

 ギルティが黒い矢と槍を同時にバードに向けて放つが、一瞬にして消される。

 青白い馬と共に、スバルも引きずられていた。足元が不安定で、剣士には最悪の状況だ。

 しかし、スバルは青白い馬を切り続けていた。


「あなたの抵抗は無駄だ……!?」


 淡々と言っていたバードの表情に、初めて焦りが生まれる。

 緑色の光を帯びた鞭が、バードの右手首を打ち据えた。

 激しい衝撃のせいで、ほんの一瞬であったが、バードの集中が途切れる。

 その一瞬をつくように、スバルはバードと距離を詰める。

 バードは咄嗟に、スバルから魂を奪おうと、右手を広げた。

 しかし、それが仇となる。

 右手を広げている間に切り付けられたのだ。

 バードの右肩から胸にかけて、血が噴き出す。

 加えて、白い光が矢状になって、バードの全身に突き刺さる。


「……エリーゼめ」


 バードは恨めし気に呟いて、意識を手放し、倒れた。

 スバルはすぐに集中する。

 魔剣ソウル・ブレードはエリーゼの魂を取り込んでいる。すぐに解放しなければならない。


「もとに戻れ、エリーゼ!」


 スバルは雄叫びをあげた。

 白い光が徐々に薄まり、青白い光となる。

 白い光が完全に分離すると同時に、エリーゼが両目を開けて、ゆっくりと起き上がった。


「……皆さん、無事ですか?」


「エリーゼ、良かった、本当に良かった!」


 ルーシーがエリーゼを抱きしめる。


「さすがだな、スバルもレイチェル将軍も」


 賞賛の声を発したのはウルスラだった。

 彼女が握る双剣ツイン・スピリットが緑色の光を帯びている。


「スバルの剣術と、エリーゼのホーリー・アローの連携も素晴らしかったが、レイチェル将軍の判断力にも救われた」


 ウルスラが微笑むと、赤髪の美女は鼻を鳴らした。


「反乱軍のリーダーに褒められたのは心外だな」


「敵であっても賞賛に値する」


 実際に、レイチェルの状況判断は的確かつおそろしく迅速であった。

 自分の身体に魂が戻った瞬間に、バードの右手首を打ち据えたのだ。魂が戻ったフリをしてバードの隙をうかがっていたら、バードに気付かれていただろう。


「……ウルスラ、おまえを甘く見る事もできないな」


 レイチェルとしては最大の賛辞だ。

 レイチェルの鞭に双剣ツイン・スピリットのエネルギーを宿らせたウルスラの判断も大したものだった。それにより、バードが考えつかないほどの衝撃を生み出す事ができたのだ。

 ウルスラは声をあげて笑った。


「日頃は手厳しいと噂の将軍様に褒められると、嬉しいものだな!」


「おまえの感情などどうでもいい。さっさとバードを処罰しなければならない」


 レイチェルは黒々とした殺気を放っていた。

 レイチェルは短剣を取り出し、しゃがんでバードの首筋にあてる。


「皇帝の命令を待つまでもない」


「待ってください! バードさんにも言い分があると思います!」


 声をあげたのはエリーゼだった。


「確かに彼の行った事は許せるものではなく、呼び捨てにしたくなりますし、すごく迷惑でどうしようもなく殺意が芽生えますが、一方的に処罰するのは良くないと思います!」


「……恨みつらみが積もっているな」


「あなたまで変な疑いをかけられないためにも皇帝の決定を待つべきだと思います!」


 レイチェルは溜め息を吐いて、短剣をしまう。


「もし事態が悪化すれば、責任は取るだろうな」


「はい、スバルさんが何とかします」


「俺が!?」


 スバルは両目を見開く。


「私も頑張るので、よろしくお願いします!」


 エリーゼは天使の笑顔を浮かべていた。

 スバルはようやく魔剣ソウル・ブレードを鞘に収めると、苦笑いをした。


「……とんでもない事を言ってくれたな」

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