応えるぜ

 武器を持つ領民は一人ではない。包丁を握っていたり、火炎瓶を持っていたり、統一性はないが、人数が多すぎる。

 空から、青白い馬も迫ってくる。

 ルーシーは立ち上がって、神剣ゴッド・ブレスを構える。


「あの馬は、私が倒すしかないのかしら」


「いけません! あの馬から、領民の嘆きを感じるのです!」


「ええ!?」


 ルーシーは驚きのあまり声が裏返った。

 スバルも両目を見開く。


「どういうことだ!?」


「あの馬は、領民の魂が無理やり集められたものだと思うのです。むやみに切ってはいけません!」


「それなら、無駄死にをするか?」


 うつろな瞳の女が言っていた。


「ミルクティーって知っているだろう? 紅茶とミルクを混ぜた飲み物だ」


 今度は子供が言った。


「ミルクティーから、紅茶とミルクを、もとの形に取り出す事はできない」


 老人が言った。


「一度混ざり合った魂は、一つのエネルギーとなり、もとの形に戻る事はない。おまえたちは、ここの領民の魂と戦わなければならない」


 赤髪の女が、スバルたちに近づく。右手に鞭を持っている。絶世の美女と呼べるほど整った顔立ちと体型だが、両目はうつろだ。


「……レイチェルさん」


 エリーゼが名前を呼んでも、レイチェルは答える気配がない。

 ウルスラが溜め息を吐く。


「領民の命は諦めるしかないかもしれないな」


「いいえ、きっと何かできるはずです。領民の魂はミルクティーではありません!」


 エリーゼはきっぱりと言い放った。

 スバルの手を取り、訴えかけるようにスバルの目を見つめる。


「まだ、手段があると思うのです。私とスバルさんは危険な目に遭うと思いますが……付き合ってくれますか?」


 スバルは一瞬だけ、表情が固まった。

 付き合ってくれますか?

 この言葉が嬉しくもあり、ちょっと空しかった。

 エリーゼは視線を背ける。


「ごめんなさい。嫌ならいいのです」


「いや、すごく嬉しいぜ。俺で良ければ、いくらでも付き合うぜ!」


 スバルはエリーゼの左手を握り返していた。


「俺はどうすればいいんだ?」


 スバルが尋ねた。

 お互いが安心できるように、できるだけ明るい声を発していた。

 エリーゼは、空から迫る青白い馬を見つめていた。


「たぶん一度しか言う時間がないので、よく聞いてくださいね」


「分かった」


 スバルは頷く。

 その間にも、うつろな目の領民たちが、武器を手に襲い掛かってくる。

 スバルはあえて動かなかった。

 地面から黒い蔦が生えて、領民たちを絡めとっていた。

 黒い蔦はギルティが召喚したものだ。

 その蔦をかわして、レイチェルが鞭を振るう。

 標的はエリーゼ。

 それを察して、ウルスラが鞭を弾いていた。

 エリーゼは意を決してスバルを見つめる。


「私の魂を魔剣ソウル・ブレードに取り込んで、青白い馬を適切に切り分けてください」


「あんたを取り込む!?」


 スバルの声は裏返り、両目は見開かれた。

 驚きを隠せなかった。

 失敗すれば、エリーゼは魔剣ソウル・ブレードに魂を食らいつくされる。魂を失った肉体が死に至るのは間違いないだろう。

 スバルは戸惑った。

 エリーゼを殺すかもしれない。

 エリーゼに促されるままにエリーゼから左手を離し、長剣を両手で握るが、震えが収まらない。

 やるべき事はエリーゼが分かっている。

 しかし、実行に移せるのかが分からない。そもそも、エリーゼが何をしたいのか理解していない。

 戸惑いは、言い知れぬ恐怖となる。

 決断ができないスバルに対して、エリーゼは微笑んだ。


「信じてください。私も、あなたも」


 天使のような微笑みだった。すべてを見つめているような瞳だった。

 魔剣ソウル・ブレードの危険性も、スバルの気持ちも、受け止めているようだ。

 エリーゼの瞳から、戸惑う心を導くような、優しい光を感じた。


「わーった。腹をくくるぜ」


 スバルは考え直した。

 エリーゼを信じられないのは、エリーゼに対する裏切りだ。

 そう確信すると、震えが止まる。

 雄叫びをあげて、魔剣ソウル・ブレードを抜く。

 青白い光の線が幾重にもほとばしる。スバルの身体は青い燐光に包まれる。

 青白い光の線はエリーゼを包み込む。エリーゼはその身を捧げるように両手を前に出す。


「きっと大丈夫ですから」


 よく見ると、エリーゼの身体から白いモヤが浮かび上がる。

 白いモヤは青白い光と寄り添うように、線状になっていく。

 白いモヤと青白い光は溶けあい、同化して、優しい光を放つ。


「魂が取り込まれたな。このままではエリーゼの身体まで取り込まれる。手を出させてもらう」


 ギルティは呟いて、エリーゼの身体を黒い蔦で包み込む。

 スバルは魔剣ソウル・ブレードが、今までになく重く感じていた。


「スバル、頑張って!」


 ルーシーが声を張り上げた。涙目になっていたが、しっかりとスバルを見つめていた。

 歯を食いしばってこらえるスバルを見ながら、ギルティは口の端をあげた。


「アドレーション帝都で、エリーゼのホーリー・アローをエネルギーに変えられたおまえなら、耐えられるだろう」


「……ああ、絶対に応えてやるぜ。エリーゼの心にな!」


 スバルは重みと共に、淡い温もりを感じていた。

 エリーゼと一体になっている。そんな安心感がある。

 スバルの胸の奥がむずがゆくなる。


「こんな形で一つになるなんてな!」


 笑いがこみ上げる。

 ウルスラも、レイチェルの鞭を払いながら、笑っていた。


「真正のドMがいると楽しくていいな!」


「誰がドMだ! 後で覚えてろよ!」


「ああ、覚えておく。スバルのSはスーパードMのSだと」


 スバルは反論したかったが、場の空気を読まずに、青白い馬が襲い掛かる。

 踏みつけてくる足をかわしながら、スバルは重大な事に気が付く。


「……どこをどの程度切ればいいのか分からねぇ」


 領民たちの魂は混ざりきっていて、すくいだすのは至難の技だ。

 ミルクティーから紅茶とミルクを取り出す事ができない、という表現も頷ける。


「だが、エリーゼは領民の魂はミルクティーじゃないと言っていたな」


 スバルは目をつぶり、意識を集中させる。

 視覚を封じると、感覚が研ぎ澄まされる。魔剣ソウル・ブレードの重みと、エリーゼがそばにいる温もりを感じる。

 今の魔剣ソウル・ブレードにはエリーゼの魂が宿っている。


「あんたの想いに応えるぜ」


 スバルが口の端を上げると、魔剣ソウル・ブレードが異変を起こした。

 突然に激しく真っ白に輝いたのだ。

 目を閉じていなければ、目を焼かれていたかもしれない。

 強い光はスバルの手元で暴れる。

 同時に、熱を帯びていた。

 すぐに手放すべきだという本能と、このままで耐えろという直感がせめぎ合った。


「エリーゼ、あんたを信じているぜ」


 激しい光に対して、スバルは語り掛けた。

 穏やかな声だった。

 そんなスバルの声に応えるように、白い光は熱を周りに発散した。

 スバルはゆっくりと目を開ける。そして、ある事に気付く。

 白い光が青白い馬の足にまとわりつき、人型を縁取る。

 試しに人型の縁取りのままに切ってみる。あまりにも手ごたえがなかった。

 しかし、状況が変化する。

 一度切られた人型は、ひとりでにどこかへ向かっていった。


「もしかして、魂が分かれたのか……?」


 スバルの疑問に応えるように、青白い馬の全身に白い縁取りが生まれる。

 エリーゼがどうやって人型の縁取りを描いてくれたのか、分からない。

 しかし、スバルは確信した。


「この線を全部切ればいいんだな」


 あまりにゆっくり切れば、魂が抜けたエリーゼの身体が持たないだろう。

 素早く、丁寧に切り刻む必要がある。

 縁取りは、青白い馬の体位に合わせて目まぐるしく形を変える。

 切り取るのに失敗すれば、魂が壊れるのは容易に想像できる。

 それは、魂を切られた者の死に直結するだろう。

 スバルは呼吸を整える。一度のミスも許されない。

 しかし、スバルはニヤついていた。

 エリーゼと過ごしてきた時間を思い出していた。

 緊張感が足りないと言ってきたり、笑いすぎだと指摘されることもあった。

 気の合う大切な仲間であった。


「あんたの魂に応えるぜ」


 スバルは大きく息を吸い込んで、全速力で長剣を振るい始めた。


「行くぜ、魔剣ソウル・ブレード! 作り手は誰でもいい。今の使い手は俺だ!」


 白い縁取りは次々と切れ目に変わり、人型が分離されていく。

 途方もない人数の魂が、青白い馬から解放されていく。

 目まぐるしく変化する縁取りを、迅速に正確に切っていく。

 スバルの目はただまっすぐに、一つ一つの縁取りに集中していた。

 どの縁取りが誰の魂か分からないが、スバルにはどうでも良かった。


「全員分切ればいいな!」


 人を殺すはずの剣術で、人の魂を救う。

 スバルにとっておかしな話だった。

 しかし、剣の腕しか自慢がない自分にとって、人助けができる事は嬉しかった。

 エリーゼの魂がそれを可能にしてくれている。


「こんな喜び、他では味わえないぜ!」


 他とは具体的にどこを指しているのか、スバルは深く考えていなかった。

 魂が次々と解放されている。

 スバルは楽しくて仕方なかった。

 エリーゼと一緒である。それだけで良かった。

 エリーゼの魂と一緒なら、なんでもできる気がしていた。

 そんな状況を、バードが何もせずに見ているはずがないという考えすら忘れていた。

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