ギルティの領土へ

 黒い巨鳥が星空を飛ぶ。ギルティの領土に向かっている。

 その背中で、スバルは両腕と背筋をのばした。あくびがでる。


「夜空の風は気持ちいいぜ!」


 そう言って、寝転がる。黒い巨鳥の背中の羽毛は心地いい。

 隣に座るエリーゼはくすくす笑っていた。


「相変わらず緊張感がありませんね。これから大変な戦闘がありますのに」


「こう見えてビビっているんだぜ。バードって、ギルティ様が勝てない相手なんだろ?」


「……俺に苦戦するようでは、瞬殺される恐れがある」


 一番前にいるギルティは淡々と告げていた。

 ルーシーが大粒の唾を飲み込む。


「そんなに強いの?」


「ソウル・マスターは別格だ。だが、俺が退くわけにはいかない」


 ギルティの背中には悲壮感が漂っていた。

 ウルスラが溜め息を吐く。


「いくら領民に逃げろと言われても逃げられない。お偉い領主は辛いな」


「バードがいなかったら、おまえを殺していたところだ。いつか反乱軍は根絶やしにする」


「こんなに善良な私に何の恨みがある?」


 ウルスラは微笑んだ。

 スバルが眉をひそめる。


「あんたのどこが善良なんだ?」


「弟の恋愛事情を後押ししただろう」


 スバルは顔を真っ赤にして起き上がった。


「あれはノーカンに決まっているだろ!」


「エリーゼはどう思っているのかな?」


 ウルスラは口の端を上げる。

 エリーゼは頬を赤らめて、指をいじっていた。


「す、スバルさんが言うなら無かった事でいいのです。私には記憶がありませんし」


「ええ!? どういうこと!?」

 ルーシーが身を乗り出した。


「記憶がない女の子にキスなんてしたの!?」


「ギルティ様の前で変な事を言うんじゃねぇ! 解毒剤を飲ませるためだったんだ!」


 スバルが慌てふためくと、ウルスラが鼻で笑う。


「専用の管があったのに」


「あんたは話をややこしくするな! エ、エリーゼ、そ、その……気にするなというのも変だが、あんまり考えすぎるなよ」


 エリーゼは涙目で頷いた。


「はい……そうします」


「ちょっとちょっとどうなってるの!? 詳しく聞かせて!」


「ルーシーさん、スバルさんは純粋無垢で悪気がありません」


「私から見れば立派な小悪魔なんだけど!? スバル、まさか浮気してるの!?」


 スバルは両目を白黒させた。


「浮気ってなんのことだ?」


「どちらか分からないリアクション! 真正の小悪魔ね!」


「いいのです、いつかきっと……いえ、なんでもありません」


「エリーゼもあいまいな事を言っちゃダメよ!」


 ルーシーは両腕をぶんぶん振り回している。

 傍目ではあおっているように見えるが、本人は必死だった。


「戦闘前の雰囲気とは思えないな」


 ウルスラは微笑んでいた。

 ギルティは舌打ちをした。


「……俺一人の方がいろいろやりやすかったかもしれないな」


「いろいろ? 恋人探しとかか?」


「趣味の悪い冗談はそのへんにしろ。もうすぐ俺の領土だ。覚悟を決めてもらう」


 ギルティは地上を見下ろす。

 朝日に照らされた領土には、見るも無残な瓦礫が並んでいた。


「すげぇな、なんかいるぜ」


 スバルが興奮気味に指さした先には、空からはっきり分かるほど、巨大な化け物がいた。


 鳥の翼を生やした青白い馬だ。


 全身が霞のように揺らいでいる。

 実体を感じられない。

 本当にこの世にいるのか不思議になる。

 美しくも、畏怖を感じさせる存在だ。

 青白い馬は翼をはためかせて、いななきをあげた。

 スバルたちが乗る黒い巨鳥に向かってくる。

 スバルは長剣に手を掛けた。

 しかし、エリーゼがその手を押さえる。


「あの馬は魔剣ソウル・ブレードで切ってはいけません。そんな気がします」


「じゃあ、どうするんだ?」


「一か八かやってみます。ホーリー・アロー!」


 白い光が無数の矢状になり、青白い馬に突き刺さる。

 しかし、青白い馬がいななきをあげると、無数の矢は空気に溶けるように消えていった。

 青白い馬が、黒い巨鳥ごとスバルたちを食らおうと、口を開ける。

 黒い巨鳥が咄嗟に上空に逃げなければ、餌食にされていただろう。

 ギルティが舌打ちする。


「バードが生み出した化け物だろう。バード本人を倒さないと何度でも蘇る可能性はあるな」


「……少し違う気がします。バードさんを倒さないといけないのは同意ですが」


 口を挟んだのはエリーゼだった。


「蘇るのではなく、おそらく何度でも造り出される気がします。今までに感じた事がないくらい、怖い相手です」


 エリーゼは空を仰いで、短い溜め息を吐いた。

 スバルが感じられないくらいに、強い恐怖と闘っているのだろう。エリーゼの顔面は血の気を失い、両肩は震えていた。

 スバルはエリーゼの両肩に手を添える。


「一人じゃねぇんだ。もっと気楽に考えようぜ」


「ありがとうございます」


 エリーゼは微笑むが、涙目であった。

 青白い馬が再び食らいついてくる。ギルティが黒い蔦を召喚して、青白い馬に絡みつかせるが、振りほどかれる。


「まずはバードを探すか」


 ギルティの呟きに応えるように、黒い巨鳥が空を勢いよく旋回し、急激に地面に近づく。


「いやあああああ!」


 ルーシーが悲鳴をあげるが、お構いなしだ。

 青白い馬が追いかけてくるが、スピードは黒い巨鳥が圧倒していた。

 ぐんぐんと距離を離す。


「すげぇ速さだな!」


 スバルが感嘆の声をあげるが、ギルティの目は険しい。


「……これから順調に行くとは考えづらい」


「そりゃそうだけどよ、すげぇもんはすげぇぜ! さすがだぜ!」


「……相変わらず無駄に楽しそうだな」


 ギルティの目は険しいままだが、わずかに口の端を上げていた。

 地面に近づくと、弓兵たちが待ち構えていた。

 一斉に矢を放ってくる。


「ホーリー・アロー!」


 エリーゼが対抗するが、倒れる弓兵はいなかった。

 ギルティが黒い魔法陣を張って盾とするが、矢は貫通する。

 無数の矢がスバルたちの周りで飛び交う。黒い巨鳥は巧みな旋回でいくつもかわしたが、矢の数が多すぎる。いくつかは黒い巨鳥の腹や羽に当たっていた。飛ぶ高さは、どんどん下がっていった。


「こいつが飛ぶのは無理だ」


 ギルティは静かに言って、あえて黒い巨鳥を右の手のひらに吸収した。

 スバルたちは突然に地面に降り立つ事になった。ルーシーだけ転んだが、弓兵たちの意表を突いたのは大きかった。スバルの長剣とウルスラの双剣が、次々と弓兵たちを倒していく。


「すごい……」


 ルーシーは、二人の剣技に見ほれていた。

 そんな彼女の背中に、何者かが近づく。

 ルーシーが振り向くと、こん棒を握った男がいた。目はうつろで生気を感じられない。


「ホーリー・アロー!」


 エリーゼが咄嗟に唱えると、神聖な矢が男に突き刺さる。男は力なく、その場に倒れた。


「……ホーリー・アローは、彼らには効くのですね」


「えっと、誰だったの?」


「領民です。私たちを襲うなんて、きっと操られています」


 ルーシーの疑問に、エリーゼは震える声で答えていた。

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