とある城の夜会

 スバルが夜空を眺めている頃に、とある城で夜会が行われていた。

 城の主が突然に開催したものだったが、集められた人々は華やかに着飾っていた。豪華なドレスや洗練されたタキシードなど、みんな美しい装いであった。

 人々の振る舞いは優雅なもので、そこかしこに上品な話し声が聞こえてくる。バイオリンやハープで奏でられる音楽とよく調和していた。

 城の主は、素材のよい椅子に背を預けながら、会場を満足そうに眺めている。

 随所に宝石をあしらった白いドレスを身にまとい、緩いウェーブのかかった銀髪を腰まで伸ばした少女だ。気の強そうな瞳が、鋭く輝いている。

 白いセンスを広げて、隣に立つ従者に話しかける。


「ねぇ、バード。私のお気に入りはみんなに受け入れられると思う?」


 バードと呼ばれた従者は、無表情で感情が読めない。何を考えているのか分からない。

 しかし、いつも言う言葉は決まっている。


「イーヴィル様の思うままになるだろう」


 城の主イーヴィルは、心底愉快そうに両目を細めた。


「ふふふ、ありがとう。でも、もっと気の利いた言葉を言ってもいいのよ。私は特別なのだから」


「……気の利いた言葉を僕に求めるのは酷というものだ」


「あら、私に逆らうの?」


「美しいあなたの前では、どんな言葉も色あせる」


 イーヴィルは深々と頷いた。


「それは仕方ないわね。特別におとがめなしとするわ」


「ありがたき幸せ」


「さあ、そろそろ新しい仲間をお披露目しましょう!」


 イーヴィルが立ち上がると、バードが侍女たちに目配せする。

 侍女たちは大急ぎで新入り紹介の準備に取り掛かった。

 イーヴィルを待たせるわけにはいかない。


「さあ、みんな。おしゃべりをやめて、こちらを見て」


 イーヴィルが両手をパンッパンッと叩くと、集められた人々は静かになり、イーヴィルのいる方を向く。

 そのタイミングに合わせるように、一人の女性が歩いてきた。

 燃えるような赤髪を肩まで伸ばしている。肩に赤い羽根のついた深紅のドレスを身にまとっている。

 非の打ちどころのない顔立ちにふさわしく、体格はバランスの良い曲線美を描く。

 絶世の美女と言っても過言ではない。

 しかし両目はうつろで、一歩一歩ぎこちなく足を進めている。生気を感じられない。

 バードに魂を抜かれて、アドレーション帝国から連れ出された女将軍だ。

 イーヴィルはそんな彼女の隣に立ち、声高らかに言い放つ。


「今日から私たちの仲間となったレイチェルよ! 帝国の将軍だったけど、私のお気に入りとなった幸せな人よ。みんな、優しくしてあげてね」


 優しくしてあげてねという言葉は、イーヴィルにとって、決して触るなという意味だ。

 会場から拍手がわく。


「美しい」


「まるで女神ですわね」


 口々に賞賛の声があがる。

 レイチェルに意思があったなら、反乱軍が活動しているのに何をしている、と一喝していただろう。

 イーヴィルは笑顔をほころばせて、両手を広げて、歌い始めた。

 バイオリンやハープの演奏の曲調が変わる。イーヴィルの歌声に合わせて、ワルツになっていた。

 その音楽に合わせて、バードは無表情のままで、正気のないレイチェルの手を取る。

 レイチェルはゆっくりと一礼して、バードと身体を密着させた。

 優雅な足取りで踊る。整った顔立ちの従者と、絶世の美女のダンスは、見る人を魅了する。

 自然と感嘆の溜め息が出る。

 いつまでも眺めていたくなるような二人であった。

 しかし、そんな素敵な時間は強制的に打ち切られた。


「た、大変です!」


 慌てて走ってきた衛兵の一声で、場の空気が変えられた。


「ギルティ様がスバルたちに敗れたそうです!」


 音楽が止まり、ダンスは中断され、集まった人々は騒然とした。


「ギルティ様ってあの……!?」


「どうして、いったい何が……」


 人々の動揺は深刻だった。

 ギルティはアドレーション帝国領の領主の一人であり、最高位の魔術師だ。バードが相手ならともかく、負ける事があってはならない人物だ。

 涙を流す人もいた。

 そんな雰囲気を一掃するように、イーヴィルがパンッパンッと両手を叩く。


「静かにして。そんなに気にする事はないわ。ギルティは弱かった。それだけよ」


 人々の視線はイーヴィルに注がれる。

 イーヴィルは鼻を鳴らした。


「反乱軍に負けた人間は、反乱軍を助長させるわ。すぐに退治しないといけないわ」


 人々は絶句した。

 イーヴィルは、反乱軍ごとギルティを殺害対象にすると言っているのだ。

 バードは口を開く。


「誰がやる?」


「そうね、レイチェルがいいんじゃないかしら。あなたも見に行ってあげて」


「分かった」


 話はすんなり決まったようだ。

 イーヴィルが微笑む。


「まずは不甲斐ない領主を支える領民に罰を与えましょう。ギルティにも痛手となるでしょう。彼の領土にあなたたちを送るわ。スバルとエリーゼに罰を与えるのも、もちろん忘れずにね」


「分かった。そろそろ魔剣ソウル・ブレードを回収してもいいな」


 バードは返事をした。

 レイチェルは何も言わずに優雅に一礼した。

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