襲来、決着
辺りは夕暮れ時を迎え、もうすぐ夜になろうとしていた。長い戦いだ。
しかし、誰も気力が尽きていなかった。
スバルは地を蹴り、一気にギルティと距離を詰める。
剣の一閃がギルティの左肩をかすめた。黒衣に切れ込みが入る。その切れ込みにはわずかに血がにじんでいた。
「……やはり剣士と接近戦をするのは無謀だな」
ギルティは後ろにさがりつつ、人語を解さない低い声を発した。
地面からはいくつもの黒い槍が、宙からは無数の黒い矢が突き出され、スバルに襲い掛かる。
「しゃれたマネをしやがるぜ!」
向かい来る槍を、矢を、魔剣ソウル・ブレードで払い続ける。目にも止まらない速さで腕を振るい、身体をひねったりしていた。
ギルティの懐まで走ろうとするが、そのたびに槍や矢が阻む。距離を詰められないでいた。
そんなスバルを助けようとして、ルーシーが剣を振り上げる。
「もう一度力を貸して、神剣ゴッド・ブレス!」
神聖な風が、黒い槍や矢を払いのける。
黒い槍や矢が風に溶けるように消えるのを、ギルティは感心して見ていた。
「神剣ゴッド・ブレスをここまで扱うとは。本物のルーシー王女の目に狂いはなかったのか」
「よそ見してんじゃなぇよ!」
スバルが切りかかる。
ギルティは魔法陣を盾にして応じた。
「おまえも強くなったな。惜しい人材だ。だが、反乱は許さん」
魔法陣から黒い疾風が噴き出す。
スバルは咄嗟に右横に跳ぶ。左の肩当てが黒い風を浴びる。
肩当ては、跡形もなく消え去っていた。
スバルの背中に嫌な汗が流れる。
「容赦ないな!」
「当たり前だ」
ギルティは黒い巨鳥を召喚して、飛び乗る。
スバルが切りつける前に、空高く飛んでいた。
「また空に逃げるのかよ!」
「確実に勝てる方法があるなら、当然それを実行する」
ギルティは淡々とした口調で告げていた。
スバルは足元に違和感を覚えていた。
草原がひどく柔らかく、ぐにゃりとする。
周囲の地面に目をやれば、黒い文様が浮かんでいる。
「あんたの仕業か!」
スバルはギルティをにらむ。
ギルティは口の端をあげた。
「おまえたちと戦いながら魔法陣を描いていた。人間に使うにはもったいないが、魔剣使いと神剣使いがいるなら仕方ない」
「……封印の魔法陣か」
ウルスラがうめく。
「スバル、おまえは本格的に化け物扱いだな」
「あんたも似たようなもんだろ」
「おまえとは一緒にされたくない」
「そりゃこっちのセリフだぜ」
スバルはあきれ顔で溜め息を吐いた。
「一か八かあがくが、こりゃダメかもな」
投げやりな口調であるが、胸の奥は闘志に燃えていた。
スバルは魔剣ソウル・ブレードを構えて、深く息を吸う。
青白い光が強さを増す。
ルーシーは体力の限界を迎えて両膝をついていた。
しかし、その目から希望の光は失われていない。
「私は諦めない。絶対にみんなを助ける!」
神剣ゴッド・ブレスを掲げる。神聖な渦が生まれる。
ウルスラはゆっくりと起き上がる。
「……私も諦めるつもりはない」
双剣ツイン・スピリットを地面に突き刺す。緑色の光の線が、地面に描かれた広大な魔法陣にまとわりつく。
広大な魔法陣がまがまがしい暗緑色となる。
「……大丈夫なのか?」
スバルが心配して声を掛けると、ウルスラは微笑んだ。
「分からないが、ギルティの意表を突く事をしなければならないだろう」
「無茶しやがるぜ」
「おまえほどではない」
スバルとウルスラは笑い合った。
魔法陣はうごめき、地面を上下に揺らす。緑色の光を振り払おうとしているようにも見える。
倒れているエリーゼが心配であるが、ギルティを倒し、魔法陣が消えれば手当てできるだろう。
「……もうちょっとの辛抱だぜ」
スバルは呟いて、両目を見開いた。
「行くぜ、魔剣ソウル・ブレード!」
「お願い力を貸して、神剣ゴッド・ブレス!」
スバルの勢いに応えるように、ルーシーも剣を空に突き立てた。
青白い光の周りを神聖な風が渦巻き、ギルティへ突き進む。
ギルティは舌打ちをして、黒い魔法陣を盾として召喚する。
この場にいる全員が、すさまじい圧力を感じていた。
ギルティといえど、魔剣と神剣の合わせ技を簡単に相殺できない。
そんな彼にとって、聞きたくない声が響き渡る。
「ホーリー・アロー!」
鈴を鳴らしたようなすんだ声。エリーゼの神聖術だ。倒れたまま、唱えていた。
ギルティの背中に、白い矢が襲い掛かる。
魔剣と神剣の合わせ技を防ぎながらでは、思うように魔術を振るえない。ギルティはもう一つ、魔法陣の盾を召喚したが、防ぎきれなかった。
首筋や肩に白い線が浮かぶ。殺傷能力はないが、戦意を奪う神の光だ。気を失う場合もある。
「小賢しい!」
ギルティは一喝して、勢い任せに魔法陣を広げた。
魔剣と神剣の合わせ技も、神聖魔法も消失した。
しかし、ギルティは黒い影を見た。自分が生み出したものではない。
見上げれば、スバルが剣を構えていた。
魔剣ソウル・ブレードとホーリー・アローの圧力で、飛んでいた。
一度は地面へ叩きつけたが、今回は防ぐ手段がない。
「……対策が足りなかったか」
ギルティは呟いた。
黒い巨鳥ごと切りつけられ、飛ぶ力を失う。
負けたのは悔しいが、静かに微笑んでいた。
「……成長したな」
そう呟いて、ギルティは落ちていった。
広大な魔法陣が消え、辺りはのどかな草原が戻る。
夜が始まり、穏やかな風が吹いていた。
その風の中を、スバルとギルティは落ちていった。
エリーゼの神聖術に包まれて、二人ともどことなく白い光を帯びている。
そのままゆったりと地面に降り立てば、絵になるだろう。
しかし、二人とも地面に激突した。
神聖術に気の利いた演出を求めるのは難しかった。
致命傷は避けられたとはいえ、二人とも身体に痛みが走る。
「散々だぜ」
「誰のせいだ?」
スバルがぼやくと、ギルティは息も絶え絶えに呟いた。
スバルはゆっくりと起き上がる。
「いろいろな要因があるが、俺のせいじゃないのは確かだぜ」
「コロセウムのルールを破ってイーヴィルたちに目をつけられた挙句に、反乱軍リーダーのウルスラと行動を共にしたのはどこの誰だ?」
「コロセウムのルールに不備があったし、ウルスラと行動を共にしたのは仕方なかったんだ」
「……言いたい事は分かるが、許される事ではない」
ギルティはうめきながら、身体を起こした。
「コロセウムのルールは俺たちが意見していいものではないし、ウルスラは倒すべき相手だ」
「待ってください、私たちの話も聞いてください!」
口を挟んだのは、エリーゼだ。
仰向けに倒れたまま、頭の中を整理する。
「私たちはコロセウムで罪のない人が殺されるのを、見過ごせなかっただけです。反逆の意思はありませんでした」
「イーヴィルたちはそう思わない。忠告はしたはずだ」
「私たち自身も殺されそうになりましたが、やみくもに人を傷つける事はありませんでした。私たちを反逆者とは違う扱いをするのは可能だと思います」
ウルスラが起き上がり、不服そうに唇をとがらせる。
「反逆者ならひどい目にあわせてもいいような言い草だな」
「反乱軍はアドレーション帝国と敵対してきました。その事は、人々に混乱と恐怖を与えました」
「恵まれた環境を与えられていれば、そう思うだろうな」
ウルスラはふて寝するように、再び地面へ横たわった。
「解毒剤を分けてやったのに、恩知らずだな」
「……ごめんなさい。その事は感謝しております」
エリーゼは赤面した。
ウルスラは含み笑いを始める。
「いいんだ。恨まれるのは慣れている」
「その解毒剤をどうやって手に入れたのか聞きたいものだ」
ギルティはふらふらと立ち上がった。
ウルスラは寝転がったままくっくっくっと愉快そうに笑っている。
「私が作ったものだ。作り方は教えない」
「解毒剤が必要だったということは、エリーゼは毒におかされていたのだろう。毒にいろいろな種類があるのは知っている。なぜ、おまえは都合よくエリーゼに盛られた毒を消す解毒剤を持っていた?」
「……たまたまと言って信じてくれないか?」
「たまたまではないという確信がある」
ギルティの口調は冷徹であった。
「エリーゼに盛られた毒も、おまえが作ったのだろう」
「おい、ちょっと待て! 俺たちに毒を盛ったのは幻獣使いのオカマだぜ」
スバルは驚きのあまり、両目を見開いていた。
ギルティは溜め息を吐く。
「幻獣使いに毒を作り出す能力があると思うのか? 仮にあるとして、どうしてウルスラが解毒剤を都合よく持って来れた? おまえたちが特定の毒におかされるのが分かっていたとしか考えられない」
スバルは言葉を失い、口を半開きにした。
一筋縄ではいかないと思っていたが、そこまで凶悪な女とは思っていなかった。
ウルスラは微笑んだ。
「乙女心のなせる技だ。ルーシー王女なら理解できるだろう」
「え、ここで私に話を振るの!?」
「ルーシー王女、あなたの活躍はアルテ王国の誇りだ。今後も応援する」
「ありがとう、話の流れは分からないけど、嬉しいわ!」
ルーシーは両目を輝かせて、頬を赤らめた。
ギルティはスバルに耳打ちする。
「……おまえとウルスラが接触したのは、俺の采配ミスも響いている。だが、スバル。今後は反乱軍との接触は気を付けろ」
「御意」
スバルは深く溜め息を吐いて、夜空を眺めた。
きれいな月と満天の星が、地上を見下ろしているように感じた。
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