誇り高い王女
スバルは魔剣ソウル・ブレードを抜いた。
スバル自身も青白い燐光を帯びる。
早くも全力を出す構えだ。
「さっさと終わらせるぜ!」
標的はギルティ。黒い巨鳥ごと仕留める。
いくつもの青白い線がスバルの周囲を飛び交う。真昼間の日の光よりも映えている。
スバルの身体に猛烈な圧力が掛かる。
「いつもの事だぜ」
スバルは壮絶な笑みを浮かべていた。
制御に失敗すれば、自分も、近くにいる仲間の命も奪われる。
大丈夫だという保証はない。
しかし、やらなければギルティに皆殺しにされる。
スバルは両目を見開いた。
「いっけぇぇええ!」
青白い線の数々が、スバルの気合におされてまっすぐにギルティへ猛進する。
恐るべき速さだ。避ける事はできない。
しかし、ギルティは口の端を上げた。
「対策済みだ」
ギルティが右手を突き出すと、黒い魔法陣が盾となるように浮かび上がる。
青白い線はすべて魔法陣に吸収される。
「ぁあ!?」
スバルの声が裏返った。傍目では威圧しているように見えるが、本人は本気で驚いているだけだ。
切り札と言える技があっさり防がれたのだ。驚かない方がどうかしている。
「役に立たないな」
「うるせぇ!」
ウルスラの容赦ない言葉が聞こえて、スバルはわなわなと拳を握っていた。
「あんただって何もしてねぇだろ」
「ツイン・スピリットは刃が届かない相手には効果がないからな。ギルティを倒すのはスバルの役目だ。頑張れ」
「いらん応援ありがとよ」
スバルは次の手段を考えていた。剣技が通じないのなら、工夫をする必要があるだろう。
空を飛ぶ相手はやりにくい。
「ホーリー・アロー!」
エリーゼが神聖術を唱える。
大いなる空を埋め尽くす白い光が、ギルティに向かって収束する。
膨大なエネルギーが、たった一人の人間に集中するのだ。普通の人間ならひとたまりもないだろう。
ギルティは右手を頭上に伸ばし、黒い塊を広げて、白い光にぶつける。
キイィイイイと甲高い音を立てて、白い光は消え去った。
相殺したのだ。
「神聖術は俺にとって相性が悪いが、やりようがある」
ギルティの口調は淡々としていた。
スバルの額に汗がにじむ。
「やべぇ、強いな。全然笑えないぜ」
「笑えないとおっしゃるわりには楽しそうですね」
「エリーゼ、俺は今猛烈に苦しんでいるぜ!」
「でも、楽しそうですね。何よりです」
エリーゼは微笑んだ。
場違いな微笑みがおかしくて、スバルは余計に笑えてきた。
ウルスラが深々と頷く。
「ピンチになるほど笑うとは。さすがは真正のドMだな」
「ぁあ!? クソ女は黙ってろ!」
「私が黙って事態は良くなるのか?」
ウルスラはスバルに耳打ちする。
「作戦がある。おそらく、ギルティを倒せる」
「……嫌な予感しかしないぜ」
「相手はギルティだ。手段を選ばない方がいい」
ウルスラの表情が真剣になる。
「魔剣ソウル・ブレードから生まれる圧力を足元に集めて飛べ」
「無理に決まっているだろ!」
「そうですね、ホーリー・アローのエネルギーがあればできるかもしれません!」
「エリーゼ、あんたまでどうした!?」
ウルスラとエリーゼの意思は統一された。
「スバルさん、頑張ってくださいね。ホーリー・アロー!」
スバルの心の準備ができないまま、ホーリー・アローの光がスバルに向かう。
「マジかよ!」
スバルは魔剣ソウル・ブレードを掲げる。
アドレーション帝都の防壁を崩壊させた技で、スバルは飛べるのか。
スバルにとっては無茶だが、とにかくホーリー・アローを受け止めるしかない。
心の準備が間に合わなかったためか、今ままでにない圧力を感じる。
もはや笑うしかない。
「これでギルティ様を倒せたら受けるな!」
スバルは苦笑しながら、魔剣ソウル・ブレードでホーリー・アローを受け止めていた。
膨大なエネルギーが集まる。
このエネルギーを足元に集めれば飛べるのか。仮に飛べたとして、スバルの身体が耐えられるのか。
「ものは試しだ!」
スバルは吠えて、魔剣ソウル・ブレードを足元へ振り下ろした。
次の瞬間に、自分の身体が温もりに包まれた気がした。
エリーゼの神聖術に守られているのだろう。
同時に、身体が重力を感じなくなる。急激に地面が遠くなる。
マジで飛びやがった!
スバルは心の中で呟いた。ギルティを見据えて、魔剣ソウル・ブレードを構える。
ギルティが魔法陣を作るのは間に合わない。このまま彼の懐に入れば、間違いなく勝てるだろう。
しかし、ギルティは低い笑いを浮かべた。
「対策済みだ。おまえたちの考えそうな事はだいたい分かる」
突然に、スバルの身体が地面に打ち付けられた。エリーゼの神聖術に守られたため、致命傷は避けられたが、全身に痛みが走る。
何が起こったのか分からなかった。分かったのは、ウルスラがツイン・スピリットで動きを封じた黒い巨鳥がいなくなり、地面に黒い塊が散乱しているという事だ。
ウルスラとエリーゼも地面に倒れている。
ウルスラがうめく。
「……あの巨鳥は仕留められていなかったのか」
忌々しげに、黒い塊を見ている
スバルは痛みをこらえて、起き上がる。
「何が起きた?」
「黒い巨鳥が爆発した。おそらく、自爆専用のダミーだったのだろう」
黒い塊は、役目を終えたと言わんばかりに消えていく。
ウルスラは歯を食いしばる。
エリーゼは気を失っている。
かなりのダメージを受けているのだろう。
「ど、どうしよう。どうしよう!」
ルーシーは、遥か遠くで頭を押さえてしゃがんでいた。
ルーシーは爆発をくらった三人を見て、おろおろしていた。スバルは起き上がるのが精いっぱいで、エリーゼとウルスラは倒れている。
空中には黒い巨鳥に乗るギルティがいる。強力な魔術を使う。敵う相手ではない。
ルーシーは涙目になった。
「私、どうすれば」
か細い声がこぼれた。
コロセウムで助けてくれた恩人である以上に、友達だと思っていた人たちが命の危険に晒されている。
「どうすればいいのよ!」
ルーシーは感情を抑えられず、涙をこぼした。
そんな彼女に、ギルティは冷徹な言葉を浴びせる。
「何もできないなら立ち去れ、偽王女」
偽王女。
その言葉を耳にした時に、ルーシーの頭は真っ白になった。
「……どうしてそれを?」
言った後で口を押える。思わず漏れた言葉だったが、うかつであった。
カマかけかもしれなかったのだ。
しかし、ギルティの目に迷いはない。
「不自然に思っていた。アルテ王国の国王と王妃は殺され、決して幼いとは言えない王女をなぜ生かすのか。奴隷として価値があるとしても、コロセウムで武器を持たせてスバルと戦わせるのはおかしな話だ」
ルーシーはうつむいた。何も言えなかった。
ギルティの言葉は続く。
「その武器の正体は俺は知っている。しかし、おまえは全く扱えていない。大切な人がくれたというのに。おまえは何も力のないただの娘だ。殺す価値はない」
ルーシーは唇をかんだ。反論の余地がない。
自分が無力な少女である自覚はあった。それでも、何かできる事があると思っていた。
しかし、現実は目の前の友達を助ける手段がない。
ギルティはゆっくりと言い放つ。
「ここでスバルたちは死ぬ。見たくないなら、目をつぶっていろ」
ギルティの両手の間に、黒い塊が生まれる。本気で殺すつもりなのだろう。
「目をつぶるなんて、絶対に嫌よ」
ルーシーは震える声で言っていた。目の前の友達を救えないのなら、一緒に死にたいとさえ思った。
ルーシーは両目を見開いた。
そんな彼女の目に、よろよろと立ち上がるスバルが映る。
「あんたは逃げろ。死ぬ理由がない。アルテ王国を、復興しなくちゃいけないだろ?」
スバルは息も絶え絶えだった。
「俺とエリーゼは、意地を見せるために覚悟を決めた。ウルスラもそうだろう。けどよ、あんたは違う。リンに言っただろ? 絶対に復興させるって」
「無理よ!」
ルーシーは泣きながら訴えた。
「私はギルティの言う通り、何もできない女よ。今は亡きルーシー王女に頼まれたけど、無理なものは無理なのよ!」
「あー、そうだ。今のまんまじゃ無理だろうな。けどよ、あんた、本当に諦めるのか?」
スバルの意図が分からず、ルーシーは口をぽかんと開けた。
スバルは身体が痛むはずなのに、豪快に笑った。
「今のまんまじゃ偽王女かもしれない。けどよ、あんたはその剣を扱えていないと俺に言われた時、なんて言ったか覚えているか?」
ルーシーは首を傾げた。
スバルは笑いながら、大声を発する。
「これから扱うってな! いいじゃねぇか。最初から何もかもできる人間なんていねぇよ!」
魔剣ソウル・ブレードを構えて、黒い巨大な塊に立ち向かおうとしている。
スバルの全身は傷だらけだ。立っているのも苦痛だろう。
それでも笑顔を絶やさない。
「これからアルテ王国を復興して、本物の王女になっちまえ!」
「……勘違いしないで。私は、肩書きがほしいわけじゃないの。本物の、誇り高いアルテ王国を取り戻したいの!」
ルーシーは涙をぬぐって立ち上がり、背中にゆわえた剣を抜く。剣をくるんでいた布を取り去り、精一杯の力をこめて天へ振り上げる。
「私は偽王女よ。でも、みんなを守りたい気持ちは本物なの。こんなところで友達を見捨てる理由なんてないわ」
さびついていた剣が、日の光を受けてきらめく。
「本物のルーシー王女から教わったの。どんなに力が足りなくても、心があれば叶う事もあるって。だから、私は誓うわ。アルテ王国も、友達も、必ず助けるわ!」
黒い巨大な塊が迫る。
ルーシーは声高らかに言い放つ。
「今は亡き王女から剣の事は教わっているわ。力を貸して。神剣ゴッド・ブレス!」
ルーシーの握っている剣が光り輝き、彼女の周りに神聖な渦が生まれる。
大気をきらめかせる渦は勢いと高さを増して、黒い巨大な塊へと向かっていく。
神聖な渦と、黒い塊が互いに勢いを殺すことなく、ぶつかる。
次の瞬間に、猛烈な圧力が吹き荒れた。
草原が激しい音をたてる。土埃が上がり、大気が悲鳴をあげている。
息もできなかった。
ルーシーは両目をつぶり、飛ばされないように、全力で踏ん張っていた。
やがて、圧力が消えていく。
両目を開ければ、空にギルティはいなかった。
「ああ、やったのね」
ルーシーは肩で息をして両膝をついた。
「ありがとう、ルーシー王女」
「残念だがやっていない。おまえも殺害の対象だ」
冷徹な声は、後ろから聞こえた。
振り向いた時には手遅れで、ルーシーの足元から黒い槍が生えていた。
咄嗟に動けなかったルーシーを、スバルは強引に引っ張り、難を逃れさせた。
「世話が焼けるぜ。まだ戦えるよな!?」
「もちろんよ。私は誇り高いアルテ王国の王女となるのだから!」
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