新たな襲来

 スバルは溜め息を吐いた。


「エリーゼは……ギルティ様に保護してもらうか」


「ここからギルティ様の領土まで、距離がありますね」


「そうだな……」


 二人の間に気まずい沈黙が走る。

 川のせせらぎだけが響く。

 その様子を後ろから見て、ルーシーがうなる。


「じれったい。ああ、じれったいわ。ウルスラさん、どう思う?」


「姉として何かしてやりたいが、何もできないな」


「諦めるのが早すぎるわ。二人とも奥手だから、このままでは何も進展しないと思うの」


「じゃあどうする?」


「どうって……二人が気づかないように、何かしましょう」


 二人の会話を聞きながら、スバルは再び溜め息を吐いた。



 村に戻ると、村人たちは歓喜の声をあげていた。


「魚が大量に獲れた!」


「しばらく飢えないぞ!」


 スバルは両目を見開いた。


「もう獲れたのか! 処理の仕方も教えておくか」


「丸ごと食べれないの?」


 リンが首を傾げると、スバルは頷いた。


「食べる分の魚を即死させて、エラとハラワタは取った方がいいぜ」


「すぐに殺すの!? なんか残酷だね」


「食べる前にストレスを与え続ける方が残酷だぜ。念のために言っておくが、魚の獲りすぎには気を付けろよ。全滅したら食えなくなる」


 スバルは一匹の魚を手にして捌いてみせた。村人たちは真剣な眼差しで凝視していた。

 魚を焼くのは村人たちの方が上手だった。火の扱いには慣れているのだろう。


「これならしばらく大丈夫そうだな」


「さすがはメディチーナ村ね! 誇り高いわ」


 ルーシーはふんぞっていた。

 スバルたちは、村人たちに別れを惜しまれながら、リンを置いてメディチーナ村を出る。

 森を抜けて、平野を歩く。草原を温かな風がなでる。見晴らしがよく、のどかな風景が広がっていた。

 そんなのどかな雰囲気とは裏腹に、スバルは険しい目つきをしていた。


「ウルスラ、なんであんたまで一緒なんだ?」


「年若い弟が道を誤らないか心配で仕方なかった。いらん戦いに巻き込まれないか、それを思うと胸が痛い」


「あんたが傍にいると、俺まで反乱軍扱いをされて危ないんだ。俺の安全を考えるなら、別行動にしてくれないか?」


「おまえはオカマを殺した。イーヴィルのお気に入りだったらしいな」


「あれは事故だぜ。魔剣が暴走したせいだ」


「事故とはいえ、殺した事に間違いはない。おまえも反乱軍扱いは逃れられないだろう」


 ウルスラはほがらかに笑った。

 スバルは拳をわなわなと震わせた。


「殴り飛ばしたいぜ」


「こんなに弟想いの優しい姉なのに」


「あんたは優しいの意味をよく調べ直せ」


 スバルのこめかみに四つ角が浮かんでいた。

 ウルスラはスバルの耳元でささやく。


「私のおかげでエリーゼとキスできたのに」


「うう、うるせぇ!」


 スバルは耳まで真っ赤になった。

 ウルスラの首根っこをつかもうとするが、あっさり避けられる。


「乱暴しようとしたのか?」


「ちげぇよ! 余計な事をするな!」


 肩で息をするスバルの背中を、ルーシーがポンッと叩く。


「照れ隠しは身体に毒よ」


「あんたもいい加減にしろ!」


 騒ぐ三人を尻目に、エリーゼは先を歩いていた。


「……いつまでも下を向いているわけにはいきませんね」


 顔をあげる。

 吸い込まれそうな青空が広がっていた。眩しい陽の光に照らされて、心が洗われるようだ。


「元気を出さないと」


 エリーゼは青空に向けて呟いた。

 そんな青空を三つの影が飛ぶ。

 いずれも鳥のような形をしているが、微妙に違う。

 よく見れば、巨大な黒い鳥の上に人間が乗っているようだ。

 黒い巨鳥のうち一体が、恐ろしい速さでこちらに向かっている。

 エリーゼが標的は自分たちであると悟った時には、巨鳥はエリーゼ目掛けて突進していた。

 最初に動いたのはスバルだった。

 黒い巨鳥に突撃されそうだったエリーゼを引っ張り、後ろに下げる。

 しかし、それだけでは追撃が来るだろう。

 間髪を入れずに、ウルスラが対となっている腰の剣を抜く。


「ツイン・スピリット!」


 対の剣は、柔らかな緑色の光を帯びる。癒やしを与えてくれそうな優しい輝きに見える。

 しかし、黒い巨鳥がツイン・スピリットに触れると、緑色の光がまとわりつき、締め付けて離さない。

 黒い巨鳥は羽をばたつかせたり、激しく身体を動かしたりしてもがくが、緑色の光から逃れられない。

 やがて動かなくなった。


「……えぐいな」


「魔剣ソウル・ブレードも似たようなものだ」


 ドン引きするスバルに対して、ウルスラはほがらかな笑みを浮かべていた。

 二体の黒い巨鳥が上空を旋回している。

 両方とも男を乗せている。

 一方の男はよく知る人物だった。

 深い闇を思わせる瞳が印象的な、色白の若い男だ。長い黒髪を一本にまとめている。


「久しぶりだな」


「ギルティ様、なんでこんなところに!?」


 スバルは両目を見開いた。

 ギルティはため息を吐く。


「おまえたちを探していた。まさか、ウルスラと行動を共にしていたとは。言い訳はないな?」


「ま、待て! 話を聞いてくれ!」


 スバルの言葉を無視して、ギルティが低い声を発している。

 人の耳には理解できない音を連ねている。空が曇り、辺りは暗くなる。

 スバルの背中に悪寒が走る。咄嗟に、エリーゼを抱えて、後ろに飛び退いた。

 スバルがもといた地面には、いくつもの黒い槍が突き出していた。刃に少しでも触れれば、怪我ではすまないだろう。

 それだけでは終わらない。

 スバルたちを囲むように、円形の黒い壁が地面から出現する。行動範囲が大幅に狭まり、地面から突き出す槍をかわすのが困難になっていく。


「なにこれなにこれ、なーにーこーれー!?」


 ルーシーがウルスラに連れられながら、涙目になっていた。

 スバルが声を張り上げる。


「待ってくれ! 俺は反乱軍に加わったわけじゃねぇんだ! ウルスラが勝手についてきたんだ!」


「反乱軍がついてくるのになぜ仕留めない?」


「理不尽な約束をさせられたんだ! 反乱軍に攻撃しないって」


「そんな約束をしたのか? どんな私情に負けたのかは知らないが、許される事ではない」


 ギルティの口調は淡々としているが、両目から殺意を感じられる。

 この場にいる全員を殺す気なのだろう。

 しかし、スバルは諦められなかった。


「エリーゼだけでも助けてくれ! 巻き込まれただけなんだ!」


「そうだ、悪いのはスバルだけだ! こいつだけ捕まえて他は見逃してほしい!」


「ウルスラ、あんたは道連れだ」


 スバルの口元はひくついていた。

 ウルスラは不服そうに唇をとがらせる。


「私に対するアタリが強くないか?」


「俺に対する行いを、胸に手を当てて思い出してみろ」


「痴話げんかはすんだか?」


 ギルティは冷淡に言い放つ。


「おまえたちはこの場で皆殺しだ」


 スバルは胸の奥がむずがゆくなった。

 笑うしかない。

 そう思うと、ギルティの眼光が鋭いのに、笑いがこらえられなくなった。


「ウルスラざまぁねぇな!」


「おまえと一緒なら地獄に堕ちるのも面白そうだな」


「縁起でもねぇこと言うな!」


 スバルはエリーゼを抱えていなかったら、ウルスラを蹴り飛ばしたかった。

 しかし、黒い壁は狭まり、黒い槍は突き出し続ける。避けるのが精一杯だ。


「……さっさと終わらせるか」


 ギルティが両手を広げる。

 両方のてのひらの間で、禍々しい黒い丸い塊が生まれる。黒い塊はどんどん大きくなり、やがて、黒い円形の壁と同じ幅となる。


「魔術か。あれに飲み込まれたら、一瞬で死ぬな」


 ウルスラが呟く。

 ルーシーが悲鳴をあげる。


「死にたくなぃぃいい!」


「みんなそうだが、諦めろ」


「ウルスラさん、なんとかして!」


「もう一度言う。諦めろ。ギルティが出てくるのは、運がなかった」


 ウルスラはほがらかに笑っていた。本気で死を覚悟しているようだ。

 スバルも、どうしようもないと感じていた。

 黒い巨大な塊が、スバルたちへ投げつけられる。

 避けられない。防げない。

 助かるのは絶望的だ。

 そんな中で、エリーゼが黒い塊をまっすぐに見つめる。

 意を決したように、片手をあげた。


「ホーリー・アロー!」


 神聖術を唱えていた。

 力強い太陽が、より力強く輝き、辺り一面を白い光で包むこむ。目をあけるのが困難なくらい眩しいが、大気がキラキラと美しく輝いた。

 辺りは浄化され、のどかな草原の景色が戻る。

 エリーゼは深呼吸をした。

 そして、ギルティを見据える。


「あなたの言葉は絶対であると信じておりました。しかし、私たちの行いが間違っていたとは思えません。誰かのために、大切なもののために闘って殺されるなんて、納得がいきません!」


「……大切なものか」

 ギルティは腕を組んだ。


「おまえが俺に反抗するとはな。俺と命のやり取りをしても、守りたいものなのか?」


 ギルティの問いに、エリーゼは小さく頷いた。


「私は、人々のためにできる事をしたいと思います。あなたなら、きっと理解できる思います」


「理解はできるが、反乱を許すわけにはいかない。おまえも覚悟があるのなら、その力で正義を証明しろ」


 ギルティは、もう一方の巨鳥に乗る男に目配せした。


「しばらく帰らないだろう。領土を頼む」


「御意」


 男を乗せた巨鳥は飛び去っていった。

 スバルは含み笑いを始めた。


「ギルティ様が本気だな。本気の相手には、本気で挑まないのは失礼だよな」


 スバルはエリーゼに視線を移す。

 エリーゼも見つめ返す。

 そして、二人で頷いた。


「見せてやろうぜ」


「私たちの意地を!」

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