頑張ろう

「やめろルーシー、声がでかい!」


 スバルは慌ててルーシーの口をふさいだ。

 しかし、既に遅かったのか、スバルたちは村人に囲まれた。


「なんだなんだ、若いのがどうした」


「なんかあったのか? 痴話げんかか?」


 村人の言葉が耳に入る。

 スバルは首を横に振った。


「気にするな! それよりも、リン、食べ物の探し方を教えてやるぜ」


「ウルスラたちがくれたから、しばらく大丈夫だよ。それよりも、告白を頑張ってね!」


 リンは親指を立てた。


「何を言ってやがる!?」


 スバルもエリーゼも、頬を赤らめていた。

 ルーシーがスバルの手をふりほどく。


「私はいつでも応援するわ」


「余計なお世話だ!」


「きっと大丈夫だから」


「人の話を聞け!」


 二人の会話を聞きながら、ウルスラは微笑んだ。


「幸せになれよ」


「なれねぇよ! エリーゼ、真に受けるなよ。俺はあんたの命を助けたかったが、ウルスラにだまされなかったらキスなんてしてなかった」


「だました? 勝手に勘違いをしたのはおまえだ」


「ウルスラ、あんたは黙ってろ!」


 スバルの口調は荒くなる。


「とにかく、今回はノーカンで頼むぜ。その……悪かったとは思うけどよ」


「……悪い事ですか?」


 エリーゼの両目がうるんでいる。今にも泣きそうだ。


「……私にとっては初めてでしたが……スバルさんがおっしゃるなら、無かった事にします」


「最低だな、スバル。女の子の純情を踏みにじるとは」


 ウルスラの目が険しい。

 リンとルーシーも村人たちも、責めるような目つきになっている。

 スバルは何を言われているのか分からなかった。

 スバルは途方に暮れた。

 厳しい視線が突き刺さるし、目の前にいるエリーゼは涙目だ。

 彼女がなぜ泣きそうなのか、分からない。


「どうしたんだ?」


「いえ……なんでもありません」


 震える声が返ってきた。

 気まずい沈黙が流れる。

 いつもならエリーゼから様々な話題を振ってくれる。スバルはその話題を楽しんでいた。

 しかし、彼女はうつむいている。なかなか口を開こうとしない。

 まいったな。

 スバルは心の中で呟いた。

 エリーゼが泣きそうなのは間違いないのに、理由が分からない。

 戦闘よりも苦境に感じる。


「……ま、まあ元気出せよ」


 スバルはぎこちない笑みを浮かべた。

 エリーゼは頷いて、目元をふく。


「……ご心配おかけしてすみません」


「いや、構わないぜ」


 スバルは片手をパタパタと振った。

 エリーゼは集まった村人たちに向けて一礼した。


「私は大丈夫です。皆様に神のご加護があらん事を」


「今のところオイラたちにできる事はないか……」


「なにかあったら相談しろよー」


 スバルに険しい視線を送りながら、村人たちはそれぞれ散っていった。

 スバルは溜め息を吐いた。


「リン……ちょっといいか?」


「なに? 告白のお手伝いなら何でもするよ!」


「ちげぇよ! 食べ物のことだ。ウルスラたちからもらったと言っていたが、本当に大丈夫か?」


「うん、毒はないみたいだよ」


 リンは、はつらつとした笑みを浮かべた。

 スバルはぽりぽりと頭をかく。


「毒がないのはいいが……いつも誰かに分けてもらう事ばかり考えていると、また盗みに走っちまうぜ」


「うっ……そこまで考えていなかったよ」


 リンの表情は青くなった。

 スバルはリンの右肩を軽く叩く。


「自力で食べ物を探す方法を編み出せよ。ヒントなら教えてやるから」


「ほんと!? ありがとう!」


「アドレーション帝都で約束しただろ」


 スバルは口の端を上げた。


「近くに川が流れているんだ。いろいろできるはずだぜ」


「たしかに流れているけど、飲んだらお腹壊すよ」


「沸騰させて、ある程度冷ませば大丈夫だろ。川の中に魚がいるし、うまくやれば食えるはずだぜ」


 スバルは手荷物から、一組の石を取り出した。


「火打ち石だ。使い方を教えるから、持っとけ」


「ああ、それなら村にあるよ。芸術祭の作品作りに火を使う事があるんだ」


「そうなの!?」


 ルーシーが口を挟んだ。


「いったいどんな作品を作るの?」


「器や壺だよ。詳しい事は秘密だけど」


「芸術祭が復活した時には楽しみにしているわ。メディチーナ村の作品は、すごいもの!」


 ルーシーが得意げに胸を張る。

 リンの両目が輝く。


「ああ、ルーシー王女に褒められるなんて」


「光栄に思いなさい。私は誇り高きアルテ王国を復興させるのだから」


 ルーシーがウィンクすると、リンは何度も頷いた。


「本当にお願いします! 村のみんなも願っています!」


 ルーシーは鷹揚に頷いた。

 スバルは感嘆の溜め息を吐いた。


「川があるし道具が作れるのか。なんで飢えを心配するのか不思議なくらいだぜ」


「私たちが作れるのは芸術作品だよ。川の魚を獲る道具なんて、できないよ」


「やった事がないだけだろ。同じ技術で作ればいいんだ。芸術作品よりずっと簡単だぜ」


「本当!? すぐに教えて!」


「ほしいのは、口の部分が取り外しできる壺に近いな。壺の底にエサを入れて、川に沈めるだけだ。壺が流れないようにロープでつなげるといい」


 リンは食い入るような眼差しでスバルを見つめていた。

 いつの間にか村人が集まってきた。


「なんだなんだ、面白い話か」


 スバルは気まずそうに視線をそらす。


「魚を獲る道具作りを提案しているだけだぜ。普通なら葉っぱがついた木の枝とかで工夫するところだが、簡単に魚が獲れる方がいいだろ」


「なんと!? あんなにすばしっこい生き物が食えるのか」


 村人たちは両目を丸くしていた。

 村人たちは早速道具作りに取り掛かっていた。

 ルーシーが深々と頷く。


「さすがはメディチーナ村ね。行動が早いわ」


「ああ、すげぇ連中だぜ」


 スバルは言葉を続ける。


「川の近くにいろんな植物がある。リン、道具を作っている間に探検してみようぜ」


「村の外は怖いよぅ」


「帝都まで行ったくらいだろ。もう少し頑張れよ」


「うう……やだよぉ」


 リンはしゃがんで、うつむいた。

 そんな彼女にエリーゼは視線を合わせる。


「一人では心細いと思います。でも、今はスバルさんがいます。いざって時にはなんとかしてくれますよ」


「いざって時に出くわしたくないよぅ」


「ちょっと危ないと思ったら引き返せばいいのです。メディチーナ村を救うためにも、勇気を振り絞ってみませんか?」


 リンは顔を上げた。

 両肩をふるわせている。しかし、両目には強い眼差しがあった。


「村を救う……」


「帝都で一人で乗り込んだあなたなら、きっとできます」


「そうよ! この私がいるのだし、頑張ってみましょう!」


 ルーシーが天を指さした。


「あなたにはアルテ王国の加護があるわ」


「はい、頑張ります!」


 リンはすっくと立ちあがった。表情は明るくなっていた。

 行動を決めた後は早かった。

 食用に適した花や木の実を指させば、リンは次々に同じ花や実を見つけていった。

 景色を楽しむ余裕が生まれたほどだ。

 水の近くには様々な植物がある。色とりどりの花を咲かせていた。


「きれいだね」


「また探検に来るといい。川に沿って行けば帰り道を見失うこともないからな。火や香料が使えるなら、うまい飯ができるはずだぜ。頑張れよ」


 スバルは内心で安堵していた。

 剣の腕前しか役に立つものがなかった自分が、人助けをできたのかもしれない。

 そう思うと、むずがゆい気持ちがこみあげた。

 しかし、次のリンの言葉にスバルは表情が固まる。


「そっちこそ、エリーゼの事を頑張ってね!」


 リンは笑顔を輝かせていた。

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