魔剣の暴走
オカマは耳障りな高笑いを響かせていた。
黒い鞭を振るい、地面へと打ち付ける。甲高い音にリンはブルっと肩を震わせた。
「スバルとエリーゼは睡眠薬を飲んでいないみたいだし、役立たずの小娘ねぇ。お仕置きするわ」
「やめてあげてください! 彼女は何も悪くありません」
「反逆者となれ合っているなんて、最低よん」
「私たちは反逆者じゃありません。罪のない人たちを助けただけです!」
エリーゼは必死になって反論していたが、オカマは鼻で笑う。
「あんたたちは反逆者、それを倒すあたしは正義。それだけよん」
黒い鞭の先がエリーゼに襲い掛かる。
スバルが長剣で弾いていなければ、頭蓋骨が折れていたかもしれない。
「……理屈は通じねぇのか。そっちに話し合う気がないなら、ちょっと痛い目みるかもしれないぜ」
スバルの声音はいつもより低い。口の端を上げているが、眼光が鋭い。
オカマは黒い鞭を地面に何度も打ち付けながら、高笑いをあげる。
「おーほっほっほ! 相変わら生意気なボーイねん。いたぶりがいがあるわ!」
地面には二つの黒い魔法陣が描かれた。
一方からは蝙蝠の翼を生やした熊が、一方からは鳥の翼を生やしたライオンが現れた。
スバルは苦笑する。
「あんたの幻獣にしてはちっせぇな」
「幻獣の強さは大きさだけじゃないのよん。凶暴で、なんでも食べちゃうからお気をつけなさってぇ」
オカマは残忍な笑みを浮かべて数歩後ろに下がった。戦闘は幻獣に任せるようだ。
スバルは大笑いした。
「あんたは逃げるのかよ!」
「し、失礼ねん。戦略よ、せ・ん・りゃ・く。脳みそ筋肉のあんたと一緒にしないで」
「うるせぇ! 脳みそ筋肉の恐ろしさ、見せつけてやるぜ!」
スバルは地面を蹴る。恐るべき速さでオカマと距離を詰めた。
しかし、間髪入れずに熊とライオンがスバルの前を阻む。
スバルは舌打ちして標的を熊に変える。熊のかぎづめが襲い掛かる寸前に、胴体を横に真っ二つにした。
熊は断末魔をあげて魔法陣へと消えていく。
ライオンは空を飛び、スバルの剣をかわす。剣の刃は到底届かない。
「いっちょやるか」
魔剣ソウル・ブレードを抜こうと、集中しようとした。
しかし、嫌な予感がして咄嗟にその場を飛びのく。
スバルがもといた地面は、焦げていた。ライオンが空から炎を吐き、スバルを燃やそうとしていたのだ。
「意外とやるじゃねぇか!」
「ホーリー・アロー!」
間髪入れずにエリーゼが聖なる矢を放つ。ライオンは飛ぶ力を失い、落下して魔法陣の中に消える。
リンが歓声をあげた。
「すごい、無敵だ!」
「あらん、まだまだよん」
オカマが鞭を振るう。今度は一つ目の大量のオオカミが現れた。
「群れを成して素晴らしいコンビネーションを見せるのよ。とくとご覧あれ! 堪能する余裕なんてないでしょうけど」
オオカミの群れは、一斉にスバルに襲い掛かる。エリーゼが聖なる矢を放とうとするが、間に合わない。
リンの顔面から血の気が引く。惨劇が予想された。
しかし、オオカミの群れはスバルにかみつく寸前で、青白い線に切り刻まれた。
「いっけねぇ。ついつい魔剣に頼っちまう」
スバルの口調は軽かったが、額には汗をにじませていた。
魔剣ソウル・ブレードを使う時に、スバルの心身の負担は大きい。制御するには大量のエネルギーが必要だ。
そんなものを一日に何度も使っている。
「俺の寿命は確実に縮んでいるな。笑うしかねぇ!」
スバルは壮絶な笑みを浮かべながら、オオカミを切り倒していく。
すべてのオオカミを切り倒した頃には、異様に牙を伸ばした猫が現れた。目の前の幻獣を倒せば、他の幻獣が現れる。この繰り返しだ。
「ここは動物園かよ。らちが明かねぇ」
スバルは肩で息をしていた。
体力はいずれ限界を迎えるだろう。
スバルは一刻も早く幻獣使いオカマを倒したかった。しかし、オカマはスバルが少しでも近づこうとすると全力で距離を置く。
「エリーゼ、オカマをホーリー・アローで倒してくれないか!?」
スバルが声を掛けるが返事がない。
「スバル、エリーゼが大変だ!」
リンが悲痛な表情で声をあげた。
エリーゼは苦悶の表情を浮かべて地面に倒れていた。息はか細く、すぐに途切れてしまいそうだ。
オカマが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「おーほっほっほ! やったわ、大成功よ!」
「いったい何を……!?」
スバルの身体にも異変が起こった。目の前がグラングランと揺れ、まっすぐ立っていられなくなる。
首の辺りが猛烈に熱くなる。熱は激痛となってスバルに襲い掛かっていた。
「何をしやがった!?」
精一杯声を荒立てた。意識をしっかり持たないと、気を失ってしまうだろう。
オカマは含み笑いを浮かべた。
「言わなかったかしらん。幻獣の強さは大きさだけじゃないのよん。素直に睡眠薬を飲んでいたら苦しまずに死ねたのに」
「……目に見えないほどの幻獣で、毒を盛ったのか」
スバルは苦々しげに呟いた。
スバルとエリーゼに毒を盛ったのが、ダニの大きさなのか細菌くらいなのか。どの程度小さかったかは分からない。感知する事は不可能だっただろう。
スバルは片膝をついた。徐々に呼吸が苦しくなる。
「はは、笑えねぇぜ」
「しっかり笑っているじゃないの。まあいいわ。どのみちあんたは死ぬ」
オカマは舌舐めずりをした。
スバルはよろよろと立ち上がろうとする。しかし、その足をオカマの鞭が打ち据えた。こらえきれずに、倒れる。土の悪臭が直につきささる。意識はまだ保っていられたが、もうろうとしている。
それでもスバルは魔剣ソウル・ブレードを握っていた。しかし、その手をオカマは思いっきり踏み潰した。
「がっ」
思わずうめくスバルを、オカマはあざ笑う。
「いい気味よ。さあ、死になさい」
黒い鞭がスバルの背中を打つ。あえて急所を外したのは、すぐには殺さないためだろう。
なぶり殺すつもりなのだ。
あまりの激痛に、スバルは意識を失った。
魔剣ソウル・ブレードは青白い光を放ったままだった。
オカマは高笑いを辺りに響かせる。
「おーほっほっほ! 魔剣使いなんて、至高の幻獣使いのあたしの前では、恐れる事なんてないわ。せいぜい苦しみながら死になさい!」
オカマはスバルが意識を取り戻す瞬間が楽しみであった。戦闘ができないのは明らかだ。一方的にいたぶる事ができる。そんな暗い感情が広がっていた。
スバルの指がわずかに動く。もうろうとしているようだが、間もなく意識を取り戻すだろう。
オカマは黒い鞭を振り上げる。もう一度苦痛を与えられると思うと、楽しみで仕方ない。
しかし、鞭がスバルに振り下ろされる事はなかった。
青白い光の線が、鞭を弾いたのだ。
「え……?」
オカマは拍子抜けした。
弾かれた鞭は宙を漂っている。青白い線の数々に捕まり、なぶられているようだった。
「何が起こっているの……?」
スバルに意識はない。彼が魔剣ソウル・ブレードを制御するのはありえない。
オカマの頭の中は真っ白になった。
青白い線はスバルを中心に一気に増えて、広がった。ちょうどオカマを巻き込んだ時に、スバルがうめく。
「……離れろ」
スバルは息も絶え絶えに言っていた。這いつくばりながら魔剣ソウル・ブレードを握りしめて、持ち上げようとしている。
「や、やめなさい!」
オカマは言いしれぬ恐怖のため、スバルの言葉を理解できなかった。黒い鞭を、スバルの手に振り下ろす。
スバルの手から魔剣ソウル・ブレードが離れる。
オカマは乾いた笑いを浮かべた。
「お、おほほ。持ち主から離れたわ。もう魔剣なんて怖くないわ」
震える声で自らを鼓舞する。
しかし、事態はオカマにとってあらぬ方向に進む。
魔剣ソウル・ブレードはひとりでに浮かんで、青白い光を放つ。光は自ら意思を持っているかのように縦横無尽に動き回る。
その光を肩に受けて、オカマは悲鳴をあげた。あまりにも耐え難い激痛が走った。
「魔剣ソウル・ブレードが暴走している! すぐに鞘に収める。大人しく待ってろ!」
スバルは立ち上がり、声を張り上げた。
しかし、オカマは鞭を振るって、スバルを打ち据えようとしている。
「だまされないわ。あんたが死ねば、魔剣は力を失う。そうでしょう!?」
「違う、そんな単純なもんじゃねぇ!」
スバルは魔剣ソウル・ブレードに手をのばすが、黒い鞭が阻む。
うなりが聞こえだした。地獄の底から沸き立つような亡者のうめきのようだ。青白く、激しい光が、スバルとオカマを囲み、飲み込もうとしている。
「いやああああ!」
オカマは甲高い悲鳴をあげた。青白い光が生み出す圧力は耐え難く、立っていられなくなった。
オカマは混乱したまま、ありったけの力を振り絞って、魔剣ソウル・ブレードを鞭で打ち据えた。勢い任せに壊すつもりだった。
それが自殺行為だと知らずに。
青白い光はオカマに集中して、一瞬で飲み込んだ。スバルが柄を握るが間に合わず、オカマは跡形もなく消滅していた。
「……バカ野郎」
スバルは苦々しげに呟いた。青白い光は消えていない。急いで鞘に収めないと、新たに犠牲者が出るだろう。
しかし、体力が底をつきたスバルにとって、魔剣ソウル・ブレードを制御するのは至難の業だ。持ち主の意思に反して、暴れようとしている。
「大人しくしろぉぉおお!」
スバルは叫んだ。
背中に痛みが走り、思うように力を込める事ができない。
絶望的な状況だ。
そんなスバルの背中を、何者かが優しくなでる。温かくて、癒やされる。
振り向けば、エリーゼがいた。顔色は青く、汗ばんでいる。虚ろな目をしている。ほとんど意識がないのだろう。
そんな彼女が、かすかに唇を動かした。
「がんばってくださいね」
エリーゼが地面へと崩れ落ちるのと同時に、スバルの背中の痛みが消えた。神聖術で傷を治したのだろう。
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