不気味な人


 案の定、大量の矢が放たれた。

 矢の先には火がついている。地面にはもちろん、かやぶき屋根の家々にも突き刺さる。放っておけば燃えてしまうだろう。


「ひでぇ事をするな」


 スバルは苦々しげに呟いた。


「ホーリー・アロー!」


 エリーゼが外の様子を察したのだろう。

 聖なる矢を発動させていた。

 夜空に白い光が広がり、地上へと一気に降り注がれる。メディチーナ村は白い光に包まれ、村全体が神々しいまでに輝いた。

 白い光は辺りに温もりを残して消える。その頃には、火が消えていた。


「……どんな原理か分からないが、すげぇな」


 スバルは呟いて、辺りを見渡す。

 外の様子を見にくる村人がいない。みんな睡眠薬で眠っているのかもしれない。


「俺もやるか」


 スバルは目の前の家の裏側に走る。音を立てず、かつ無駄のない足取りで。


「ぐぁっ」


 ほんの一瞬で弓兵の一人を昏倒させた。

 もう一人ひそんでいたが、そちらもあっさり蹴り倒す。

 敵の数は確認できないが、少しずつ倒していく。

 三、四人で一斉に襲い掛かられる時もあったが、所詮は数頼みで、苦戦する相手ではなかった。

 遠くから大量の矢が放たれる。スバルを確実に狙っている。火は付いていなかった。燃やそうとしても無駄だと判断したのだろう。全部命中したら、穴だらけになるだろう。


「しゃれにならねぇな」


 スバルは瞬時に呼吸を整えて、意識を集中させる。

 全身のバネを最大限に活かし、四方八方から迫り来る矢の数々を切り落としたりかわしたりした。叩き落す時もあった。

 腕が、足が、ひねりをくわえた胴体が、全身が悲鳴をあげそうになったが弱音は吐けない。

 かやぶき屋根の家々に刺さる事も多々あったが、村人は出てこない。スバルが標的にされているため、出てこない方が安全だ。


「たぶん睡眠薬が幸いしたな」


 スバルは安堵しながら飛び交う矢を地面へ落としていく。

 矢の飛んでくる方向を察して距離を詰めて、矢をつがえるであろう一瞬の間に、一気に弓兵に仕掛ける。

 この繰り返しで少しずつ飛び交う矢は減っていった。

 やがて全ての弓兵を倒す。

 辺りは平穏を取り戻し、夜虫が鳴いていた。


「なんとかなりましたね」


 エリーゼの声がして振り返る。リンを連れていた。


「どうしてもスバルさんに謝りたいとおっしゃっています」


「ごめんなさい!」


 リンは顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。

 地面に両膝と頭を付けようとするが、スバルとエリーゼが力づくで止めた。

 無理やり立たせると、リンは声をあげて泣いた。


「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


「大丈夫ですよ。何があったのかお話してくれませんか?」


 エリーゼは白いハンカチを取り出して、リンの顔をふいた。


「ありがとう。自分でふくよ」


 リンは自分の手で涙をぬぐった。


「怖い人たちから言われたんだ。食べ物を渡す代わりに、スバルとエリーゼに睡眠薬を飲ませろって。何をするのか分からなくて怖かったけど、逆らうなら食べ物も私の命もないと言われて……こんな事になるなんて」


「そうですか……ひどい事をされましたね。私たちは大丈夫ですから、気にしないでくださいね」


 エリーゼが微笑みかける。

 リンはまた泣きそうになった。

 その顔を見て、スバルは苦笑した。


「何回泣くつもりだ」


「まったく……スバルさんは相変わらずですね。リンさん、ご覧のとおりです。心配しないでくださいね」


 エリーゼの優しい言葉は、リンに温もりを感じさせた。


「本当にありがとう。なんか罪の意識が軽くなったよ」


「おいおい、俺が死んでもどうでもいいのか?」


「スバルなら大丈夫だよ。きっと!」


 暗闇の中だが、リンがはつらつとした笑顔を浮かべているのが分かる。

 元気を取り戻したらしい。


「まあ、精一杯生き伸びるぜ。ところで、あんたに睡眠薬を渡した人間ってどんな奴だった?」


「えっと……不気味な人だったよ。名前は、オカマと言っていたかな」


「……ああ、あいつか」

 スバルは記憶をたどる。

 コロセウムでドラゴンゾンビを召喚していた。ルーシーや罪のない親子を惨殺しようとしていた。


「姑息な手段を考えるぜ」


「でも、もう大丈夫でしょう。スバルさんが負けるはずがありません」


 エリーゼは安心しているようだ。

 しかし、スバルの表情は険しい。


「……油断しない方がいいぜ。姑息な手段は尽きているはずなのに、堂々と出てきやがったからな」


 スバルは長剣の柄に手を掛ける。

 その視線の先には、黒い鞭を振るう、幻獣使いオカマの姿があった。


「おーほっほっほ! よく気づいたなんて言わないわよ。逃げも隠れもせずに出てきてあげたんだからねぇん」

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