メディチーナ村の異変

 スバルたちは、日が沈む頃に集落にたどり着いた。

 かやぶき屋根の家が多く、虫が飛び交う。衛生的とは言い難い村であった。

 村人は粗末な布の服を着ている。寒さはしのげないだろう。


「ここはメディチーナ村か?」


 スバルは老人に尋ねた。老人は頷いて、まじまじとスバルの顔を覗き込む。


「こんな場所に来るとは。珍しい事が続くものじゃ」


「続いたのか?」


 スバルが疑問を口にすると、老人は再び頷いた。


「さっきも客人が来た。珍しいものを、なぜかいろいろ置いていった」


「そりゃ良かったな! 見せてくれよ」


 老人はカッカッカッと心底愉快そうに笑った。


「今日はもう遅い。好きな家で休むが良い。みんな受け入れてくれるぞ。楽しい話が聞ければ幸いじゃ」


 老人は笑いながらかやぶき屋根の家に入っていった。


「ありがたいな」


「野宿にならなくて良かったです」


 スバルとエリーゼが和気あいあいと話している遥か後ろで、ルーシーが地面にへばりついている。


「もう歩けないぃ」


「王女にふさわしい活躍をするんだろ。来いよ」


「今日は無理ぃ」


 ルーシーは疲れのあまり、立ち上がる事ができなくなっていた。

 スバルは溜め息を吐いて、ルーシーの元まで歩く。そして、しゃがんで彼女の右手を自分の首の後ろに回し、自分の左手を彼女の左脇に回して、立ち上がらせた。


「きゃっ!?」


 ルーシーは、意図せずに立ち上がったため驚いた。つま先に地面がつくかつかないかの状態だが、スバルが支えているため、意外と安定している。

 密着し、スバルの体温を感じていた。

 ルーシーは耳まで真っ赤になった。


「こ、こんなことで私がなびくと思わないで!」


「あーはいはい。黙って運ばれろ」


「返事が適当すぎるわ!」


「口だけは元気だな」


 スバルはあきれ顔だった。

 その様子を眺めながら、エリーゼはくすくす笑っていた。

 スバルがルーシーを運ぶまで、さほど時間は掛からなかった。


「降ろしなさい。大義だったわね。少しはほめてあげるわ」


「偉そうだな」


「だって私は偉いから!」


 ルーシーは金髪をかきあげた。足元はふらついているが、意地を張れるまでに回復したようだ。


「さあ、休みましょう!」


「その前に、リンを捜そうぜ。餓え死にしていないか気になるぜ」


 スバルの言葉に、ルーシーはしどろもどろになる。


「そ、それはそうだけど……。戦士の休息がほしいと思わない?」


「一人で休んでもいいぜ。無理に付き合わなくていい」


「そんな事、アルテ王国王女のプライドが許さないわ!」


 急に語気を強めていた。


「私はこの村を救いたいの。絶対に役に立ってみせるわ!」


「あ、ルーシー王女!」


 元気な女の子の声がした。

 暗闇に目を慣らすと、黒い肌のはつらつとした女の子がいるのが分かる。リンだ。


「本当に来てくれたのですね!」


「当然よ! さあ、スバル。食べ物の見つけ方を教えてあげなさい!」


 スバルは両目を見開いた。


「役に立ちたいと言っていたくせに、丸投げかよ」


「つべこべ言わずに働きなさい!」

 口喧嘩を始めた二人の間に、リンが割って入る。


「ああ、えっと、その……実は、食べ物は手に入りました。一緒に食べませんか?」


「え?」


 ルーシーは言葉を失った。

 スバルは眉をひそめる。


「村人の分は大丈夫なのか?」


「本当にすごい量の食べ物が手に入りました! 珍しい飲み物だってあるから、来てください!」


 リンの口調はどことなく焦りを感じられる。

 スバルとエリーゼは互いに顔を見合わせて、頷いた。

 エリーゼが微笑みながら話しかける。


「ありがとうございます。とても親切な人がいたのですね」


「はい! 豚肉とか紅茶とか、ここらでは手に入らないものをたくさんくれました!」


「すごいですね! どんな人からもらったのですか?」


「それは……その……」


 リンはうつむいた。


「そ、その、名前を聞き忘れちゃって。誰かは分かりません」


「分かりました。ご厚意に甘えます。長い間歩いてお腹が減っているので、食べる物があるのは嬉しいです」


 エリーゼは微笑んだままだった。

 ルーシーが胸を張る。


「きっとアルテ王国の生き残りね。私の人望のおかげだわ!」


「そ、そうですね。きっとそうですよ!」

 リンは顔をあげたが、気まずそうに視線をそらしていた。

 

 

 リンの家に案内された。

 かやぶき屋根で、最低限の風や雨に対処できる程度だ。大きな災害があったら、すぐに壊れてしまうだろう。

 家の中にはゴザが敷いてあり、地面から伝わる冷えをさえぎる事はできないだろう。

 屋外ほどではないが、虫が何匹も飛んでいる。恵まれた環境とは言い難い。

 しかし、食べ物は不自然なほどに豪華だった。

 冷めているが子豚の丸焼きと紅茶がある。あらかじめ用意していたのだろうか。

 紅茶が入っているティーカップは、躍動感ある蝶が描かれていた。


「素晴らしい画力ですわね!」


 ルーシーがほめると、リンは笑顔をほころばせた。


「はい! ティーカップをもらった時に、村人が描きました!」


「芸術祭に出したいわ。アルテ王国が復興した時にはよろしくね!」


「はい!」


 二人の雰囲気は明るかった。

 ルーシーはティーカップに手を伸ばす。


「紅茶も美味しいに違いないわ。さっそくいただきましょう」


 香りを楽しみながら飲み干す。


「繊細な味なのに、口の中にほどよく香りを残す。幸せを味わえる一級品よ。素晴らしいわ!」


 そう言いながら、ルーシーはあくびをしていた。


「おかしいわね。急に眠くなってきたわ」


「長旅の疲れもあるのでしょう。ゆっくりお休みください」


 リンが優しい言葉を掛け終わる前に、ルーシーは夢の住民となっていた。


「みんなも飲んだら?」


「俺はパス。なんか怪しいぜ」


「な、なんで!?」


 リンの表情が変わった。両目を見開き、声を震わせる。


「ど、どこが怪しいんだ!?」


「さっきからずっと怪しいぜ。紅茶や食べ物だって、睡眠薬でも入っているんだろ。誰がいれた?」


「そ、そんな……なんで分かった!?」


 スバルは意地悪い笑みを浮かべた。


「やっぱり入っているんだな」


「カマかけだったの!?」


「あんたの態度も怪しいし、村を囲む気配が多すぎるからな。さすがに警戒するぜ」


 スバルは長剣の柄に手をかけた。


「エリーゼ、リンを頼むぜ」


「無茶はしないでくださいね」


 エリーゼは微笑んで、リンの両手をとった。


「もし気が向いたら、真実を教えてくださいね」


 リンの両目にほんの少し涙が浮かぶ。

 その涙がこぼれ落ちる前に、スバルは勢いよく家の外に出た。

 辺りは暗く、何も見えない。しかしスバルは、大量の殺気を感じていた。

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