そのころ帝都は

 アドレーション帝都は混乱していた。

 どんな化け物が帝国軍を壊滅させて、防壁を崩したのか。

 噂は広まり、様々なデマが飛び交う。

 帝国軍の壊滅は悪魔のせいとも、神が罰を与えたとも言われる。


「このままでは帝都は反乱軍の餌食にされる!」


「なんとかしてください!」


 帝都の住民は、城門の前に集まって自分たちの苦境を訴えていた。

 巨大な城門は固く閉ざされたままだ。

 王城が開く事はない。

 そんな王城の窓から、城門の前を見下ろす男がいた。

 幻獣使いのオカマだ。


「面白いように群がるわね」


 必死な住民をあざわらっている。

 ギルティが忌々しげに舌打ちをする。


「おまえが先にいたとはな」


「おーほっほっほっほっ! イーヴィル様とバードの力があれば、たやすい事よ。鳥の翼なんて目じゃないわ!」


 ギルティは、耳障りな高笑いに耳をふさぎたくなっていた。


「少しは静かにしろ」


「あっらー怖い目をしないでぇ。そ・れ・よ・り・も、あの生意気なボーイをどうするか聞いた? 捕まえたら処刑するそうよ! どんな殺し方がいいと思う? できるだけ苦しんでほしいわぁ」


 生意気なボーイとは、スバルの事だろう。

 オカマは両手を叩きながら、心底楽しそうに語っていた。

 ギルティは視線をそらす。


「あいつが、そう簡単に捕まるとは思えない」


「そうね、だから手を打っておいたわ」


「ほう、頭を使ったのか。たまにはやるな」


 ギルティは感心した。

 しかし、オカマの機嫌をそこねたらしい。


「遠まわしにバカと言ったでしょ!?」


「まったく言っていない。どんな手を使ったのか興味があるだけだ」


「うふふ、知りたい?」


 オカマは含み笑いを始めた。

 ギルティは首を横に振る。


「すんなりと教えないなら、聞かなくていい」


「あらんつまんなーい」


 オカマは分厚い唇をとがらせた。

 ギルティは吐き気をこらえて、その場を歩き去る。


「ウルスラの事もある。俺も準備をしなければいけないな」



 宿屋付近では、帝国軍の精鋭たちが倒れている。


「無様だな……」


 女将軍のレイチェルが起き上がる。彼女の赤髪はくしゃくしゃになり、軍服は土で汚れた。


「ソウル・ブレードを使われたとはいえ、何という体たらくだ……」


 よろよろと立ち上がる。身体は痛むが、動けないほどではない。

 彼女は闘志を燃やしていたが、その前に部下たちの生死を確認した。

 そして、疑問が浮かんだ。


「……一人も殺されていないのか?」


 一人や二人生き延びたくらいなら、殺し損ねたと考えてもいいだろう。しかし、全員が生きているとなればたまたまとは考えづらい。


「何のために……?」


 レイチェルはアゴに手を当てる。魔剣ソウル・ブレードの威力を考えれば、この場にいる全員を殺す方が簡単だ。

 なぜ、生かしているのか。

 帝国の精鋭を都合よく利用できると考えるほど、魔剣使いスバルは愚かな人間ではないだろう。

 レイチェルが愛用しているライトニング・ウィップが転がっている。

 ゆっくりと拾い上げて、一つの答えを口にする。


「エリーゼが言っていたが……本当に反乱の意思がなかった可能性はあるな。救護隊を要請したいし、皇帝に報告しよう」


「その必要はない。おまえたちは大人しく倒れていればいい」


 恐ろしく冷たい声が聞こえた。

 振り向けば、小柄な人間が立っていた。銀髪で、整った顔立ちである。少年とも少女とも区別がつかない。


「……バードか」


 レイチェルが苦々しげに銀髪の人間を睨む。

 バードはうやうやしく一礼をした。


「勝手な報告は慎むようにしてほしい」


「皇帝へ忠義を尽くす事は、何よりも優先される」


「分かった。残念だが、ここで魂を奪わせてもらう」


 レイチェルは眉をひそめた。


「魂を奪う……?」


 その言葉を理解する前に、事態は進んだ。

 倒れている精鋭たちから、人型の白いモヤのようなものが、浮かび上がっていた。

 モヤはバードの右手に収束する。


「何をしている!?」


 レイチェルは事態を理解できないまま、本能的にライトニング・ウィップを振るう。幸い、銀色の線が生まれ、その威力は戻っている。

 恐るべき速さで銀色の線は、バードに襲い掛かる。

 しかし、銀色の線はバードの右手に吸収されるように、姿を消した。


「なにぃ!?」


「あなたの鞭の威力は素晴らしいが、相手を間違えている。イーヴィル様に従えないなら、無理やり従わせるしかない」


 バードは眉一つ変えないまま、淡々と語っていた。

 レイチェルの背筋が凍る。

 バードは少しだけ口の端をあげる。


「怯えなくていい。あなたは傷つけずに持ち帰るように言われている」


「……なぜ私だけ?」


 震える口調で会話を試みる。対抗策を考えるための時間稼ぎだ。

 周囲の温度が異常に低下するのを感じていた。

 先程までは息をしていた精鋭たちが、呼吸を止めている。

 腸が煮えくり返るような想いだが、冷静さを失って対処できる相手ではないだろう。

 しかし、次の一言はレイチェルの冷静な思考を奪った。


「他のゴミと違って美しいからと言われている」


 バードに短剣で切りかかったのは、最良の手段だと判断したからではない。身体が勝手に動いたのだ。

 精鋭たちは、今まで苦楽を共にしてきた仲間たちだ。ゴミと罵られた事はもちろん、彼らを助けられない自分自身も許せなかった。

 バードの左胸から血がにじむ。普通なら絶命してもおかしくない傷を与えた。

 しかし、バードは相変わらず無表情だ。


「ちょっと痛いな。イーヴィル様の命令がなければ少しはいたぶったのに」


 バードの口調は冷淡であった。

 レイチェルは動かない。動けないと言った方が正確だ。

 彼女の身体からも、白いモヤが抜き出されていた。

 逃げる事はできなかっただろう。しかし、せめて皇帝にこの人物の危険性を伝えたかった。

 レイチェルは意識が途切れるまで、帝国の未来を案じ続けていた。

 完全に意識が途切れるまで、さほど時間はかからなかった。


「……帝国の精鋭といっても、魂は意外と普通だな」


 バードはモヤの数々を見つめながら、つまらなそうに呟いていた。

 指をパチンと鳴らす。

 すると、レイチェルは短剣を落とし、おぼつかない足取りで歩き始める。両目が虚ろになっていた。魂が抜かれたようだった。


「あなたの美しさはイーヴィル様が認めるところだ。光栄に思ってほしい」


 レイチェルは物言わぬ人形と化して、バードの後を歩くのだった。

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