森の中で

 スバルたちは森の中を走っていた。ときどき木の根に足を取られそうになったが、無理やり走っていた。

 しばらく走ると、エリーゼが呟く。


「追いかけてこなくなりましたね」


 この言葉をきっかけに、三人はゆっくりと歩き始めた。

 ルーシーが胸を張る。


「私の大活躍のおかげね!」


「あんたは何かしたか?」


「爆弾投げと王女パワーの加護を与えていたわ!」


「お、おう」


 スバルはもはやツッコミの言葉を失っていた。

 リンの言葉を思い出す。


「そういえば、川をたどればいいとか言っていたな」


 耳をすますと、川のせせらぎが聞こえた。行ってみると、木々の間に小さな川がある。


「しばらく散歩するか」


 スバルは歩きながら背筋を伸ばした。


「いい空気だぜ」


「鳥や動物が生き生きとしていますね」


 エリーゼは微笑んでいた。

 木漏れ日がほどよく周囲を照らす。熱すぎず、寒すぎず、心地よい気温である。

 踏みしめる土は柔らかく、湿っぽい香りがする。不快なものではなかった。

 スバルはあくびをした。


「昼寝をしたくなるが、リンが待っているからな。先を急ぐか」


「ちょ、ちょっと待って」


 口を挟んだのはルーシーだった。肩で息をしている。


「私を置いていかないで」


「おいおい、どうしたんだ? へばってるのか?」


 スバルが声を掛けると、ルーシーはへたりこんだ。


「つ、疲れているわけじゃないの。ただ、帝国軍はしばらく追いかけてこないでしょうし、少しは休んでいいと思うの」


 息も絶え絶えに言っていた。


「……休むしかなさそうだな」


 スバルはあきれ顔で太い木の根に腰を降ろす。

 エリーゼも隣に座る。


「スバルさん、二人きりではないですが聞きたい事があります」


「なんだ?」


「ウルスラさんって誰ですか?」


 スバルの表情が凍り付いた。口元はこわばり、両目に鋭い眼光を宿している。

 いくらか時間が経つ。

 エリーゼは、無邪気な小鳥がたわむれるのを横目に見て待っていた。

 ようやくの事でスバルが口を開く。


「……面倒事に巻き込むと言ったよな」


 口調が暗く、重い。

 エリーゼはあえて明るく返事をする。


「もう巻き込まれていますよ!」


「ルーシーがいる。やめておこうぜ」


「こちらの会話を聞いていませんよ」


 ルーシーは呼吸を整えるので精いっぱいのようだ。

 エリーゼはスバルの目をじっと見つめる。


「教えてください。ウルスラさんはどんな人ですか?」


「……どうせ、いつか知ることになるか」


 スバルは溜め息を吐いた。

 空を仰ぎながら、投げやりな口調で呟く。


「反乱軍のリーダー格だ」


「そうなのですか……」


「んで、俺の姉ちゃんだ」


「え?」


 エリーゼは言葉を失った。

 沈黙が流れる。先ほどたわむれていた小鳥たちは、飛び去って行った。

 エリーゼは言葉をしぼる。


「……お姉さんがいたのですね」


「ああ。あんまり記憶はないが、間違いねぇぜ。俺は反乱軍のリーダーの弟だ」


 スバルは乾いた笑いを浮かべた。


「反乱は重罪だからな。本人はもちろん、家族も処分される。本来なら、俺は帝国で処刑されても文句が言えないんだ。ギルティ様の恩情で生き伸びたようなもんだぜ」


「それほど恩があるのに、よくあんな無礼な態度が取れますね」


「礼儀を求められていないからな。剣の腕前しか役に立つものがない。ギルティ様は領民を大切にするから、領民が喜びそうな事をやればいいと思っていたが、コロセウムの件は外しちまったな」


「スバルさんは悪くありません! 人殺しをお楽しみにするのは間違っています! 自信を持ってください!」


 エリーゼが真剣に語ったのを見て、スバルは大笑いした。


「気分が良くなったぜ。ありがとよ!」


 スバルは立ち上がった。


「そろそろ行こうぜ。ルーシー、リンが待っているから急ごうぜ!」


「もともと急いでいるわ。戦士の休息が欲しかっただけよ!」


 ルーシーはよろよろと立ち上がる。

 背中に結わえた剣は重そうである。


「その剣は俺が運んでやろうか?」


「これは、大切な人がくれたものなの。断固お断りよ!」


 スバルは眉をひそめた。


「大切な人がくれたわりに、うまく扱えてねぇよな。本当にあんたが受け取った武器なのか?」


「これから扱うわ!」

 ルーシーは右手を天高く掲げた。


「見ていなさい。いつかアルテ王国の王女にふさわしい活躍をするのだから!」


「口で言うほど簡単じゃねぇぜ」


「そんなの私が一番分かっているわ!」


 ルーシーは半泣きであった。

 スバルは溜め息を吐いた。


「めんどくさい奴だぜ」


「何か言ったわね!?」


「期待はできると思うが」


「なんで上から目線なの!?」

 二人のやり取りを、エリーゼは微笑ましいと思っていた。自然と笑顔がこぼれる。


「どうか神のご加護があらんことを」


 神官の少女は、ひそかに祈りを捧げるのだった。

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