鉄の防壁を壊せ!

「笑止! おまえたちは全員ここで死ぬ」


 銀色の線はレイチェルの意思に応えて、より激しくうねり、信じられないほどの勢いをつけてスバルに襲いかかる。

 目に見えないほど、速かった。

 しかし、異変はすぐに起こる。

 銀色の線が青白い光に飲み込まれるように、消えていったのだ。


「……忠告はしたぜ。結構強烈だと」


 スバルはゆっくりと口を開いた。

 レイチェルは円筒を振るう。しかし、何も起きなかった。


「ライトニング・ウィップが使えないだと!?」


「あんたの武器のエネルギーは、遠慮なく使わせてもらう」


 スバル自身の燐光が強くなる。

 レイチェルは呆然とした。

 勝ち目がない。

 頭の中で、そんな言葉が浮かんでいた。しかし、レイチェルは諦めるわけにはいかない。帝国将軍として、どんな任務も遂行する義務がある。ましてや相手は魔剣使い。ここで倒さなければ、どれほど犠牲が生まれるか分からない。

 レイチェルは短剣を握りしめ、スバルに向かって走り込む。赤き猛獣の異名にふさわしい突進であった。


「死は覚悟の上だ!」


 吠えて、スバルの懐に飛び込む。

 短剣を突き出す。

 スバルは避けない。目をつぶり、呼吸を止める。

 次の瞬間、青い光が辺りを蹂躙した。地面を、建物を、その場にいる者達を舐めまわし、青白く染め上げる。

 スバルを中心に爆発的なエネルギーが発散されていた。

 レイチェルの身体が、彼女の意思に関係なく吹っ飛び、地面に転がる。スバルに近づくのは不可能であった。


「おのれぇ」


 レイチェルは忌々しげに顔をあげる。全身が痛み、意識を失いそうな中で、辛うじてスバルを見た。

 スバル自身も苦しそうだ。ソウル・ブレードの圧力に耐えているようだ。

 しかし、笑顔を浮かべている。

 苦境を楽しんでいるのか、狂っているのか。

 レイチェルには分からなかった。ただ一つ、確信した事がある。


「……とんでもない化け物だな」


 そう呟いて、レイチェルは意識を手放した。

 ソウル・ブレードを無理やり鞘に収めると、青白い線が消え去った。辺りは悲惨な状況になった。

 広範囲に地面や建物がえぐれ、帝国軍の精鋭たちが倒れている。

 自然災害でも、このような被害にはならないだろう。


「さて、どうするか……こんな光景を見られたら、俺たちは本格的に反逆者扱いだろうな」


 スバルは倒れている帝国軍の具合をざっと確認して、呟いた。


「……致命傷は負わせていないし、逃げようぜ」


「逃げたらもっと怪しまれます」


「丁寧に介抱したら捕まるぜ」


 エリーゼは首を横に振る。


「私たちが逃げ隠れしなければいけない理由なんて無いはずです」


「世の中は正義ばかりが勝つわけじゃねぇよ。それに、リンとの約束もある」


「ルーシーさんと意気投合していた女の子でしょうか。メディチーナ村にいると言っていましたね」


「早く行かないと飢えちまうぜ」


「そう……ですね」


 エリーゼは小さく頷いたが、ためらいがあるのだろう。倒れている帝国軍にチラチラ視線を向けていた。

 そんなエリーゼの肩をルーシーがポンッと軽く叩く。


「気にすることはないわ。あなたが元気でいる。それだけでこの人たちは救われるわ!」


「本当ですか?」


「この目が嘘をついている目に見える?」


 ルーシーは黒縁メガネを外した。


「正体を隠していてごめんなさい」


「バレバレだったけどな」


「スバルは乙女のデリカシーを理解するべきだわ! 秘密は乙女のたしなみよ。丁寧に扱うべきだわ」


「わーったわーった俺が悪かった。とにかく逃げようぜ」


 スバルがいい加減な返事をすると、ルーシーは頬を膨らませた。

 エリーゼがくすくす笑っている。


「風船みたいですね。つっつきたくなります」


「エリーゼちゃんのツンツンならいいかも」


「いい雰囲気のところ悪いが、追手が来たから逃げようぜ」


 スバルの言葉を皮切りに、三人は走り出す。

 帝国軍の増援の一部は、弓をつがえている。


「ホーリー・アロー!」


 エリーゼの神聖術を前に、弓兵たちはあっさり倒れた。

 しかし、追いかけてくるものたちが多い。ホーリー・アローに耐性があるようだ。


「神聖術を無効化する加護を受けているようです」


 エリーゼの言葉に、スバルは頷いた。


「わーった。戦わないようにするぜ」


「ああああああ、前から帝国軍が!」


 ルーシーが慌てふためく。スバルたちは挟まれていた。


「仕方ない。いっちょやるか」


 スバルは長剣を抜いて前の帝国軍に突撃する。

 帝国軍は一斉にスバルに襲い掛かる。迎え撃つ準備は万全であった。

 勝負は一瞬だった。

 スバルの両肩に血がにじむ。

 帝国軍の武器の一部が、かすっていたのだ。

 しかし一方で、帝国軍の武器は全員分スッパリと二分割されていた。スバルが切ったのだ。

 当然のことながら、武器は戦うための道具だ。丈夫で、簡単に切られるように作られていない。

 ましてや、手練れが扱っていたのだ。二分割されるなど、ありえない出来事だ。

 帝国軍は動揺を隠せなかった。


「な、なんだと……?」


「強すぎる……化け物か!」


 スバルは走る。エリーゼとルーシーも続く。


「せめて女だけでも捕まえろ!」


 帝国軍のごく一部が殴りかかるが、スバルが振り向きざまに蹴り飛ばした。


「すごいです!」


「す、少しはやるわね。コロセウムで私を倒しただけの事はあるわ」


 エリーゼは歓声あげ、ルーシーは上ずった声を発していた。


「……問題は防壁だぜ」


「出入口は一つですよね。番人にお願いすればよいのでは?」


「俺たちは反乱軍と思われているぜ。聞き入れてもらえるはずがねぇよ」


 エリーゼが悔しそうに声を震わせる。


「……私たちが何をしたというのでしょうか」


「俺も納得できねぇが、今は助かる事が先決だ。とにかく、防壁を越える方法を考えないといけないぜ」


「ふっふっふっ……お困りのようね」


 ルーシーが怪しい笑いを浮かべた。

 エリーゼは頷いた。


「このままでは帝都から出られず、捕まってしまいます」


「簡単なことよ。スバルが魔剣で防壁を壊せばいいのよ。私ってすごいわ! よく思いついたわね!」


「……盛り上がっているところ悪いが、俺の魔剣ソウル・ブレードは、物理攻撃はそこまで強くないぜ」


 スバルが口を出すと、ルーシーの目がすわる。露骨に不満そうだ。


「そこは男気でなんとかするところでしょ」


「俺の男気が武器になると思うか?」


「そうね、悪かったわ。ごめんなさい」


「マジで謝られたのにイラッとしたぜ」

 スバルのこめかみに四つ角が浮かんでいた。

 エリーゼがなだめる。


「大丈夫です、スバルさんは男の中の男だと思います、たぶん」


「心もとない励ましだが、ありがたく受け取っておくぜ」


「レイチェル将軍を倒した時はすごかったです。あの圧力を復活させる事はできませんか?」


 スバルは首を横に振った。


「あれはレイチェル将軍のライトニング・ウィップのエネルギーがすごかったおかげだ」


「すごいエネルギーを吸収すれば可能なのですね。私のホーリー・アローを吸収すればどうですか?」


「……考えたこともなかったな」

 スバルは長剣を見つめた。


「魔剣と神聖術か……なんか起こりそうだが、今はなんか起こってほしい。試してみるか」


「分かりました!」


 エリーゼは天に向かって祈る。

 防壁は間近だが、帝国軍が迫っている。


「一か八かだが……頼むぜ、魔剣ソウル・ブレード」


 スバルは呟いて、短く息を吸った。

 スバルと長剣が燐光を帯びると同時に、エリーゼが祈りを解き放つ。


「ホーリー・アロー!」


 遠い空の太陽が白く力強く輝く。白い光は、無数の矢の形となって地上に降り注ぐ。まぶしくも、神々しい。

 無数の光は、スバルが掲げる魔剣ソウル・ブレードへと吸収される。

 スバルは息ができないほどの圧力を感じていた。苦しく、全身に痛みが走る。

 しかし、これはエリーゼの技によるものだ。そう思うと、胸の奥がくすぐったくなった。


「マジで受けるぜ!」


 狂ったように笑うスバルの周囲に、いくつもの青白い光の線が走る。青白い線の一本一本が、近づくだけで命を奪われる威力がある。

 スバルは走りこむ。

 標的は鉄の防壁。高くそびえたつ重厚な障害だ。

 恐れはなかった。


「いくぜぇぇええ!」


 スバルは気合と共にソウル・ブレードを解き放つ。青白い線は束になり、鉄の防壁へ激突する。

 手応えはなかった。

 少しは反動があると思っていたスバルも拍子抜けした。

 しかし、目の前で事態は変化する。

 鉄の防壁が音を立てて崩れ始めたのだ。

 長い間、数々の侵略を阻み、帝都を守り続けてきた壁が、一部とはいえ瓦礫と化す。

 青白い線が消える頃には、何人も手をつないで通れるスペースがあいていた。


「すごいです!」


「少しはやるわね!」


「誉め言葉はあとだ。行くぜ!」


 スバルは再び走り始める。一気に身体のエネルギーを消費したためなのか、誉め言葉のためなのか、頬が紅潮していた。


「ひ、ひるむな。進め!」


 帝国軍が追いかける。しかし、頑丈な鉄の壁が砕かれたのを目の前にして、動揺は大きかった。

 恐怖が彼らの目をくもらせる。

 森に入ったスバルたちを見失った認識するまでに、さほど時間は掛からなかった。

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