ルーシー仮面
スバルはあくびをしながら、長剣の柄に手をかける。
「確認だ。捕まる気はないよな、エリーゼ」
「皆さんとお話する時間はほしいです」
「分かった。時間を稼ぐ。しばらく魔剣ソウル・ブレードの出番はなしだ」
レイチェルはフンッと鼻を鳴らした。
「最期の言葉はそれでいいのか?」
「おいおい、連行するくせに殺す気かよ。ツッコミどころの多い女だな」
「捕縛されないなら殺害やむなし。殺れ!」
レイチェルに応えるように、帝国軍が一斉に動き出す。俊敏かつ無駄のない動きで、一気にスバルたちと距離を詰める。
「マジで突っかかってきたぜ!」
スバルは苦笑しながら長剣をふるっていた。帝国軍の刃を時に受け止め、時にいなし、巧みな剣さばきで複数人を相手にしていた。複数の刃を迎撃しながら、エリーゼに近づけないようにしている。
神業であった。
レイチェルが呆れ顔で溜め息を吐く。
「やはり私がやらないとダメか」
「聞いてください、私たちに反逆の意思はありません! 私たちは罪のない善良な人たちを助けただけです。アドレーション帝国の誇りを守っただけです!」
エリーゼが必死になって説得しようとしているが、誰も聞いていないだろう。
そんな中で、高笑いが聞こえ始めた。
黒縁のメガネを付けた金髪の少女がいた。片手の甲を頬に当て、本人は上品なつもりかもしれないが、気品は感じられない。朝の光を背にして格好をつけているようだが、あまり似合っていない。
「ほーほっほっほっほっ! 私は正義の味方ルーシー仮面。月に代わってお仕事よ!」
エリーゼは両目を見開いた。
「ルーシーさん、それは仮面じゃなくてメガネというものですよ!?」
「突っ込むのはそこか!?」
スバルは驚きのあまり声が裏返っていた。
エリーゼは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「だって、ちゃんと度が入っているかなんて見た目では分からないですよ」
「いや、まずなんでルーシーがいるのか突っ込まないか!?」
「そういえば!」
エリーゼはハッとした。
「ルーシーさん、逃げてください!」
「ふっふっふ、何を言うのかしら? 私はルーシー仮面よ。あなたたちこそ、私が気を引いている間に逃げなさい!」
「ありがとうございます、お気持ちは受け取っておきます」
エリーゼは深々と頭を下げた。
「……問題は、誰も注目してねぇって事だな」
「スバルさん、それは言わない約束ですよ!? ありがとうございますルーシー仮面、あなたの恩は忘れません!」
帝国軍の輪の外で、両手と両膝を地面について落ち込むルーシーに向けて、エリーゼは声を張り上げていた。
そんなエリーゼとルーシーを交互に見て、レイチェルは呟く。
「雑魚は引っ込め」
ゴミを見るような眼差しであった。
その言葉と態度は、ルーシーに伝わったのだろう。
落ち込んでいたはずの彼女は、燃えたぎるような殺気を放っている。
「雑魚ですって……? この、アルテ王国王女が雑魚ですって!?」
ゆらりと立ち上がる。
レイチェルは鼻で笑う。
「小国の死にぞこないが粋がるな」
「私は誇り高きアルテ王国のルーシー……じゃなくて、正義の味方ルーシー仮面よ!」
「どうでもいい」
レイチェルの口調は険しい。
「どうしても死にたいなら望み通りにする。命が惜しければ消えろ」
「あなたに私の命を奪う権利を与えるつもりはないわ!」
ルーシーは両手に、丸くて焦げ茶色の物体を取り出す。焦げ茶色の物体からは線が出ていて、その先端には火が付いている。
爆弾だ。
「ほんの少し驚かせるために使おうと思っていたけど、我慢ならないわ」
「ルーシー、その物騒な物をさっさと手放せ!」
帝国軍の攻撃をさばきながら、スバルが声をあげた。
ルーシーは何を考えたか高笑いをあげる。
「ほーっほっほっほっ! 正義の味方は悪を討つのよ。覚悟しなさい!」
導火線はどんどん短くなっている。
エリーゼは慌てふためく。
「皆さん、ルーシーさん、じゃなくてルーシー仮面が暴走します! 速やかに攻撃をやめてください!」
「思い残す事はないわぁぁああ!」
ルーシーは、二つの爆弾をいっぺんにレイチェルへと投げつけた。
「……バカバカしい。ライトニング・ウィップ」
レイチェルは鼻で笑う。銀色の円筒を握っていた。
円筒から銀色の細長い線が伸びる。しなやかにうなり、二つの爆弾を打ち付ける。
爆弾はレイチェルに当たる前に粉々に砕け散った。
赤き猛獣は、導火先を失った火を踏みつぶしながら冷笑を浮かべる。
「見苦しいものはさっさと処分させてもらう」
ルーシーの顔面は真っ青となり、両足はがくがく震えていた。
「エリーゼ、もういいか!? 笑い疲れたぜ!」
スバルが声を張り上げた。帝国軍をさばくのに限界がきたのだろう。
エリーゼは頷いた。
「本当は分かり合いたかったのですが、ルーシーさん、じゃなくてルーシー仮面を守らなくては!」
「そのネタはもういいと思うぜ」
スバルはレイチェルに視線を移す。
レイチェルが振るう銀色の線が、無力な娘を穿とうとしていた。
エリーゼは声高らかに言い放つ。
「本人が認めるまで続けてあげましょう。彼女は正義の味方ルーシー仮面です!」
「わーった。助太刀するぜ、ルーシー仮面!」
凶悪な銀色の線は、ルーシーに迫る。放っておけば彼女の頭は砕かれていただろう。
そんな銀色の線を、青白い線が弾いた。
「……ソウル・ブレードを抜いたか」
レイチェルが呟く。
銀色の線が弾かれたのを皮切りに、帝国軍がいっぺんに倒れ出した。悲鳴をあげる間も無い。おそらく、なぜ倒されたか分からなかっただろう。
スバルの長剣が青白い光を帯びていた。
「本当は使いたくねぇが、あんたがヤル気なら仕方ない」
スバルの息はあがっていた。帝国軍を相手にしたからだけではない。
「こいつは周囲の人間と使い手の命を奪おうとするからな。怖いぜ」
スバルは声をあげて笑った。
レイチェルの視線は険しいままだ。
「楽しそうだな」
「ああ、すげぇスリルだ。使ってみるか? 運が良ければ気に入られるぜ」
「面白い道具だが、手を出すつもりはない。死ね」
レイチェルは円筒を振るう。
銀色の線がうねり、恐るべき威力と速さでスバルに襲いかかる。
スバルは間一髪で後ろに跳ぶが、自分がもといた地面が派手にえぐれるのを見て、背筋を冷やした。
「ははは、すげぇな!」
「なんで笑ってるのですか!?」
「笑うしかねぇだろ!」
エリーゼの問いかけに、スバルは笑いながら答えていた。
「あー、マジで受ける」
「笑われるのは心外だな。殺す」
レイチェルの眼光は鋭い。円筒を振るう。
銀色の線が二つに分かれて、左右からスバルを挟み打ちにする。
「ダメェ!」
ルーシーがスバルの前で両手を広げた。かばいに入ったのだろう。彼女は覚悟を決めていた。目の前で命の恩人が倒されるなら、自分が命をかけて守ると。彼女の頭の中では、様々な思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
スバルはそんなルーシーを蹴り倒した。二つの線はソウル・ブレードに弾かれた。
ルーシーはすぐに起き上がる。
「あなたにはデリカシーがないの!?」
「悪いがちょっとどいてくれ!」
「女の子をもっと大事に扱わないとモテないわよ!?」
「うるせぇよ!」
ルーシーもスバルも、半泣きであった。
エリーゼが手招きした。
「ルーシー仮面、こちらにいらしてください。私を守ってください」
「ほーっほっほっほっ! 当然よ!」
ルーシーの高笑いを聞きながら、スバルはげんなりしていた。
「もういいだろ、ズラかろうぜ」
「ふっ逃げるなんて私の辞書にはないわ!」
「今から書き足せ!」
スバルは大きく息を吸い込んで、気合いを入れた。周囲の温度が急激に下がっていく。青白い光がスバルを包み、スバル自身も燐光を帯びていた。
ただならぬ雰囲気であったが、レイチェルは鼻で笑った。
「逃げるつもりの技など、恐るるに足らん」
「いや、怖がっておけ。結構強烈だから」
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