迫りくる帝国軍

 スバルたちはギルティが来るまで、寝て待つ事にした。

 スバルやエリーゼが何かやったらギルティが急ぎ皇帝と交渉する。晴れておとがめなしとなったら外に出る。これがいつもの流れだ。

 しかし、今回はギルティが来るのが遅い。交渉が難航しているのかもしれない。

 空が白む頃に、スバルは起き上がった。

 朝を迎えてしまった。


「ギルティ様、来ないな」


 スバルが呟いた。

 エリーゼも起き上がる。


「長引いていますね」


 ルーシーと親子はまだ寝ている。

 スバルは外から不穏な空気を感じていた。

 いくつもの足音が近づいている。軍隊のようにそろっている。

 案の定、足音は宿屋の前で止まった。

 朗々とした声が響き渡る。


「王弟ギルティ配下のスバル、およびエリーゼ! 反逆者として連行する。速やかに姿を現せ!」


「なんですって!?」


 ルーシーが勢いよく起き上がった。


「あなたたち、何かしたの!?」


「なーんも。ギルティ様が交渉に失敗したんだろ」


 スバルは手のひらを上に向けてやれやれというポーズを取った。


「こんな事もあるのか」


「私たちが何をしたのか、説明がほしいですね」


 エリーゼはベッドから降りる。

 再び朗々とした声が響く。


「コロセウムの秩序を乱し、イーヴィル様の尊厳を傷つけた大罪は言語道断! 即刻、罰を受けよ! なお、他の者たちはスバルおよびエリーゼを差し出せば寛大にも不問とする!」


 スバルは苦笑した。


「丁寧に解説されたぜ」


「私たちはコロセウムで何も悪い事はしていません。納得がいきません!」


 珍しく、エリーゼの口調は荒くなっているが、声は相変わらず可愛らしい。

 スバルの心をくすぐっていた。


「じゃあ説得するか? 無駄だと思うが」


 スバルはあくびをしながら、ベッドから降りる。

 エリーゼは不安そうに尋ねる。


「捕まるつもりですか?」


「成り行きだな。場合によっては逃げるぜ」


 スバルはルーシーや親子に声を掛ける。


「そうそう、あんたらはここにいろ。俺やエリーゼと関わりがあったのは黙っておけよ」


 スバルは足早に宿屋の出入り口に向かう。エリーゼも後を追う。


「助けてもらって放っておくなんて、できないわ」


 ルーシーの呟きは、スバルたちには聞こえていなかった。 


 宿屋の出入り口では、ヴァネッサが保安官たちと口喧嘩をしていた。


「だーかーらー! あたしはそんな人達は知らないと言っているの!」


「知らないなら調べさせろ。調査の妨害により処罰するぞ」


「やっだー、お部屋を片付けなきゃー。ちょっと待っててー」


 ヴァネッサは強引に出入り口に鍵をした。

 ドアを背にして、小声でスバルとエリーゼに話しかける。


「あんたたち、どうするの?」


「素直に出向こうと思うぜ。ルーシーと親子を適当に頼むぜ」


 スバルは意気揚々と出入り口の鍵に手を伸ばす。

 その手をヴァネッサは止めた。


「待ちなさいよ。そんなにすぐに逃せるわけがないわ」


「すぐに逃がす必要はねぇよ。俺たちと無関係だと思わせれば、捕まる事はねぇだろ」


「あたしが関係あると思われたらお終いよ。さっき、あんたたちはここにいないと言っちゃったの。出入り口から堂々と出ていくのはやめてくれる?」


「あー、なるほど」


 スバルは踵を返した。


「リンじゃねぇが、窓から出るか」



 宿屋の前は物々しい雰囲気となっていた。

 保安官が心なしか怯えている。彼らの背後には帝国軍の精鋭が控えていた。

 女が帝国軍の前に出る。燃えるような赤髪を肩まで伸ばしている。黒い軍服に身を包み、左胸に将軍の証である逆五芒星のバッジを付けている。非の打ちどころのない顔立ちにふさわしく、体格はバランスの良い曲線美を描く。

 絶世の美女と言っても過言ではない。

 しかし、眼光を血に飢えた獣のようにぎらつかせ、見る者に恐怖を与えていた。戦火を恐れない彼女はこう呼ばれている。

 戦場の赤き猛獣レイチェルと。


「片付けの暇などいらん。さっさと捜査せよ」


 冷徹な口調だった。

 保安官は震えながら答える。


「しかし、レイチェル将軍。もしも本当にスバルたちがいなかったら、民から反発される恐れが……」


「雑魚なら私が黙らせる。さっさとしろ。ここで私に殺されたいのか?」


 女将軍レイチェルは身も凍るような殺気を放っていた。

 保安官はヒィッと小さく悲鳴をあげた。

 その様子を指さしながら大笑いする少年がいた。


「レイチェル将軍は相変わらずだな! 他人に優しくできたらすっげぇいい女なのによぉ」


「……スバルか。エリーゼもいるな」


 レイチェルが呟いた。

 帝国軍が一斉に振り返る。一糸の乱れもない。統率の取れた軍隊である事がうかがえる。


「潔く捕縛されろ。これは皇帝の命令でもある」


「皇帝が……そんな……」


 レイチェルの言葉に、エリーゼは声を震わせた。


「コロセウムの事ですよね。罪のない人を助けるのは罪になるのですか?」


「反逆は許されがたい行為だ。大人しく連行され、処分を受けろ」


「嫌だと言ったらどうなる?」


 スバルが口を挟んだ。


「俺はついていく気がしねぇぜ」


「力づくで連行する」


 レイチェルの声は明瞭であった。

 その声に応えるように、帝国軍がおのおの武器を抜く。機敏な足取りでスバルとエリーゼを囲んだ。

 スバルは再び笑い出した。


「分かりやすい女だぜ!」


「スバルさん、少しは緊張感を持っていただけませんか?」


「あー緊張している。俺は可能な限り緊張している」


「投げやりな返事はやめてください! ほら、皆さんいらだっていますよ」


 帝国軍は殺気まみれになっていた。戦闘前で気分が高ぶっているだけではないだろう。

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