善良な(?)盗人

 スバルは困惑した。


「……良い盗人とかいるのか?」


「いるよ、ここに」


 声だけがする場所から、徐々に人の輪郭が現れる。姿を現したのはくせっ毛のある黒髪の少女だ。肌は黒く、はつらつとした雰囲気をしている。

 スバルに掴まれていない手で、自分を指さしている。

 スバルはうなった。


「たしかに盗人に向く性格じゃなさそうだぜ」


「もっとうまく盗みたかった」


「諦めろ」


「やだ! 放せ!」


「このまま帰すわけにはいかねぇよ。しっかり保安官に説教されるんだな」


 盗人の顔面が見るからに青くなって暴れだす。


「それだけは見逃して!」


 スバルの手を振りほどこうともがくが、びくともしていない。


「じゃあこれからは一生盗むのをやめろ」


「そ、そんなぁ……」


 盗人は涙目になっていた。


「それじゃあ村を救えないよぉ」


「は?」


 盗人は威圧されたと思い肩を震わせたが、スバルは疑問を隠さなかっただけだ。


「怖がらなくていいぜ。意味がわかんねぇだけだ」


「口調を考えてよぉ、目が笑ってないよぉ」


「気にすんな、目付きは生まれつきだ」


 スバルは可能なかぎり穏やかな声を発した。


「うう……逆らっても無駄だね。下手に逃げたら食われそう」


 盗人は観念したのか、暴れるのをやめた。スバルの手荷物を置く。

 スバルは口元を引くつかせた。


「散々な言われようだぜ」


「うう、怖いよぅ」


「安心しろ、取って食いはしないから」


「怖いなぁ……本当に悪いことはしないの?」


「盗人からそんな質問をされるとは思わなかったぜ」


「さっきから盗人と言ってるけど、私にはリンという名前があるから、そっちで呼んで」


 リンが大人しくなったのを確認して、スバルは手を放した。


「分かった。んで、リン。盗まないと村を救えないってどういう事だ?」


「……私の村は食べ物も、食べ物を得る手段もないんだ」


 リンはスバルのベッドに腰かけ、遠い目をした。


「昔はもっと助けがあって、豊かじゃなくてもそれなりに暮らしていけたんだけど……アルテ王国が滅ぼされてから、それがなくなっちゃった」


「マジか……」


 スバルは両目を見開いた。ルーシーの言っていた国名が出てきて心底驚いていた。

 リンは話を続ける。


「もともとは病気やケガで普通に暮らせない人たちが集まる場所で、みんなで頑張っていたけど、外から助けがないといろいろ大変なんだよ」


「事情は分かった。だが、盗むのは良くねぇな」


「そんなの分かってる!」


 リンは声を荒げた。何度も涙をぬぐう。


「みんな必死なんだ。生きたいだけなんだ。でも、誰も助けてくれないんだ。だから、自分たちでなんとかするしかないんだ!」


「毎日そこそこ食えりゃいいんだろ?」


 スバルの口調は冷静だった。


「仕事を探すとか作物を作るとかは無理だが、食い物を見つける方法なら教えるぜ。何も食えねぇのは辛いからな」


「本当!?」


 リンの両目は輝いた。

 スバルは言葉を付け加える。


「時間や場所で状況は変わるから、あんたの村まで案内してもらう必要はあるぜ。しばらく宿屋にいなけりゃならねぇが、すぐに出られると思う。それまでに見ず知らずの人間を村人がどう思うか、考えてくれよ」


「大丈夫だよ、このままだと村は滅ぶから。みんなきっと受け入れるよ!」


 リンは床に両膝と頭を付ける。


「お願いだ、何でもするからついてきて!」


「スバルさん、女の子になんて格好をさせているのですか!?」


 エリーゼたちが戻ってきた。風呂上りで、髪が湿っている。

 スバルはパタパタと両手を振った。


「誤解だぜ! 俺はそんな要求していない!」


「頭をあげて。スバルに何もされなかった? お姉さんに話してみて」


 ルーシーが優しく話しかける。

 リンはゆっくりと頭を上げた。全身を震わせている。


「……手首をつかまれたよ」


「最低ね!」


 ルーシーは両目を吊り上げ、鬼のような形相になる。

 スバルは首を横に振る。


「ちげぇよ! 俺の荷物を盗もうとしたから、捕まえただけだぜ」


「盗み!?」


 ルーシーの声は裏返っていた。

 リンは頷く。


「村を救うためなんだ。とにかくお金や食べ物がほしいんだ」


「そう、気の毒に……」


「あの、聞きたいのだけど、人違いだったらすごく申し訳ないけど……アルテ王国のルーシー王女ですか?」


 リンに尋ねられて、ルーシーは両目を見開いた。


「私を知っているの!? 誰だか分からないけど」


「芸術祭で挨拶をしていましたね。とても熱心に私たちの作品の良さを語ってくれましたね。嬉しかったです!」


 ルーシーは胸を張る。


「当然よ! 芸術祭の作品はアルテ王国の誇りそのもの。全世界に知らせるべきだわ!」


 ルーシーの力説を聞いて、リンは両目を輝かせて何度も頷いていた。


「アルテ王国は世界に誇る芸術の国です!」


「絶対に復興させるわ!」


 リンとルーシーは互いに手を取り合っている。


「意気投合しているみたいですね」


 エリーゼが微笑んでいた。


「まためんどくさそうなのが増えたな」


 スバルはあくびをした。


「すぐにここを出るわけにはいかねぇから、村の場所だけ教えてくれ。後で行くぜ」


「ありがとう! メディチーナっていう村なんだ。ここから南西にあるよ。川をたどれば行けるはずだよ。絶対に来てね!」


 リンは陽気な雰囲気のまま窓から出て行った。

 スバルは苦笑した。


「普通にドアから出ろよ……不審者として保安官に捕まっても知らねぇぜ」

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