4-11
「待ってよ!!」
不意に届いた大きな声が、思わず彼を呼び止める。
「出雲さん……どうしたの?」
振り向けば、はぁ……はぁ……、と肩で息をする雫玖の姿。離れていても聞こえる荒い息遣い、どれだけ必死に走ったのだろうか。
時間を掛けて呼吸を整えた彼女は、前髪に隠れた額を秋物のパーカーの袖で乱暴に拭い、
「なんで……こうなるのっ!? 佐久間は何にも悪くないじゃん! 仕事押し付けたのはあのバカのほうだし、勝手に悔しがってるのもあのバカのせいだし! どうして佐久間が悪く言われなくちゃいけないの!!」
全身を使って放たれた叫びは、佐久間の耳に、否――、身体の芯に響き渡る。
「こんなの……理不尽だってばぁ! 悔しい……っ、悔しぃ……てばぁ……」
額を拭った袖は、気づけば目元を何度も擦っている。拭う度に溢れる涙――、その雫に直接触れてはいないけれど、きっとそれは何よりも温かいものなのだろうと、口にはしないけれども心からそう思えた佐久間。
「ありがとう、ボクのために怒ってくれて。嬉しいよ。そんなことをしてもらえるのは初めてだから」
「私に感謝してもぉ……意味ないって!」
佐久間はゆっくり首を横に振ると、雫玖へと数歩ほど歩み寄り、
「ボクが洛桜祭に関わったキッカケは、最初こそ秋月さんの強引な勧誘だったけど……。でもね、昨日まで続けられたのは、やっぱり出雲さんのおかげだと思う」
「……ふぇ?」
雫玖がこちらに視線を向けたのを確認すると、佐久間は続ける。
「秋月さんの言葉を借りれば、ボクって『主人公』とか『脇役』とか、そんなしょうもないことを悩んでたのかな。もしかしたら自分も『主人公』に近づきたい、なんて思ってたのかもしれない」
「……佐久間?」
「でも、違った。秋月さんに気づかせてもらったけど、誰かにボクを残したかったんだ。出雲さんの中にボクが残ってくれればって。あ、気持ち悪いかな? 気持ち悪いね」
「なんで、私なの? 燐、じゃなくて?」
「頑張る出雲さんのために頑張りたいと思ったから。出雲さん、いつもひた向きだから」
「ありがとう、佐久間……。嬉しい……。でも……、でもぉ……」
濁る雫玖の言葉をそれ以上受け止めることはせず、そっと背を見せた佐久間。去り際に、
「こう見えてボク、友達は多いんだ。頼れる人だっている。だから鳴海さんらに何と思われようが構わないよ」
彼はヒラリと雫玖に手を振って、
「けど、出雲さんには出雲さんの場所がある。ボクとは離れたほうがいい。それじゃあ、打ち上げ楽しんできてね」
「ちょ、待っ――……」
思いがけず……、そんな形でよろめくように足を踏み入れた雫玖。佐久間へと手を伸ばしたけれども、雫玖の想いは叶わず――……、
「バイバイ、出雲さん」
こうして佐久間導寿は夜の街に一人、溶け込よむように消えたのであった。
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