4-10

「……――これにて今年度の洛桜祭を終わらせていただきます。みなさん、本日は一日ありがとうございました」


 梅桜高校のリーダーと並び立つ形で締めの言葉を告げると、盛大な拍手が体育館内に鳴り響いた。それに併せて双方のリーダーは一礼し、舞台裏へと引き返す。


「いぇーい、洛桜祭大成功だね! 一時はどうなるかと思ったけど!」


 洛葉と梅桜、両校が入り混じり、それぞれの健闘を讃え合う企画委員たち。だがしかし、


「ん、愛依? どうしたの、どっか悪い?」


 親友の雫玖からの心配に、愛依は愛想笑いという形で返し


「いや、大丈夫……。ほんと、今日はよかったよ。これで安心して寝られるし」


 そうして愛依は雫玖から視線を滑らせ、あの髪の長い男を切れ長の目に収め、


「………ッ」


 胸にこみ上げるふつふつとした気持ちに耐えられず、たちまち彼女は舞台袖から姿を消した。


       ◇


 洛桜祭から一夜が明け、翌日。

 日も沈みかけている時間帯、スマートフォンの地図アプリを頼りに、打ち上げが行われる会場を散策していたその時であった。


「――――あーあ、どうしてアンタがここにいるの?」


 真正面からの声を耳にすると同時に、佐久間は手中の携帯電話を尻ポケットにねじ込み、


「鳴海さん?」


 街灯の光が、その長く滑らかな金髪を眩しく弾く。――その姿は確かに、同級生の鳴海愛依そのもの。肌寒さを感じる季節、時間帯なのにもかかわらず、大きく肌を露出するミニスカートが異彩を放っていた。


「困るんだよね、根暗が打ち上げに参加してもらっても。萎えるんですけどー。そもそもアンタ、打ち上げって参加したことある?」


 口調から判断する限り、歓迎の意は欠片も見られない。


「大人数が集まるタイプは初めてだね」

「あっそ。ま、見るからにそんな感じするし」


 せせら笑うような言い方で愛依は吐き捨て、


「あたしさ、アンタを梅高の連中に見せたくないんだよね。趣味の悪いロン毛男が洛葉にいます、なんて知られたくないし」


「…………」


「それにここに来たってことは、自分のおかげで洛桜祭が成功したって勘違いしてるってことだよね。別にアンタのおかげじゃないし、みんなのおかげだから。イイ気になるな、ばーか」


「…………」


「あーほらほら、黙っちゃって。正論吐かれて何も言えなくなっちゃった? ったく、情けない。外見もそれなら内面も男が欠けてるの?」


「…………」


 ジーンズのポケットに手を突っ込み、無言で愛依の言葉を受け止める佐久間。反論は一切ない。


「あたし、そういう男大っ嫌い! リーダーを代わってもらうにしても、蒼斗くんばりにサッパリした男の子にやってほしかったな」


「………………」


「だからどうして黙ってるんだよ!! 言い返せよ、悔しくないのかよ!? 一方的に言われてオカシイと感じないのかよ!! 理不尽だって思わないのかよ!! さっきからあたし一人でバカみたいにしゃべってるだけじゃん!! 何だっていいから言い返せ、このもやし!!」


「…………」


 するとようやく、佐久間は簡素に口を開いて――――、


「鳴海さんは何と戦ってるの?」


 その一言のみを、彼は発した。


「……なっ、え……? …………ッ」

「…………」


 口を開いたのが嘘のように、先ほどと同じくまた沈黙を貫く佐久間。


 そして――――――、


「う、ぐすっ、……う…………うっ、ううっ…………うえっ………………」


 暗闇の中、響き渡る女子の嗚咽。叫びのようなその声は、時を刻むごとに増してゆく。


「ぐすっ、うっ……うううっ…………ッ。何でアンタにできてぇ……あたしにはできなかったのぉ!? みっともないってばぁ……ッ」


 拭っては何度も指、掌で目尻を擦る愛依は、みっともない涙声を周囲憚ることなく響かせ、仕舞にはその場に膝から崩れ落ちてしまう。

 その時、バタバタと慌ただしい足音が嗚咽越しに鳴り渡り、


「ちょっと愛依! いったいどうしたの!?」

「愛依ってば、なんで泣いてるの!?」


 やって来たのは、おそらく愛依の友達であろう二人の女子。きっと店内から姿を消していた愛依を心配し、探しにここまで来たのかもしれない。

 そんな彼女らに慰められる愛依は、今にも崩れ落ちてしまいそうな身体を支えられながら、


「うぅっ……佐久間がぁ……佐久間がぁっ…………」

「ハァ……? 佐久間……って」


 二人の視線が、自ずと前へと向かう。と同時に、


「…………」


 振り向いた佐久間はその場を後にする。女子たちは彼を必死に呼び止めるものの、それでも佐久間は決して顧みることなく、元来た道を黙って引き返したのであった。


       ◇


 消えた愛依を探しに向かっていた二人が、その彼女を引き連れて店内へと戻ってきた。しかしどうしたのだろうか、愛依はボロボロと子どものように泣きじゃくっている。


「愛依……?」


 すると女子の一人は、事の原因を集まっている面々に語り始め、


「ハァ、佐久間だって? 不気味なヤツだとは思ってたけど、それサイテーじゃん」

「キモッ、何してくれてるのアイツ? 腹いせのつもりで愛依にキレたワケ?」


 愛依と交流を持つ者らは、元凶の男を次々と糾弾する。しかし一方では、


「やっぱりあの二人、何かあったんじゃ……?」

「なんかいろいろと不自然だったし……、絶対裏で何かあったって」


 洛葉と梅桜の企画委員らは愛依を心配しつつも、各々でひそひそと怪しむ。

 その中の一人、秋月燐は、


「……………」


 涙を流し、周りから宥められている愛依を無言で睨む。そして――……、


「ちょっと燐、私は遅れるかもしれないけど、先に始めてていいから」


 外へと背を向けた雫玖は、燐に言葉を残して店の外へと一人向かい、


「え、雫玖……っ?」


 燐は彼女へと腕を延ばしたが、手は虚しく空を掴むのみで、そうして雫玖はあっという間に店を出て行ってしまった。

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