4-4

『放課後、校舎裏に来なさーい。つーか、来なかったらどうなるかわかるよな?』


 佐久間はメールに従い、時間を見計らって校舎裏をぶらついていると、


「こんちはー。ちゃんとリーダーやってくれてるかな~、傀儡くん?」

「こんにちは、鳴海さん。生憎だけど、リーダーは小泉くんに代行してもらってるよ」


 前方から姿を現した、金髪ロングの女同級生。決して悪びれることなく背筋を伸ばし、その性格を体現したような鋭さある目尻で佐久間を捉えている。


「小泉? ああ、アイツね。ま、あたしは伝言役パシリがいれば誰でもいいんだけど」


 愛依はピンクのメモ用紙を素っ気なく佐久間に渡し、


「これ、要望。会議に反映させといてね。そんじゃ、お仕事ガンバ」


 背を向けるや否やひらひらと手を振って、彼女は離れていく。

 メモ用紙に箇条書きの形で記されていたのは、『チョコバナナの味付けはチョコとイチゴ、それにハロウィンらしくカボチャ!』、『仮装コンテストは派手なカンジで』、『洛桜祭の締めは洛葉と梅桜のリーダー同士による言葉で熱く!』などなど、十点ほど。

 ズラリと並ぶ要望に目を通した佐久間はポケットに用紙をねじ込み、生徒会室へと向かうことにした。


       ◇


 雫玖は校舎の陰で息を潜め、目の先で面会しているあの二人を捉えていた。


(佐久間に愛依……、何してるの? やっぱりあの二人って……)


 どうにも忘れられない出来事があった。――数日前、帰宅した直後に掛けられた愛依からの間違い電話。そして受話口から聞こえたのは、確かに佐久間の声。


(怪しい……、何か渡してるし。てゆーか、あの二人の関係ならフツー私を挟むよね?)


 胸の中に根付いた疑念は、時間を追うごとに確実に大きくなってゆく。


       ◇


「ったく、アホビッチも面倒な提案をしてくれるわね。カボチャ味のチョコバナナとか、どういうセンスで思いつくのかしら? 変なもの口に入れすぎなのよ」


 会議後、燐と佐久間の二人は隣の生徒会室に移り、資料の整理もとい、愚痴をこぼし合っていた(とは言っても、愚痴るのは燐だけだが)。


「でも、リーダー同士の言葉で洛桜祭を締めるのはいいと思うけどね。開会のあいさつもリーダーがやるし。というか、去年までなかったのが不思議なくらいだよ」

「あれだけ理不尽に押し付けられてなお肩を持つとは……。聖人というよりもただのアホね」

「洛桜祭をよくしたいなら、誰の意見でも取り入れていかないと」

「……『休憩ルームの十分な確保、お菓子もたーっぷり用意して』って意見は、悪くないと思うわ。去年は、空きの教室は基本的に出入り禁止だったし」


「どうせ外の出し物がメインだし、空きの教室は休憩室に使おうか」

「ワガママで能天気、アホとしか思えない提案も多いけど、意見に関してはいいものもあるのよね、鳴海さん。悔しいけどそこは認めるわ」

「周りを見る目に長けてるんだよ。じゃなきゃ、あそこまで慕われないだろうし」


 しかしそれでも愛依を認めたくないのか、燐は冷淡にそっぽを向いて、


「でもリーダーを放棄して佐久間くんに……私たちに何もかもを擦り付けたんですもの。やっぱり印象は最悪だわ」


 眉間にシワを寄せた彼女が愚痴をこぼしたその時だった――――、


「…………?」


 佐久間が扉の方を確認する。


「どうしたの? ……ひょっとして、誰かいた?」

「影が見えたような気がして。それに足音も聞こえた」

「聞かれてたらマズイわね、油断していたわ」

「秋月さんにはファンクラブがあるからね。その日秋月さんがしゃべった言葉を記録してる人もいるらしいって」


「何それ……、初耳なんですけど!?」

「中には録音した秋月さんの声を聞きながら登校してる人もいるとか」

「あの異常偏愛集団ファンクラブ、上に突き出すべきね。厳しい対応かもしれないけど、それが彼らの将来のためになるわ、きっと。ええ、きっとね」

「大丈夫だよ、秋月さんしゃべる機会少ないし」

「キミは一厘刈りの刑ね。仮装コンテストで見世物にしてあげるわ。公開処刑バリカンでもしたらどれだけ集まってくれるかしら?」


 佐久間は燐の暴言を全く無視し、音を立てずに扉の方へと近づく。「ちょっと聞きなさいよっ」と燐が声を荒げている中、


「…………」


 気のせいならいい。

 ただ、去り際のバタバタとした足音は……。


「気にしすぎなら……いいんだけど」


 自分に言い聞かせでもするように、佐久間は誰もいない廊下に向かって呟いた。

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