4-3

 翌日、放課後。

 スケジュールの件など、残されている数々の課題を、燐が集まった企画委員に説明をすると、皆々は苦い顔で頭を抱え始める。

 しかし、


「みんな、まだ時間はあるよ! だから……諦めずに考えていこ!」


 会議机に手を付いて勢いよく立ち上がった雫玖は、ハキハキと皆に告げた。


「そうね、落胆するヒマがあったら先のことを考えましょう。それに先輩もいるし、梅高だって味方してくれる」


 雫玖、そして燐の鼓舞を受け、メンバーの顔から心配の色は徐々に薄れていく。しかし、


「…………」


 メガネの位置を修正した佐久間導寿だけは、黙々と面々を見ていた。



「俺は進行役、四組の小林を推薦したいんだけど。放送部で次期部長候補のホープだし」

「えー、六組の高浜が適任だと思うけどなー。だってアイツ、かなり口が上手いし」


 企画の一つ、『仮装コンテスト』における討論が過熱の気配を見せている会議室内。リーダー代行が場のまとめ役を務め、燐が書記として討論内容をホワイトボードに記してゆく。


「なんならさ、小泉くんがやってみるのはどう? 今も進行やってもらってるけど、私はいいと思うよ?」

「いやいや、そんな大層な役、俺にはできないよ」


 リーダー代行が冗談めかしく断ると、室内は軽い笑いで沸く。

 けれども、


「あら、佐久間くん? ホワイトボードに見惚れてどうしたの? 意見の一つくらい言えばいいのに。遠慮はいいのよ?」

「まあ、ボク以外にも発言してない人はいるけどね」


 佐久間がぼやくと、狭い空間内が一瞬のうちに凍り付く。

 咄嗟に雫玖が、


「も、もぉ~、人をやり玉にあげるのはよくないよ~?」


 企画委員たちは苦笑いながらも頷く。雫玖のフォローのおかげで、場の空気は何とか保たれたようだ。

 リーダー代行も、無理にではあるが口角を上げて、


「そっ、それじゃあ、続きといこうか。進行役の候補はこれだけ出たけど――……」


       ◇


 いつものように両手の空いたまま、さよならと挨拶をしてきた教師に適当な返事をして校門を通ると、


「ちょっと佐久間くん、待ちなさい」


 背後からの制した声が、彼の足取りを緩める。


「ああ、秋月さん? 今日は早いね。いつもは書類を片付けてるけど」

「今日はもう下校時刻だし。そ・れ・よ・り・も、よっ」


 燐はズカズカと佐久間の胸元に割って入り、ビシビシと彼の胸を指で小突き、


「どうしてあんな空気の凍る発言をするのかしら? 少しは空気を読みなさいよ」

「ハハッ、シーンとしたよね。ボクも驚いたよ」

「なにが可笑しいのよ……まったく。雫玖がフォローしてくれたからよかったものの……」

「ゴメン、まさかあんな空気になるとは思わなかった。ただまあ、事実を言っただけだし」


「事実、ね……。反論はできないわ」

「あとそれと、論点が違うとも思った。進行役を決めるよりも先に、全体的なタイムスケジュールの調整を優先すべきだよ。なぜかみんなは進行役決めに固執してたけど」

「というのは?」


「何をするにしても枠決めは大事だから。ジグソーパズルを組むにしたって外枠から固め始めるようにね。大まかな枠を決めて、それから細かい部分に入ったほうが他の企画との調整も取りやすい。細かいところから決めると全体がぼやける可能性もあるし」

「会議中はボケッとしてるだけかと思っていたけど、キミも考えていたのね」


 するとその時、後背から――――、


「コラ佐久間、なんであんなこと言ったのっ?」


 必死に追いかけてきたのであろう雫玖が、息を切らせながらも佐久間にチクリ。


「ごめんね、出雲さん。秋月さんにも同じことを注意されたよ」

「んっとにもう、危なっかしいことするんだから」


 口を窄める雫玖は佐久間を一瞥するものの、それと同時にげんなりと肩を落として、


「……でもさ、ぶっちゃけ佐久間の言うとおりだよね。なんか発言者が決まっちゃってるし……。愛依がいた時はそんなことなかったけど」

「あの女が有能みたいな言い振りは気にくわないけど、確かにそうね。事実、周りを見る能力には長けていたわ」


 佐久間は首の動きで髪を一度振りまき、


「決まった人しか発言しないってことは、他の人が割り込めていないってことだよ。仲がいい人同士が会話してる最中に割り込むような難しさだね」

「あー、それわかるかも。んーなら小泉くんに、他の人にも話を振るようお願いしてみる?」

「それができたら苦労しないけど、小泉くんの進行スキルを考えると……。そもそもそれを自覚してるから、リーダーじゃなくて副リーダーに立候補したのでしょうけど」


 雫玖は思い悩んだ様子で唸り、


「どうしよう、佐久間? よさげな案ある?」

「そうだね……。ああ、これなんかはどう?」

 そうして佐久間は雫玖と燐に、とある一つの案を話した。


       ◇


 翌日。


「それにしても、みんなよく書いてくれたわね」


 机に座り、肘をつきながらペラペラと紙を捲る燐は感慨深げに呟く。そして隣の雫玖も、丁寧に紙全体に目を通しつつ、


「ほんとほんと、やっぱみんな考えてくれるんだ。考え付きそうだけど考え付かなかったアイデアだね、これ」


 佐久間が切り出したアイデアはこうだった。――――会議の終わりに、次の議題に関する自分の意見を好きなように用紙に書いてほしい、と。

 窓際に立ち外を望む佐久間、眩い夕日をメガネに反射させ、


「これならみんなの考えを集められるだけじゃなくて、意見の整理もできる。ディスカッションだけで話を纏め上げる難しさは三人とも知ってるでしょ」


 リーダー代行の小泉は、


「ありがとう、佐久間。内心は俺も気にしてたんだ、発言メンバーのこと。俺が鳴海みたいにみんなの意見を引き出せるといいんだけど……」

「なら小泉くんは進行役に徹するんじゃなくて、もっと自分の意見を言っていくといいよ」


 雫玖はあれ、と首を傾げて、


「ん、小泉くんが? みんなを引き出すんじゃなくて?」

「固定メンバーが討論してるときに割り込むのは難しい。けど小泉くんが一旦割って入って、それから他の人に振るならやりやすいはず」

「なるほどね、中央に座る小泉くんなら討論にも割って入りやすそうだし」


 すると燐は、チラリと代行に目配せをして、


「それとキミに、佐久間くんが何か言いたいそうよ」

「ああ、これはボクの勝手な考えなんだけど――……」


 そんな前置きをし、佐久間は昨日燐に話したことを代行に伝える。


「なんかもう、佐久間がリーダーしてくれたほうが早そうだよ」

「いやいや、そんな」


 遠慮しなくてもいいのにと笑いつつ、アンケートを整理した小泉リーダー代行は生徒会室から出ていった。


「でも佐久間、やるじゃん」

「え、ボクってそんなにすごい? 気づいたこと言ってるだけだけど」


 と、佐久間が謙遜すれば、燐はやや不機嫌そうに鼻を鳴らして、


「それ、嫌味かしら? つまらない謙遜も時には嫉妬心を煽るものよ」

「嫉妬心……?」


 髪を巻くように燐は後ろを向き、


「何でもないわ。それじゃ、そろそろ下校時刻だし帰りましょうか。……きょ、今日も……一緒に帰る?」


 雫玖は馴れ馴れしく燐に抱き着いて、


「ふふーん、今日も一緒に帰っちゃお~。お腹空いたしどっか行かない?」

「そうね、行きましょうか」


 そうして燐は生徒会室を施錠し、すでに廊下の先を行っていた雫玖と佐久間の後を追う。……が、燐はわずかに口元を尖らせて、


「ありがとう、助かるわ」

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