4章 そして彼らの三角関係は破綻する

4-1

「まったく、信じられないわ!」


 対面に座る黒髪ロング、秋月燐は目尻を険しく吊り上げて、両肘をつきつつ頭を抱える。


「ボクだって信じられないよ。まさかあんなことを言われるために呼び出されるとは」


 佐久間は珍しく嘆きの口調を漏らし、店員から運ばれたコーヒーを口に流し込む。


「何度飛び出そうかと、何度あのイラつく顔にコーヒー掛けてやろうかと思ったわ」


 愛依からのメールが届いた際、たまたま佐久間の傍に居合わせていた燐。佐久間のみの来訪を望まれていたものの、念のためを考え、こっそりとファミレスで事前待機をしていたのだ。


「佐久間くんも佐久間くんよ。あんな理不尽なワガママ、断りなさいって」

「それだと出雲さんが……。それにたぶん、出雲さんはボクよりも付き合いの長い鳴海さんを味方するはず」

「自分を過小評価しすぎじゃない? いくらなんでも……」


「出雲さんと知り合ったのは最近のことだから。それにボクたちは、……親友ってほどじゃないし」

「……、そう。まあ、私に友情を語る資格はないわ。それにしても面倒なことになったわね……。これじゃあ予定が狂う……」

「とりあえず出雲さんを含めて企画委員には、鳴海さんは家庭の事情でしばらく会議に出られなくなったって伝えよう」


「そうね、混乱は招きたくないわ。それと鳴海さんはキミにリーダーを押し付けたけど、さすがに代行は副リーダーに任せましょう。佐久間くんは企画委員の穴埋めでいいかしら?」

「そうだね、ボクにリーダーは無理だ。ともかく、明日からはボクも参加させてもらうよ」


 最後に、燐は深いため息をついて、


「雲行きは怪しくなったわ。だけど洛桜祭ほんばんまでは時間がある。気を引き締めていきましょう」


       ◇


「今日はみんなに一つ、伝えなければならないことがあります」


 翌日の放課後、会議に集まった企画委員を前に、燐が愛依の事情を説明する。もちろん、離脱する理由は『ワガママ』から『家庭の事情』、という形に置き換えて。

 燐から突如伝えられた事実に、面々はざわざわと互いを見合う。そして企画委員の一人、出雲雫玖が真っ先に席を立ち、


「ちょっと待ってよ、それじゃあリーダーはどうすんの? 梅高と連携取ってた愛依が消えるとなると……」


 不安の色を顔によぎらせる彼女に触発されるように、メンバーの面持ちも次々に曇り始める。


「代行は副リーダーの小泉くんにやってもらうことになったわ。梅高との連携については、私も梅高に行っていたからその辺は心配ないと思うけど」


 隣に立つリーダー代行を燐が紹介するも、彼ら、彼女らが安堵する気配はなかなか現れない。

 しかしその時、


「――――鳴海さんとの連絡はボクが取るよ。なにも鳴海さんはしばらくここに参加できないだけで、洛桜祭に協力的な姿勢は変わらないし」


 ガラリと引き戸を開けたのは、背の高くて黒髪の長い男。――佐久間導寿が入室するや否や、皆の注目が彼へと自然に集まる。

 言われるまでもなく燐、リーダー代行の間に立った佐久間、何も臆することのない様子で、


「あくまでも実行委員の延長として企画委員みんなに加わるよ。よろしく」


 企画委員からは「佐久間一人が加わっただけで大丈夫なのか?」、「鳴海さんの不在で予定が狂うけどその辺の見通しは?」などの疑念が燐らに放たれるも、


「みんなの仕事っぷりは秋月さんから聞いてるよ。積極的な姿勢に水を差さないように、ボクも精一杯頑張るから」


 企画委員たちはピタリと押し黙る。新参者に取り乱した姿を見せまいと言わんばかりに。


「私の想定では、佐久間くんで鳴海さんの穴は十分埋められると思うわ。それに梅高との提携は私がいるし、リーダー業も小泉くんでカバーできるはず」


 徐々にだが、面々の顔には明るさが戻っていく。『そこまで大した問題じゃない』、『余裕のカバーできるっしょ、私たちで』、などの発言も次第に飛び交う。

 ――――だけれども、


「…………」


 雫玖だけは違った。ただ一人彼女は、佐久間を訝しげに捉え続けていた。



 愛依離脱後の初会議であったが、予定のズレは多少あったものの、問題なく会議は終了した。

 生徒会室の鍵の返却のため、燐と佐久間は職員室に向けてともに廊下を歩みながら、


「『みんなの仕事っぷりは聞いてる、だから水を差さないように頑張る』……、ね。場を引き締めるためにはうってつけの言葉よ」

「本心を言っただけだよ。ボクはそんなに器用じゃないし」

「でも会議自体は問題なかったわね。正直、鳴海さんがいるよりかは無難に進行していたし」

「…………」

「……? 佐久間くん?」

「あ、いや、何でもないよ」


 佐久間が首を振って否定したその時、


「ちょっと待ってよ燐、それに佐久間!」


 背後からの聞き慣れた声が、二人の足を思わず止める。


「出雲さん? まだ帰ってなかったの?」


 が、雫玖は燐を無視してグイグイと佐久間に詰め寄り、


「昨日の放課後、愛依と会ってたよね?」

「大した話はしなかったよ」

「本当に? 嘘ついたらただじゃおかないんだからっ」

「鳴海さんにも訊いてみるといいよ。道端で洛桜祭の話をしただけって言うはずだから」

「…………」


 無言で佐久間を見つめる雫玖。普段の懐っこい仕草からは離れた、柔さの薄い顔つきで。


「こら、あんまり男子を見つめちゃダメよ。佐久間くんならまずありえないだろうけど、勘違いされることもありえるし」

「そ、そんなつもりで見てないしっ」


 照れを出しつつ、むむっと膨れる雫玖だけど、


「それより佐久間、愛依との連絡、私が代わりに取ってあげようか?」

「そっちのほうが助かるけど、鳴海さんと約束した以上はボクが取るよ。気遣い、ありがとう」

「…………」


 首の角度を斜めに捻り、疑わしげに佐久間を数秒の間覗き込むものの、


「バイバイ、また明日」


 茶髪を巻くようにクルンと身を翻して、雫玖は去っていくのであった。


「ねぇ、佐久間くん……、やっぱり雫玖には話してあげたら?」

「ううん、知らないほうが出雲さんのためだよ。知らないほうがいいこともある」


 だんだんと小さくなっていく雫玖の背を目にしながら、彼はそう告げる。


「……そう」


 燐はもどかしそうに目を狭め、離れていく雫玖を見送ったのであった。

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