3-10
空も完全に闇色に支配された時間帯、佐久間は学校近辺のファミレスに入店すると、彼女はすでに店内の一角で腰掛けていた。
「こーんばんはー、佐久間くーん。ノコノコ来てくれてありがとさん」
呼び出し主、――鳴海愛依は姿を見せた佐久間に馴れ馴れしく合図を送る。スカート丈が短いせいか、組んだ脚からは肉付きのある太ももが大胆に覗いていた。
「こんばんは、鳴海さん。どうしたの、こんな時間に? それもボク一人で来いって?」
愛依の対面席に座った佐久間、メニュー表を見ることも、店員に注文をすることもない。
アイスココアに刺さったストローを、愛依は指でつまみ、
「――――
薄く紅の張る、意味深に伸ばした唇から確かに放たれた言葉。
「何を……言いたいのかわからないけど」
「ん? だからさ、あたしに代わってお前がリーダーやれって言ってるんだけど?」
「どうして?」
愛依はヘラヘラと、匙を投げたようにやれやれと手を挙げて、
「今のあたしら会議漬けなんだけどさ、やること多すぎてこのままだと破綻しそうなワケ。あたしは減らせ減らせ言ってるけど、みーんなアホだから聞いてくれなくて。だーかーらー、みんなが認める佐久間くんにリーダーを任せようと思ったんだ」
「つまり鳴海さんは、今の仕事を投げ出したいと?」
「調子に乗るな、言い方ってあるでしょ」
「でも、ボクは引き受ける気ないよ。鳴海さんが最後までやるべきだ」
すると愛依は口角を上げ、デコレーションされたスマートフォンを手に取り、
「もしアンタが引き受けてくれないなら、雫玖に全部言っちゃお~。きっとあの子、焦るだろうしあたしに幻滅しちゃうだろうなぁ」
ディスプレイを見ることなく、愛依は流れるような手つきで画面を片手で操作し、
「ねぇ、知ってる? 雫玖、あたしにメチャクチャ憧れてること。まー、あたしに憧れる子って多いから珍しいことじゃないんだけど」
「だからその鳴海さんの裏を出雲さんが知れば……なるほど」
「そ、そゆこと」
ふふんと佐久間を小馬鹿にした愛依、
「よーし、雫玖ちゃんに電話しちゃおっと。どーゆーリアクション取るのかな~、キャハッ」
彼女が受話口を耳に宛がおうとした、その時だった――――、
「今は出雲さん、関係ないから」
音もなく、佐久間は愛依のスマートフォンを盗ったのだ。
身じろぎした愛依、わずかに肩を震わせたが、
「ちょ、触んな!!」
怒気を含んだ声で真正面の男を威迫し、愛依は自身の所有物を強引に取り戻した。しかし――――、
『え、この声……佐久間!? どゆこと……? ……愛依? ねぇ、愛依ってば!』
電話の受話口から流れてきた、紛れもない彼女の声。
愛依はやりにくそうに片目を瞑り、
「ごめん、ユカと間違えて雫玖選んじゃった。ごめんねー、バイバイ」
『あ、ちょっと! そこにいるの佐久間だよね!? 二人で何して――……』
強引に通話を打ち切ったのち、愛依は手前の位置にスマートフォンを戻し、
「あれれ、ひょっとして動揺しちゃってる? 雫玖に言いふらされると困っちゃう?」
「困るに決まってるよ。だって出雲さん、それにみんなは本気で洛桜祭に腰を入れてるし。鳴海さんのワガママを知ったらきっとみんな混乱するよ」
「じゃ、佐久間の選択肢は一つだね。よかったじゃん、リーダーになれるんだよ? あたしに感謝くらいしてくれてもいいのに」
そうして愛依は席を立つと、座る佐久間を楽観的に見下ろして、
「裏でアンタに指示するから、言うことはちゃんと聞いてよね。そんじゃ、傀儡クンあとはよろしく~。バイバーイ」
罪悪感の欠片もない様子で勘定を払う愛依を、佐久間は追い掛けようとしない。
だけど。
ただ一つのシルエットが、彼の脳裏にはしきりによぎる。
不思議なことに愛依の影は、すでに頭の中には消えていた。
――――洛桜祭のためにと頑張って見せる出雲雫玖の姿が、無垢に笑って見せる彼女の顔が、いつまで経っても瞼の裏に焼き付いたままだった。
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